山本理顕の2024年度プリツカー賞受賞が基因となり、あらためて山本の主要作品を読み解いている。
本日は、「横須賀美術館」を読み解いてみよう。
場所は、京急本線「浦賀駅」から車で約12分の横須賀市鴨居4丁目にある。
「横須賀美術館」
横須賀市の観音崎公園内にある美術館。
横須賀市の市制100周年を記念し、2007年4月28日に開館。別館として谷内六郎館を併設している。
駅などから遠い立地条件のため、滞在型の施設としてレストランや建物自体を充実させる事を目指して設計されている。
山本理顕は初めて美術館を手掛けたが、仙台メディアテークなどに携わった小野田泰明も設計に協力している。
吹き抜けの展示ギャラリーは自然光を取り込むために鉄の内壁に穴が開けられ、塩害を防ぐためにガラスで包まれている。
これにより、外観がガラスに覆われた特徴的な構造となっている。
ガラスと鉄板の入れ子構造からなる外観が特徴的だ。
単純ながら美しいガラスの箱の中に展示室と収蔵庫を配置し、高さを抑えることにより景観との調和にも配慮している。
前面にはワークショップ室やレストランが入る別棟を付け加え、広場と一体化して開放的に楽しめる空間も設けている。
美術を中心にさまざまな文化が楽しめる美術館活動を展開している。
山本は次のように語る。
「小さな丸穴からは森の深い緑が見えます。晴れた日の夕方、丸穴から見る空の色は驚くほど濃い青色です。大きな丸穴の海を大きな貨物船が通過していきます。雨の日、寒い日、暑い日、長い時間、短い時間、時の変化を楽しむことができる美術館です」―山本理顕
あらためて、それぞれのディテールを見てみよう。
「設計のプロセス」
横須賀美術館の設計者選定は、建築案ではなく実績や面接で選ぶQBS(資質評価)方式によって行い、山本理顕設計工場が選ばれた。
設計事務所、市の美術館開設準備室、建築課・設備課の担当者と、時によりさまざまな分野の専門家がゲストとして参加する「プロジェクト会議」と名付けられた月2回の打ち合わせを行い、設計をすすめている。
何もないところから使う者とつくる者が一緒になって考え、市内施設での収蔵品展や建設予定地でのワークショップなどプレイベントの開催と平行してプランを練っていき、2006年7月に竣工している。
「景観と一体化した外観」
美術館の敷地は、後ろ三方を森に囲まれ、北東が海に面している。
東京湾の眺望がすばらしく、「地形を利用して景観と建物とを一体化させたい」というのが、当初からのコンセプト。
海側から見た時に背後の森への視線が抜けるよう、また、塩害対策からも、ボリュームの半分を地下に埋めた低層の建物ができあがっている。
敷地の海側は、なだらかな斜面でそのまま海につながるようにし、地上に出ている建物部分は森に隠れるように建っている。
また、山側から下りてきた散策者は、地続きで屋上広場へと誘われ、眺望を楽しんだ後、建物の中に自然に足が向くようなアプローチとなっている。
「滞在型美術館としてのアクティビティ」
海側からのメインアプローチは、前面道路から建物正面を臨み、海の広場脇のスロープを上がり正面玄関からエントランスホールへ。
一方、山側からのアプローチは、観音崎公園散策からの利用を念頭に、山の広場・屋上広場を経由してペントハウスから館内に入ることができるようになっている。
二方向から出入りでき、通り抜けできるようにすることで、滞在型の美術館として、単に展覧会をみに来るだけでは終わらないアクティビティを目指している。
観覧券を持っていない人でも気軽に利用できる無料の空間を多く設けている。
また展覧会を目的に来た人も途中で外に出て、展示室に再入場できるようにしているので、周辺散策とあわせて楽しむことができる。
「ガラスと鉄板のダブルスキン構造」
本館展示棟は、ガラスと鉄板によるダブルスキン(二重皮膜)で覆われている。
開口部の自由度と塩害対策を考えると、外側には透明なスキンが必要なので、外皮には錆や経年劣化が少ないガラスを採用。
一方、内皮には溶接した鉄板を用いることによって、一枚の殻で全体を包み、そこに開けられた穴の大きさや数で光の量を調整している。
このことにより、目地がない平滑な面が続き、独特の雰囲気を持つ内部空間ができあがっている。
展示用には閉じた空間を用意しつつも、エントランスホールや吹抜のギャラリーでは自然光を自由に取り込み、開放感のある空間を実現させている。美術館が必要とする様々な光の状態を制御しているのがダブルスキン構造。
「吹抜の回廊」
エントランスホールへのアプローチは、眼下に展示された作品を見ながら地下をまたぐブリッジを渡る、空間体験としても楽しいものとなっている。
内皮の内側は、壁と天井が連続して吹抜空間を覆う、鉄板という素材ならではの入り隅のない天蓋のような仕上げ。
この天蓋空間の中は、さらに入れ子状の構成になっており、真ん中に展示室・収蔵庫などが島状に配置されている。
また、この島状のボリュームと内皮との間のお堀のような空隙が、吹抜の回廊として地階所蔵品展示ギャラリーを構成している。
ここは、天井高が約12m、幅が南・西・東側で約4m、北側で7.5mの大空間であり、美術館で最も特徴的な空間となっている。
「丸穴の開口部」
エントランスホールや吹抜の地階所蔵品展示ギャラリーでは、鉄板の天井や壁に丸穴を開けることで、光の分量や熱、視線をコントロールしている。直射光が入らない北側は、穴を大きくし数も多く配置。
一方、南側は穴が小さく数も少なくなっている。
これにより空間に明暗が生まれ、北側に行くにつれ、より明るい空間となっている。
また、1階企画展示室を移動していくと、展示室と展示室の間の「ギャラリー」と呼んでいるスペースから丸穴越しに海の景色を見ることができ、展示室間のちょっとした緩衝空間となっている。
他の丸穴からも周囲の緑や空の色などが見え、館内にいながら外の天気や自然を感じることができる。
「ロゴマーク」
ロゴマークの海は、美術館の前に広がる東京湾の写真。
海の近くの美術館であることが一目見てわかるようなVI(ヴィジュアルアイデンティティ)を、ということで採用された。
このVIは、美術館の表札とも言えるアプローチ脇の大きな館名看板にも使われている。
海と面し、海と対峙したこの美術館の、魅力的な立地条件と、海との一体感が考慮された建築的な特徴から、「海」そのものが美術館のアイデンティティとなり得ると考え、現地で撮影した海の写真を、そのままシンボルマークにしている。
通常では、写真表現はマーク等にはあまり用いられないが、実際の写真を使用したリアリティのある表現は、見る人にそのイメージを分かりやすく伝え、さらにそれを鮮明に記憶づけることができている。
「ピクトグラム」
館内のサインは、特徴あるヒト型ピクトグラムが各場所への案内を担っている。
単に場所を示すだけではなく、階段をのぼる人や本を読む人をかたどるなどそこでの行動を表し、少しだけ人格があるようなあたたかみのあるものとなっている。
山本は作品集「RIKEN YAMAMOTO 山本理顕の建築」のなかで、次のように記している。
敷地はすでに美しい景観だった。
北側が海に面し、三方を山に囲まれた広大な公園の一部である。
こうした都心から離れた郊外型の美術館はどうあるべきなのか。
都心から離れてはいるけど、環境はいい。
この環境をどう利用すべきなのか。
まず、はじめに横須賀市の美術館準備室の人たちとそういうことを何度も話しあった。
都心から離れた豊かな自然環境だからこそ成りたつ美術館。
われわれは話し合いを通してそれを、「滞在型美術館」と呼んだ。
単に絵画を楽しむだけではなく、レストランで食事をしたり、ワークショップに参加したり、もちろん海で泳いだ帰りに立ち寄ることもできる場所である。敷地の特徴的な地形に埋め込まれ、ランドスケープと一体になった美術館である。
塩害の影響が大きい敷地の条件を考慮し、レストランやワークショップルームといった外部に対して解放可能な諸室を外周部に配し、デリケートな展示・収蔵棟は巨大なシェルターで覆い、中央に配した。
展示棟・収蔵棟のシェルターは、塩害に強いガラスで外側を覆い、その内側をさらに、薄い鉄板の被膜で覆った二重のシェルターにした。
鉄板は継ぎ目のない平滑な被膜をつくりだす。内側から見るとコーナーが曲面になっているので、どこが入り角なのかわからない。
より包まれた感覚を与えてくれる。
その鉄板の被膜に外側の風景に応じた丸穴をあけた。
森の深い緑や海を行く貨物船がそれぞれの穴から見える。
来館者はこの巨大なシェルターで覆われた内部空間を巡りながら、さまざまな体験を楽しむことができるわけである。
外から見ると環境の一部であるような、環境に対して開かれた美術館でけれども、中に入ると外とはまったく異質な空間を体験できる美術館である。
☆☆☆GGのつぶやき
山本理顕設計工場の「横須賀美術館」を読み解きつつ、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。