71年目の経団連:政治に近づく「総本山」を読み解く

今月8日、経団連の正副会長17人全員が、東京・経団連会館に顔をそろえた。月1回の正副会長会議。昼食をはさみ、約3時間に及んだ会議が終わるころ、会長の榊原定征が切り出した。

「総理もおっしゃっているし、憲法について議論したい」




c0352790_10590789.jpg



突然の発言だった。3日の憲法記念日には、首相の安倍晋三が改憲を表明していた。「経済最優先」が口ぐせの榊原が憲法に踏みこんだことに、「驚いた」とある副会長は話す。
約1300社が入る経団連は「軍需産業も抱え、自衛隊が絡む9条の議論には身動きがとりづらい」(他の経済団体幹部)。12年ぶりの憲法議論に「首相が改憲を表明したのに、財界が何もしないわけにはいかない」と周囲は解説する。

「政治と経済は『車の両輪』」。




c0352790_10593940.jpg



榊原は2014年6月、会長に選ばれた総会で政治との連携を強化する考えを示した。前会長の米倉弘昌は、安倍が掲げた金融緩和策に「無鉄砲」と発言し、政権との間に溝ができていた。「政権との連携なしに存在感を発揮できなかった」。当時の事務総長、中村芳夫は振り返る。
榊原は14年9月、各党の政策を評価したうえで、会員企業に政治献金の呼びかけを再開。事実上、評価の高い自民党への献金を促した。同じころ、榊原は政府の経済財政諮問会議の一員に経団連会長として6年ぶりに選ばれている。

いまいくつもの政府の会議に入る榊原と安倍政権の関係は、元会長の奥田碩と元首相の小泉純一郎以来の蜜月ぶりといわれる。





c0352790_10595112.jpg





自民党の長期政権が続いた時代、経団連は集金力を背景に政治への影響力を強めた。関係が崩れたのは自民が初めて下野した1993年。ゼネコン汚職で政治に批判が集まり、当時、会長の平岩外四は、業界ごとに割り当てる政治献金のあっせんを中止した。

経団連主導の政治献金が再開するのは、その11年後、奥田が政策評価とセットで献金するように呼びかけてからだ。民主党政権の誕生で中断したものの、榊原時代に復活した。
だが経済界からも、政治献金のあり方に疑問を投げかける声があがる。

経団連で政治委員長などを務めた昭和電工最高顧問の大橋光夫は「政策による利害は業界によって必ずしも一致しない。経団連が社会貢献の一環で献金の必要性を訴えるのはいいが、献金自体は個別の業界団体に任せるべきだ」と語る。
戦前の首相、浜口雄幸を祖父に持つ大橋は政界にパイプがあり、現在は自民党の政治資金団体、国民政治協会の会長だ。献金を受けとる側だが、「経団連は国民のために活動する姿勢を明確に出さないと、国民の支持を得られない」。





c0352790_11000469.jpg




経団連は終戦直後の46年、財閥支配から解放された製造業を中心に誕生した。会長はほぼメーカーから選ばれ、役員は自動車や鉄鋼、商社などの社長経験者らで構成される。
新興勢力からはどう映るのか。6年前に旗揚げされた国民生活産業・消費者団体連合会(生団連)にはスーパーや外食など約550社・団体が加わる。


経団連は消費増税に積極的だが、経団連企業も多く入る生団連は慎重だ。会長の小川賢太郎(ゼンショーホールディングス会長兼社長)は「重厚長大の産業が中心の経団連は、いまやGDP(国内総生産)の7割を占める流通サービス業の意見を積極的に吸い上げてこなかった」と話す。
だれのための「車の両輪」か。71年目の経団連に問われている。






☆☆☆やんジーのつぶやき
栄枯趨勢は世の習いとはいえ、いまやGDPの7割を占める流通サービス業の声は真摯に聴くべきであろう。
重厚長大の産業構造が崩壊しつつある今、経団連の改革も必要であろう。












































































[PR]

by my8686 | 2017-05-31 11:00 | たまには気になる経済学 | Trackback | Comments(0)