2017年 05月 15日 ( 1 )

「沖縄復帰、きょう45年」を読み解く

沖縄が日本に復帰して15日で45年を迎えた。

県内最大の米軍専用施設だった北部訓練場の過半が昨年12月に返還されたが、国土面積の0・6%の沖縄に、米軍専用施設の7割が集中する構図は変わっていない。一方、県内は観光業が絶好調で、復帰後最高の好景気に沸いているという。



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あらためて、この内容を読み解いてみよう。

防衛省によると、県内の米軍専用施設は復帰以降約35%が返還されたが、今も全国の米軍専用施設の70・6%が沖縄にある。

米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設をめぐっては、政府が4月25日に埋め立ての第1段階となる護岸の造成を始めた。

県は、近く工事差し止め訴訟を起こす構えで、両者の対立は激化している。一方、2016年度の観光客数は876万人と4年連続で最高を更新。5年間の人口増加率(15年国勢調査)は2・9%と全国1位に。日銀調べで県内景気は44カ月連続で拡大している。



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翁長雄志知事は復帰の日にあたり「県民は米軍基地から派生する事件事故、環境問題などに苦しめられ続け、米軍基地の存在はさらなる振興発展の最大の阻害要因となっている」とのコメントを出した。
14日には辺野古近くの海岸で、抗議集会があった。県内外から約2200人(主催者発表)が集まった。



沖縄決戦の残酷すぎる歴史が風化しつつある。
あらためて、その歴史の概要を見てみよう。


1945年の第二次世界大戦には『唯一の地上戦』と呼ばれる沖縄戦の舞台となり県民の4人に1人が犠牲になり、土地は荒廃し、首里城も焼け落ちた。
戦後、沖縄県は消滅しアメリカの占領統治下におかれ、米軍主導のもと新たに『琉球政府』が誕生。



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米軍は基地建設のため集落や農地を大規模に強制接収し、右側通行の道路を整備し、通貨としてB円、後に米ドルを使用させ、日本本土への渡航にパスポートが必要になるなど、米国流のやり方で戦後復興が進められていった。

1952年に本土が主権回復した後も引き続き沖縄は米軍統治下におかれ続けた。1950年代半ばから朝鮮戦争やベトナム戦争の前線基地として沖縄の米軍基地は重要度を増し、多数の爆撃機や核兵器が配備された。

しかし強権的・差別的なアメリカの施政に島民は強い反感を抱き、本土復帰運動を加速させ大規模な反基地運動が展開されていった。



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そして1971年に当時の佐藤栄作首相とリチャード・ニクソン大統領により沖縄返還協定が締結され、1972年に沖縄が日本に返還が実現され、沖縄県が復活した。

なお復帰の際して日本は米国に対し総額3億2000万ドルを支払っている(現在の為替レート(2016年10月時点)で約5000億円)。



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以降、米軍統治時代から続く基地問題は当県の主要な政治問題となっている。
その歴史的経緯・文化・風習・習慣・苗字・方言・制度的にも本土とは大きく異なり、俗に県外のことを「内地(ナイチ)」、県民以外の人を「内地人(ナイチャー)」と呼び分ける場合がある。





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☆☆☆やんジーのつぶやき
改めて、岡本喜八監督作品『激動の昭和史 沖縄決戦』を観てみたいと思った。
沖縄で何があったのか。無名の人物の描きこみの緻密さでは「日本のいちばん長い日」以上だという。
軍司令部の動きから一庶民まで、それぞれの沖縄戦が実に細かく描かれており、そのエピソードの豊富さにおいては他の戦争映画を凌駕する。
自分を含め、戦争を知らない世代が今一度観るべき映画だと思うのである。






















































































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by my8686 | 2017-05-15 13:56 | ヘビーな話は、謹んで | Trackback | Comments(0)