カテゴリ:愛しさとせつなさのJAZZ( 31 )

「ジャズと私:濃密な一瞬のはかなさこそ」を読み解く

雨の水曜日。会社は早帰りを推奨する日でもある。水曜と木曜は、担当する得意店が休業ということもあり、営業関係スタッフは休みをとる連中が多い。
そんな朝、「ジャズと私:濃密な一瞬のはかなさこそ」というコラムのタイトルが目に止まった。

音楽学者(クラシック)岡田暁生氏のインタビュー記事である。
1960年生まれ。京大人文科学研究所教授。「オペラの運命」でサントリー学芸賞、「音楽の聴き方」で吉田秀和賞。共著に「すごいジャズには理由がある」。




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あらためて、彼の言葉を読み解いてみよう。


なぜジャズにハマったか? 難しいからです。クラシックよりはるかに。技法的にも、構造的にも、極限といっていいくらい。コードの複雑さも、他のジャンルの追随を許しません。





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クラシックを専門にしたのは、発生生物学者だった父の影響です。父の趣味で幼い頃から自然にマーラーやヨハン・シュトラウスを聴いていました。でも、クラシック一辺倒の自分に、いつしか疑問符を突きつけるようになった。高校時代の友人の父と兄がジャズマンで、夕暮れ時、並んでキャバレーにピアノを弾きにいく2人の陰のある横顔が、妙に心に焼き付きました。




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大学の職場にもジャズをやってる同僚がいたんですが、瞬発力がまったく違う。歯がたたない。楽譜がないと弾けないという自分が情けなくて。
そんなとき、妻に連れられて偶然入った京都のライブハウスで、フィリップ・ストレンジさんという同い年のピアニストの演奏を聴き、僕は一瞬で恋に落ちた。
客が5人くらいしかいない会場で、彼はその日ドタキャンしたベースのパートまで、完璧と言うほかない技術で弾いてのけた。「運命だ」。その場で弟子入りを志願しました。





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フィリップさんはまず、僕から楽譜を取りあげた。「見るからダメなんだ」。電気を消し、暗闇の中で鍵盤をまさぐる。音だけの世界にたたずみ、これまでになかった何かが自分の中から引き出されていくのがわかりました。





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ジャズでは即興がすべて。即興とはつまり、一瞬を命がけで生きるということです。最高度の集中力で「今」と向き合い、欲しい音を真剣に探す。そうして生み出されるものすごい密度の音楽が、あぶくのようにその場で消える。このはかなさが音楽芸術の本質。ジャズを知り、逆に僕はクラシックのすばらしさを再確認できたし、権威化されたクラシックが置き去りにしているものも見えるようになりました。




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ジャズは他者との関係の築き方を教えてくれます。人間のたわいもない感情を、どこまでも繊細に音にする。どんな人生も否定せず、受け入れる精神から最高のセッションが生まれる。





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振り返れば、ジャズもクラシックも1970年代に同じ運命をたどっています。前衛が挫折し、商業主義に淘汰された。それでも、ささやかな場末のライブハウスで、たった数人の客を相手に、今なおものすごく濃密な世界を提供しているジャズマンたちのけなげさに、僕はただ感動する。ジャズには「偉大さ」を目指さぬ謙虚さと品格があります。恋愛の官能ではなく、恋が始まる瞬間の恥じらいを表現するジャズに、僕はオトナの社交の神髄を見るんです。





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☆☆☆やんジーのつぶやき
「ジャズは他者との関係の築き方を教えてくれる。」
「どんな人生も否定せず、受け入れる精神から最高のセッションが生まれる。」
久々に澱んでいた感情のマグマが噴き出す言葉に出会った気がした。
ワイフとの生活も今年で38年目を迎える。
赤の他人がよくここまで一緒に暮らしてこれたな・・・と、いつになく雨音が優しく不埒な俺の琴線をなでた。





















































































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by my8686 | 2017-06-07 09:36 | 愛しさとせつなさのJAZZ | Trackback | Comments(0)

芸劇dance 勅使川原三郎×山下洋輔 「up」

ダンス界のフロントランナー・勅使川原三郎とジャズピアノの巨匠・山下洋輔が創り出す、ダンスと音楽の身震いするような真剣勝負のセッションが行われる。





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あらためてその内容をみてみよう。


2016年10月、芸劇dance新作公演は、現代ダンスのフロントランナー・勅使川原三郎とジャズピアノの巨匠・山下洋輔によるこれまでにない、音楽とダンスによるライブ感あふれるセッションがプレイハウスに登場する。





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振付・演出・照明のデザインを行いまた自ら出演もする勅使川原は日本の舞踊界を引率する一人。
パリ・オペラ座に招聘され作品の振付を手がけた唯一の日本人であるのみならず、オペラや映像など、さまざまなジャンルの表現活動に挑み続けている多才なアーティストである。






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タッグを組むのは1969年に自身のトリオを結成して以来フリー・フォームのエネルギッシュな演奏でジャズ界に大きな衝撃を与え続けている山下洋輔。
その活動は一流ジャズ・アーティストとはもとより、和太鼓やシンフォニー・オーケストラとの共演などに渡り、国内のみならず世界各国で展開されている。







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多才な二人に加えて、近年ダンサーとして国際的に評価の高い佐東利穂子も加わり、荒馬にも見えるピアノを手懐けて、ダンスが音楽を作り、音楽が視覚や空気までも変えていく― 誰もが未体験の即興/即応による、ダンス×ジャズピアノという枠を超え、常識をひっくり返すような、繊細にして過激な瞬間が立ち現れる。





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■勅使川原三郎




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ダンサー、演出家、振付家。
1981 年より独自の創作活動を開始。
1985 年以降、自身のカンパニーKARAS と共に世界中に招聘され公演を行う。
既存のダンスの枠組みに捉えられない新しい表現を追求している。
呼吸を基礎にした独自のダンス・メソッドと、照明・美術・衣裳・音楽も自ら手がけ、光・音・空気・身体によって空間を質的に変化させる独創的な作品は世界中で高く評価されている。
近年は、パリ・オペラ座バレエ団等の他カンパニーへの振付や、ヴェネツィア・フェニーチェ歌劇場やパリ・シャンゼリゼ劇場等からのオペラ演出などの創作依頼も多数ある。
今夏あいちトリエンナーレ2016 にてモーツァルトのオペラ「魔笛」を新たに演出する。
2014 年、東京・荻窪に活動拠点カラス・アパラタスを設立。
そこでは、年間を通して「アップデイトダンス」シリーズを上演している他、映像上映や展示、独自のダンス・メソッドを教えるワークショップ等、多岐にわたる活動を実践している。








■山下洋輔



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1969年、山下洋輔トリオを結成、フリー・フォームのエネルギッシュな演奏でジャズ界に大きな衝撃を与える。
国内外の一流ジャズ・アーティストとはもとより、和太鼓やシンフォニー・オーケストラとの共演など活動の幅を広げる。
88年、山下洋輔ニューヨーク・トリオを結成。国内のみならず世界各国で演奏活動を展開する。
2000年に発表した自作協奏曲を佐渡裕の指揮により04年にイタリア・トリノで再演。
06年オーネット・コールマンと、07年にはセシル・テイラーと共演。
08年「ピアノ協奏曲第3番<エクスプローラー>」を発表。
09年、一柳慧作曲「ピアノ協奏曲第4番 "JAZZ"」を世界初演。歴代メンバー総出演の「山下洋輔トリオ結成40周年記念コンサート」を開く。
13年、ニューヨーク・トリオ結成25周年アルバム『グランディオーソ』をリリース。
15年にはスペシャル・ビッグバンドのCD『新世界より』をリリースする。
16年2月、ウィーン楽友協会ホールで佐渡裕指揮のトーンキュンストラー管弦楽団と共演、大成功を収める。
99年芸術選奨文部大臣賞、03年紫綬褒章、12年旭日小綬章を受章。国立音楽大学招聘教授。演奏活動のかたわら、多数の著書を持つエッセイストとしても知られる。







☆☆☆やんジーのつぶやき
その昔、新宿ピットインで山下洋輔トリオのライブに官能を沸騰させた世代としては、あの坂田明の伝説的な熱い幽体離脱パフォーマンスに脳髄がヘロヘロになった記憶がある。
そんな山下洋輔をセッションに引きずり込んだ勅使川原三郎のダンスパフォーマンスは、さぞかし官能を震え上がらせるものであろう。




























































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by my8686 | 2016-10-06 10:26 | 愛しさとせつなさのJAZZ | Trackback | Comments(0)

「ロバート・グラスパーは、なぜそこまで評価されるのか?」について考察する

霧に包まれた日曜日の朝は、今世紀ジャズ・シーンにおける最重要ピアニスト「ロバート・グラスパー」について見直してみよう。




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ヒップホップ、R&B、オルタナティブ・ロック、ゴスペルなどのエッセンスを取り入れ、新たなジャズの形を提示した衝撃作『ブラック・レディオ』で第55回グラミー賞ベストR&Bアルバムを獲得した今世紀ジャズ・シーンにおける最重要ピアニスト、ロバート・グラスパー。





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なぜ彼はそこまで評価されているのだろうか?昨年夏、待望の最新作『カヴァード』をリリースした新世紀ジャズの異端児。

数年前から話題になっている“新しいジャズ”。音楽ファンにとっては、そのムーヴメントは無視できない。近年、大きな話題となった2枚のブラック・ミュージックアルバムを聴けば理解できるという。それは、ディアンジェロの『Black Mesiah』とケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』。





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いずれも新世紀ジャズのキーパーソンたちが参加し、ジャズそのものの影響を濃厚に感じることができるという。こういった新しいジャズ・シーンの中心に鎮座している人物がロバート・グラスパーであり、新進ピアニストとして登場して10年の間に、彼はジャズを聴くファン層を驚くべきスピードで拡張し、ジャズの歴史自体も塗り替えてしまった。今のジャズを聴くとしたら、まず手に取るべきなのはグラスパーであろう。





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ロバート・グラスパーは、1978年生まれ。米国ヒューストンで生まれた彼は、シンガーだった母親の影響でジャズに目覚め、ピアノを始める。教会などで演奏し始めた後、本格的にジャズを学ぶためにニューヨークのニュースクール大学へと進学。ここで数々のミュージシャンと知り合うことになったが、なかでもシンガーのビラルとはタッグを組んでライヴを行うようになり、その関係は今もなお続いている。

在学中にはすでに、ジャズからヒップホップまで様々なジャンルで腕を磨いてきたグラスパーは、2004年に初のリーダー・アルバム『Mood』をフレッシュ・サウンド・ニュー・タレントから発表。

ボブ・ハースト(ベース)、ダミオン・リード(ドラム)とのトリオ編成によるこのデビュー作では、ハービー・ハンコックの名曲「Maiden Voyage」をレディオヘッドにインスパイアされたアレンジで披露して話題を呼ぶ。





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翌2005年にブルーノートと契約を結んだグラスパーは、移籍第一弾アルバム『Canvas』をリリース。ヴィセンテ・アーチャー(ベース)、ダミオン・リード(ドラム)とのトリオを軸に、サックスのマーク・ターナーやビラルを迎えた本作は、グラスパーの作曲能力やアレンジのセンス、そしてメロディとアドリブのバランスの良さを確立した作品となった。続く2007年発表のサード・アルバム『In My Element』も前作同様のトリオ編成で臨み、J・ディラとの共作曲などで新しい展開を見せてはいるが、基本的なスタンスは変わっていない。




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彼が大きな飛躍を感じさせたのは、2009年に発表した4作目の『Double-Booked』。この作品は変則的な作りになっており、前半はトリオ編成、後半はエクスペリメント名義の楽曲で構成されている。グラスパーの楽曲はさらにネオソウルやヒップホップの色彩が濃厚になると同時に、全編のドラムを担当したクリス・デイヴによる独特のビートが強烈な印象を残す。

前半はアコースティックな響きを生かし、前作までの路線を踏襲した上で、さらに精度を上げることに成功している。そして、後半では、デリック・ホッジのエレクトリック・ベースやケイシー・ベンジャミンのサックスとヴォコーダーをフィーチャーしたことで、それまでのグラスパーのイメージをがらりと覆すことになった。





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このエクスペリメントにおける実験をさらに研ぎ澄ませ、ジャズという枠をぶち破ったのが今世紀のジャズ・シーンにおける最大の話題作である『Black Radio』。




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2012年に満を持して発表された本作によって、ケイシー・ベンジャミン、デリック・ホッジ、クリス・デイヴとの4人によるバンド・サウンドを確立。そして、多くのゲスト・ヴォーカリストをこの大胆な実験に引きずり込んだ。エリカ・バドゥ、レイラ・ハサウェイ、ミュージック・ソウルチャイルド、ルーペ・フィアスコ、クリセット・ミッシェル、そして盟友であるビラルと、その名を挙げるだけでR&Bファンにはため息が出るが、グラスパー独自の美学に基づいた楽曲とアレンジのセンスあってこそのクオリティといってもいいだろう。第55回グラミー賞では、最優秀R&Bアルバム賞を獲得したことも後押しし、新世紀ジャズにおけるトップランナーの地位に登り詰めた。





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『Black Radio』の大成功により、グラスパーは世界中をツアーで回り、ジャズだけでなくR&Bやヒップホップなど数々のアーティストからもラブコールを受ける存在となった。そして、ヒット作の続編『Black Radio 2』を2013年に発表。ブランディ、ジル・スコット、アンソニー・ハミルトン、フェイス・エヴァンスといったR&B、ネオソウル勢に加え、コモンやスヌープ・ドッグのようなラッパー、そしてノラ・ジョーンズまでを迎えて、さらにヴァラエティに富んだ作品に仕上がった。また、本作からはエクスペリメントのドラムが、クリス・デイヴからマーク・コレンバーグにチェンジ。また新たなビートメイキングを模索していくことになる。





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このように大躍進するグラスパーだが、なぜそこまで評価されるのだろうか。

ひとつには、リリカルなピアノ・プレイが挙げられるだろう。ハービー・ハンコックに影響を受けてはいるが、決して派手なインプロヴィゼーションを披露するわけではない。むしろ、全体のサウンドのバランスを考えながら要所要所で絶妙な演奏で耳を惹かせるのだ。それは彼のライヴを一度体験してみるとよくわかる。常にメンバーの様子に気を配り、弾かないときは一切弾かないというメリハリを付けたステージングは、彼の美学が否応なく伝わってくる。





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この柔軟なスタイルがあるからこそ、ヴォーカルやラッパーをフィーチャーしても一切のブレが無いのだ。また、オリジナル・ナンバーのクオリティの高さも特筆すべきだろう。これらも、自身のプレイだけでなく、バンド・メンバーやゲスト・ヴォーカリストを見据えた上での創作であることが特徴だ。そこには、J・ディラを筆頭に、Qティップやクエストラヴ(ザ・ルーツ)などヒップホップのアーティストたちからの影響も、聴き手を限定しない要因となっているのかもしれない。





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さて、そんなグラスパーの最新作は、意外にもエクスペリメントとしてではなく、原点ともいえるヴィセンテ・アーチャーとダミオン・リードによるピアノ・トリオ。しかも、ジョニ・ミッチェルからレディオヘッド、そしてジョン・レジェンドやケンドリック・ラマーまでのカヴァーを中心とした選曲になるという。

昨年リリースされた『Covered』では、グラスパーがトリオ編成ですばらしい展開を見せてくれている。





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さらに、昨年6月の来日公演では、エクスペリメントライヴを展開。ベースには気鋭のアール・トラヴィスが参加し、さらにブラッシュアップされたサウンドを披露。加えて、世界的な指揮者である西本智実率いるイルミナート・フィルハーモニー・オーケストラとの初共演も行われた。このコンサートでは、グラスパーがモーツァルトのコンチェルトを世界で初めて披露したほか、エクスペリメントのサウンドと大迫力のフル・オーケストラとの融合を実現している。





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☆☆☆やんジーのつぶやき
モダンジャズの帝王マイルスの亡きあと、セルアウトすることなくジャズの進化形を指し示すグラスパー。官能のおもむくまま、ジャズの未来を追い求めれば、やはりグラスパーに巡りあう。
これからも目がはずせない一人である。




































































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by my8686 | 2016-10-02 11:32 | 愛しさとせつなさのJAZZ | Trackback | Comments(0)

マイルス・デイビス&ロバート・グラスパーが時空を超えて共演!

今年2016年、生誕90年を迎える“モダンジャズの帝王”に捧げるトリビュート盤と初の自伝映画サントラが発売された。
土曜日、雨の休日の朝は、この話題をあらためてみてみよう。


マイルス・デイビス生誕90年にして没25年のメモリアル・イヤーとなる2016年、新たな記念碑的プロジェクト2作品が発売された。



マイルス初の自伝的映画『マイルス・アヘッド』のサウンドトラックが4月27日。



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そしてグラスパーが手掛けるリミックス最新作『エヴリシング・イズ・ビューティフル』が5月25日に日本先行発売となった。





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新世代ジャズ・シーンで鮮やかな活躍を続けるロバート・グラスパーが、マイルス・デイビスの音世界を再創造した『エヴリシング・イズ・ビューティフル』はマイルス・デイビス&ロバート・グラスパー、ダブル名義での発売。
グラスパーが米コロンビア・レーベルのテープ保管庫でセレクトしたマイルスのオリジナル録音をベースにリミックスした意欲作で、今作について以下のようにコメントしている。





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「単なるリミックス・アルバムにはしたくなかった。マイルスがどれだけ人々に影響を与え、新しいアートを生み出す源になったのかを伝えたかったんだ。僕たちは今もマイルスのスピリットの中に生きている」





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さらに、マイルスの遺伝子を受け継ぐ多彩な顔ぶれのアーティストたち=ビラル、イラ・J、エリカ・バドゥ、フォンテ、ハイエイタス・カイヨーテ、ローラ・マヴーラ、キング、ジョージア・アン・マルドロウ、スティーヴィー・ワンダー、そして実際にマイルスのバンドでも演奏していたギタリスト、ジョン・スコフィールドが参加。






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マイルスのオリジナル音源が曲ごとにグラスパーの自由な発想でサンプリングされ、新鮮な驚きが溢れるアルバムが完成した。アートワークはアメリカ現代アート界の旗手フランシーヌ・タークの書き下ろしで、グラスパーがマイルスの音楽を自由にコラージュしたアイディアにインスパイアされている。





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もうひとつの作品は、4月1日からアメリカで公開となるマイルス初の自伝的映画『マイルス・アヘッド』のサウンドトラック。
マイルスが一時的に音楽界から引退していた1979年を軸に描かれ、ドン・チードルが主演・脚本・監督を務めている。
ロバート・グラスパーが音楽監督の一人としてクレジットされており、果たしてどんなサウンドが完成するのか?と熱い注目を集めている作品だ。






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全24曲76分を越える長時間収録のサントラには、1956年から1981年に発売されたマイルスの代表的ナンバー11曲と、ロバート・グラスパーが映画のために書き下ろした新録5曲が、ドン・チードルの劇中台詞とともに収録されている。まさに、グラスパー・セレクトによる21世紀版マイルス・ベストといってもいい内容に仕上がっている。

特にドン・チードル演じるマイルス・デイビスが、グラスパー、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ゲイリー・クラークJr.、エスペランサ・スポルディング、アントニオ・サンチェスという今の音楽シーンを牽引する豪華アーティストたちと架空の共演を果たした「ワッツ・ロング・ウィズ・ザット」は、マイルスの精神が今も受け継がれていることを証明する象徴的なナンバーとなっている。

映画本編中の演奏シーンで実際にトランペットを吹いているのは、ディアンジェロとの共演でも知られるキーヨン・ハロルド。そして、エンド・タイトルに流れる「ゴーン2015」ではラッパーのファロア・モンチをゲストに迎えている。
映画『マイルス・アヘッド(原題)』は日本公開12月を予定している。






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ピアニストとしてプロデューサーとして、自身のトリオと<エクスペリメント>を率いて、R&B~ジャズ~ヒップホップというジャンルの境界線を超越するグラスパー。
若い才能にオープンで変化を恐れない革新的なスピリットをもつマイルス。もしマイルスが生きていたら、共通の志をもつイノベーターの2人はきっと共演していたに違いない。
幻のコラボレーションを聴きながら、改めてマイルスの音楽の懐の深さを思い知る。





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☆☆☆やんジーのつぶやき
映画『マイルス・アヘッド』の公開が楽しみである。
学生時代、モダンジャズの洗礼を受けたのが、映画「ジャックジョンソン」のサウンドトラック版のマイルスサウンドだった。学生寮の狭い部屋で聴いた、あの時の鳥肌だった記憶が、今も鮮明に蘇る。




































































































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by my8686 | 2016-10-01 09:24 | 愛しさとせつなさのJAZZ | Trackback | Comments(0)

Diana Krall「Wallflower」vol.8「Sorry Seems To Be The Hardest Word」

先週末は、ワイフの還暦祝いのプチ旅行で遊びすぎた。
本日は、定例のXロードバイクランとスーパー銭湯で一汗・二汗かく。ランチのあとはしばしの午睡。台風が接近しているせいか曇り空に風も涼しい。

それはさておき、本日もダイアナ・クラールとデイヴィッド・フォスターがタッグを組んだポップスカヴァー作品「Wallflower」から8曲目の「Sorry Seems To Be The Hardest Word」を聴いてみよう。


エルトン・ジョンの名曲である悲しみのバラードのカヴァー作品である。




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エルトン・ジョンは、1969年にソロ・デビュー。1970年の「僕の歌は君の歌」のヒット以降コンスタントに活動を続け、現在までに全世界で3億枚以上のレコード・セールスを記録した、世界で最も成功した男性ソロ・アーティストの一人である。

作曲は彼自身によるものだが、作詞は1968年のデビュー以降その多くを盟友バーニー・トーピンが手がけている。芸名は、彼がソロ・デビュー前に参加したバンド、ブルーソロジーのメンバーだったエルトン・ディーン(Elton Dean、キース・ティペット・グループを経てソフト・マシーンに加入)とロング・ジョン・ボルドリー(Long John Baldry)の2人の名前から取ったものである。





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1970年代前半に、人気は全盛期を迎えた。1972年の『ホンキー・シャトー』以降、『ピアニストを撃つな!』(1973年)、『黄昏のレンガ路』(1973年)、『カリブ』(1974年)、『グレイテスト・ヒッツ』(1974年)、『キャプテン・ファンタスティック』(1975年)、『ロック・オブ・ザ・ウェスティーズ』(1975年)が7作連続全米首位を記録し、1975年には『キャプテン・ファンタスティック』で全米ビルボードのアルバムチャート史上初の初登場1位を記録するなど、この時期に彼は数多くの快挙を成し遂げている。





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当時、若手アーティストとしてギルバート・オサリバンをライバルとして認めた。活動休止期間を経て、トーピンと一時期決別してからは不遇の時代が続いたが、一方で1986年にはディオンヌ・ワーウィックらとのデュエット曲「愛のハーモニー」で初のグラミー賞を受賞している。

1980年代後半から1990年代前半にかけては、喉の病気やアルコール、薬物依存症などに苦しみながらも、音楽活動と並行してチャリティーにも精力的に取り組むようになる。
1990年代前半からは復調し、映画『ライオン・キング』のサントラなど数多くの仕事で成功した。





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1997年には、旧作の詩の一部を差し替え、事故死したダイアナ妃に捧げたシングル「キャンドル・イン・ザ・ウィンド 1997/ユー・ルック・トゥナイト」が、全世界で3,700万枚以上を売り上げるシングル史上最大のヒット曲となる。この記録は、2015年現在も破られていない。

1998年2月24日には長年の功績を称えられ、ポピュラー音楽の音楽家としては3人目となるナイトに叙勲された。





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彼の音楽性は、しばしば同様にピアノマンの異名を持つビリー・ジョエルと比較されがちだが、メロディメーカーとしての手腕は確かなもので、様々なジャンルの音楽を貪欲に吸収し独自のものにしている。初期のプログレッシブ・ロック志向からカントリー・ミュージックへの傾倒、さらにはアメリカン・ロック、ソウル、ディスコに至るまで、その音楽性は幅広い。

日本においてはバラード・シンガーとして認知されがちだが、サービス精神旺盛な生粋のロックンローラーであり、確かな技術に裏打ちされたパフォーマンスの評価は高い。過剰なまでの派手な衣装も特徴的である(着ぐるみを着用していた時期もあった)。ピアノの下に隠れての曲弾きや、クライマックスでのピアノの上によじ登ってのゴリラ踊りを行うことも多い。






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両性愛者であることでも知られる。1984年にドイツ人の女性と結婚したが、4年後に離婚。2005年には男性の恋人と再婚して大きな話題を呼んだ。
近年のグラミー賞授賞式では、ゲイを揶揄するリリックを歌ったエミネムとパフォーマンスして物議を醸したが、ジョンは音楽性が優れているアーティストに対して協力するのは当然と、意に介さなかった。






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性格は繊細さと荒々しさを併せ持ち、長年自身の容姿にコンプレックスを持っていたとされる。1970年代の前半頃から既に頭髪が薄くなりカツラを使用していたが、1990年代に植毛手術に成功。
21世紀に入っては視力矯正手術にも成功し、長年愛用していた眼鏡もオークションに出した。現在は、それらを自らギャグとして披露してもいる。





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また、過激で辛辣な言動などから、常にゴシップでとりあげられる存在である。一方では、取材に対して饒舌でもあり、舌禍事件を起こすこともしばしばある。
交友関係は非常に広く、数多くのミュージシャンのみならず、デヴィッド・ベッカムをはじめとするサッカー選手などとも親交がある。
また、クラブチームを保有していた時期がある。

近年ビリー・ジョエルとは、頻繁に「ピアノマン」同士のジョイント・コンサートを行っている。





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「Sorry Seems To Be The Hardest Word」


What have I got to do to make you love me
What have I got to do to make you care
What do I do when lightning strikes me
And I wake to find that you're not there

[Repeat:]

What have I got to do to make you want me
What have I got to do to be heard
What do I say when it's all over
And sorry seems to be the hardest word

It's sad, so sad
It's a sad, sad situation
And it's getting more and more absurd
It's sad, so sad
Why can't we talk it over
Oh it seems to me
That sorry seems to be the hardest word

[Repeat:]

What do I do to make you love me
What have I got to do to be heard
What do I do when lightning strikes me
What have I got to do
What have I got to do
When sorry seems to be the hardest word





(さよならは一番辛い言葉だよ)


どうすれば愛してくれるのさ
どうすれば気遣ってくれるのさ
雷が俺を撃ったらどうすればいい
そして目が覚めると君は居ない

[Repeat:]

どうすれば求めてくれるのさ
どうすれば聞いてくれるのさ
これで終わりなら何を言えばいい
さよならは一番辛い言葉だよ

悲しいさ、悲しいよ
悲しいシチュエーションさ
そして理不尽さが増していく
悲しいさ、悲しいよ
どうして話し合えないのさ
俺にとっては
さよならは一番辛い言葉なんだよ

[Repeat:]


どうすれば愛してくれるのさ
どうすれば聞いてくれるのさ

雷が俺を撃ったらどうすればいい
どうすればいい
どうすればいい
さよならが一番辛い言葉な時は…









☆☆☆やんジーのつぶやき
エルトン・ジョンも学生時代からFMラジオでよく流れていたアーティストである。
しかし、シャワーのように聴きながしただけでアルバムを買うほどの興味は生まれなかった。
日本での紹介のされた方にも偏りがありすぎたのか、本当の良さはわからずじまいになった。
あらためて、ダイアナ・クラールのカバーで聴きなおして印象も変わったのである。
































































































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by my8686 | 2016-08-27 21:21 | 愛しさとせつなさのJAZZ | Trackback | Comments(0)

Diana Krall「Wallflower」 vol.7「I Can't Tell You Why」

第31回オリンピック競技会リオデジャネイロ大会は21日(日本時間22日午前)、ブラジル・リオデジャネイロ市のマラカナン競技場で閉会式が行われた。南米で初開催となるリオを中心に繰り広げられた17日間の祭典は幕を閉じた。2020年の次回大会は、東京で開かれる。
閉会式は冒頭で花火が打ち上げられ、ブラジルの人気サンバ歌手らが華やかな雰囲気を演出。選手入場では各国選手が旗手を務め、日本は陸上男子10種競技の右代啓祐が開会式に続いて日の丸を掲げた。五輪旗の引き継ぎ式では、東京都の小池百合子知事が旗を受け取り、東京大会をPRするアトラクションには安倍晋三首相も登場した。
(2016.08.23朝日新聞より抜粋)


それはさておき、本日もダイアナ・クラールとデイヴィッド・フォスターがタッグを組んだポップスカヴァー作品「Wallflower」から7曲目の「I Can't Tell You Why」を聴いてみよう。



アメリカのロック・バンド、イーグルスが1979年に発表したアルバム『ロング・ラン』(The Long Run)の中から「ハートエイク・トゥナイト」「ロング・ラン」「言いだせなくて」の3枚のシングルヒットを生み出した。





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その中の一曲がこの「I Can't Tell You Why」(言い出せなくて)。





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前作『ホテル・カリフォルニア』が全世界で1200万枚近い大ヒットを記録し、文字通り世界的な人気を決定付けた彼らにとって、新しいアルバム作りは極めて困難だった。元々78年に2枚組としてリリース予定だったがレコーディング作業に難航し、1枚に縮小の上リリースは1年遅れた。

この作品は、ビル・シムジクがプロデュースを引き続き担当、ベーシストとして加入したティモシー・B・シュミットがイーグルスのアルバムに初参加、「言いだせなくて」はシュミットの作品である。





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アルバム全体の雰囲気は、かつてイーグルスの爽快さは影を潜め、重苦しさが漂うものとなった。
曲作りにおいても、アルバム全10曲のうち4曲がバンド外の人間との共作である。

アルバムのラストを飾るのは「サッド・カフェ」という曲で、これは1977年に亡くなったバンドのマネージャーである、ジョン・バーリックに捧げられている。しかし、曲全体を覆うたそがれた雰囲気とその歌詞から、グループ活動にピリオドを打つというニュアンスも感じられた。

ビルボード・チャートでも1位に輝いたほか、日本のオリコンチャートでも週間1位を獲得。
本作はイーグルス唯一のオリコンチャート1位獲得作品である。





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このアルバムをリリース後バンドは再びワールド・ツアーを敢行しこのライブの模様を収めた『イーグルス・ライヴ』が1980年に発表された。

79年には再来日も果たしている。
バンドは1982年に解散し、このアルバムがバンドとしての最後のスタジオアルバムとなった。






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同年代に活躍したクイーンやレッド・ツェッペリン等と比べると実質的な活動期間が短く、リリース作品そのものが非常に少ないが、全米レコード協会(RIAA)の認定でアルバム総売上枚数が1億枚を超えているのは、イーグルスとビートルズ、エルヴィス・プレスリー、ガース・ブルックス、レッド・ツェッペリンの5組だけである。

そういう面からも、イーグルスの(特にアメリカにおける)人気ぶりが窺える。







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「I Can't Tell You Why」

Look at us, baby, up all night
Tearing our love apart
Aren't we the same two people who live
through years in the dark?
Ahh...
Every time I try to walk away
Something makes me turn around and stay
And I can't tell you why



When we get crazy,
it just ain't right,
(try to keep you head, little girl)
Girl, I get lonely,too
You don't have to worry
Just hold on tight
(don't get caught in your little world)
'Cause I love you


Nothing's wrong as far as I can see
We make it harder than it has to be
and I can't tell you why
no, baby, I can't tell you why
I can't tell you why
No,no, baby, I can't tell you why
I can't tell you why
I can't tell you why






一晩中寝もせずに
僕達の関係が終わるのを見ている
僕達は何年も暗闇で生きて来たあの二人
と同じなんだよね
君の元を去ろうとするたびに
なにか後ろ髪を引かれてしまうものがある
なぜだか君には言えないけれど



けんかするなんて
よくないよ
(冷静になったらどう)
ねえ僕だって寂しくなる
でも心配しなくていいんだ
君はがんばって生きていてほしい
(自分の世界に閉じこもらないで)
なぜって君を愛しているから



思うに何も悪いことなどありはしない
必要以上に二人はがんばってきた
なのにこうなるのは
なぜだか言えない
そう,なぜだか言えない









☆☆☆やんジーのつぶやき
I can't tell you why
I can't tell you why

そんな若かりし時もあった。










































































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by my8686 | 2016-08-23 20:20 | 愛しさとせつなさのJAZZ | Trackback | Comments(0)

Diana Krall「Wallflower」vol.6「If I Take You Home Tonight」

8/21日曜日。早朝、庭の植木と花に水散布しそのあと愛車86のエンジンルームを丁寧に拭いてやる。8:00から始まる自治会の一斉掃除の前の軽いウォームアップである。いきなり中腰で掃き作業をして腰に違和感を覚えた前回の反省からである。年齢とともに筋肉への負荷のかけ方も工夫がいるのである。運動前は心身ともにアクティブモードにするために、立って動きながら柔軟性を高めていく「ダイナミックストレッチ」という方法がオススメということらしい。

午後からは、ワイフの還暦祝いのプチ旅行で宮島に行く。ミシュランガイドで紹介された旅館に一泊し、明日の誕生日に宮島大鳥居カヌーツアーに参加する予定である。長年支えてくれたワイフへの心ばかりのプレゼントのつもりである。贈り物としては、ワイフからのリクエストでイタリア象嵌細工のオルゴールケースをオーダーした。



それはさておき、本日もダイアナ・クラールとデイヴィッド・フォスターがタッグを組んだポップスカヴァー作品「Wallflower」から6曲目の「If I Take You Home Tonight」を聴いてみよう。



The Beatlesのメンバーのポール・マッカートニーが書き下ろした未発表曲である。



ポール初の本格的ジャズカバー・アルバム『キス・オン・ザ・ボトム』で、演奏面でポールを全面的にサポートしたダイアナ・クラールが発表した曲。





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アウトテイクとなったこの曲を、夫のエルヴィス・コステロが彼女のニューアルバムのために使ってもいいかと直談判し、ポールに快諾を得たという曰くつきの曲。
また、これ以外にビートルズのカバー『イン・マイ・ライフ』も収録されている。





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ポール・マッカートニーは、世界で最も有名なポピュラーミュージシャン、シンガーソングライターの一人。というより、ビートルズ世代の我々にとっては「ザ・ビートルズ」時代のポールのイメージが強烈に強い。
ザ・ビートルズ時代には「イエスタデイ」「ヘイ・ジュード」「レット・イット・ビー」など、ビートルズの代表曲と言われる楽曲の多くを作詞作曲した。





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1960年代半ばに哲学者のバートランド・ラッセルからベトナム戦争について学んだことがグループに政治的関心を持ち込んだとプロスペクト誌に語っている。





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解散後の1970年代には、ウイングスのリーダーとして、1980年代以降はソロとして活動し、全米チャートの首位に9曲、トップ20に20曲以上ランクインしている。
2000年以降も作品をリリースし続けており、近年ではクラシック音楽も手がけている。

ビートルズ時代から現在に至るまで、バンドでは主にベース、(レコーディングではギターやキーボードも)を演奏しているが、近年はコンサートでもギターを演奏しギタリストとしての一面を見せる事も増えている。彼のメロディアスなベースラインは評価が高く、後のロックバンドにも多大な影響を与えたと言われる。
他にもシンセサイザー・キーボード・ドラムス・ウクレレ・フラットマンドリン・またトランペットやサックスなどといった管楽器をも扱うマルチプレイヤーである。

「タックスマン」「涙の乗車券」などビートルズ時代のいくつかの曲でリード・ギターを担当し、また「バック・イン・ザ・USSR」「ディア・プルーデンス」「ジョンとヨーコのバラード」などでドラムを叩いている。




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ソロ・アルバム『マッカートニー』や『裏庭の混沌と創造』ではすべての楽器を一人で演奏(マルチレコーディング)している。





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ジョン・レノンは「世間はポールのギターの腕を過小評価している」と述べており「今(1980年)、みんながやっていることの半分は、ビートルズ時代のポールをそっくり真似たものだよ。」と述べている。また、「人一倍自負心の強いポールが唯一謙虚なもの」とも言っていた。
ボーカリストとしての才能も高く、楽器を演奏しながら「リトル・リチャード」などの難易度の高いロック・ナンバーを歌いこなすほか、バラードにおける甘い歌声や、エルヴィス・プレスリーを思わせる唸りを効かせた歌唱法など、多彩なボーカルを聴かせる。
ビートルズのメンバーでは最も高い声域を持ち、コーラスの一人多重録音も盛んに行っている。





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1997年に、英国のナイトの爵位を授与、1999年にロックの殿堂入り。





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また近年では、2010年に、アメリカでポピュラー音楽で世界の文化に大きな影響を与えた作曲家・演奏家に贈られるガーシュウィン賞を受賞。
国を代表する一人として2012年ロンドンオリンピックの開会式のトリに、"ヘイ・ジュード"を演奏・歌唱をした。





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この年に、フランスのレジオンドヌール勲章オフィシエを受章。
2013年には、グラミー賞開設40周年を迎えるにあたって、1973年リリースの『バンド・オン・ザ・ラン』が、名誉の殿堂賞を獲得した。





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「If I Take You Home Tonight」


If I take you home tonight
I will think of songs to sing to you
Music filled with joy and light
If I take you home tonight

If I tell you how I feel
Would you be afraid and run away
I would say my love is real
If you let me take you home tonight

Oh my love let me treat you right
Let me take you home tonight
Oh my love let me treat you right
Let me take you home tonight

If you let me take your hand
There are places I could bring you to
In some unimagined land
If you let me take your hand

Oh my love let me treat you right
Let me take you home tonight
Oh my love let me treat you right
Let me take you home tonight

If I take you home tonight
I will think of songs to sing to you
Music filled with joy and light

If I take you home...
If I take you home...
If I take you home tonight

If I take you home...
If I take you home...
If I take you home tonight





今夜、私があなたを家に呼んだら
私はあなたに歌う歌を考えるでしょう
喜びと光にあふれた音楽を
今夜、私があなたを家に呼んだら

もし私がどう感じているかを伝えるなら
あなたは心配して逃げるかも
私はこの愛が本物だと言いたい
もし今夜、あなたが私を家に呼んだら

私の恋人、あなたをきちんと扱わせて
今夜、あなたを家に呼ばせて
私の恋人、あなたをきちんと扱わせて
今夜、あなたを家に呼ばせて







☆☆☆やんジーのつぶやき
If I take you hotel...
If I take you hotel...
If I take you hotel tonight

































































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by my8686 | 2016-08-21 09:00 | 愛しさとせつなさのJAZZ | Trackback | Comments(0)

Diana Krall「Wallflower」vol.5「Wallflower」

77人が犠牲になった広島土砂災害は20日で発生から2年になる。被災地では追悼のために紙灯籠がともされる。

今年は、ボランティア団体を通じ、熊本地震や東日本大震災の被災地など各地から寄せられた約1千枚のメッセージカードを、筒状に巻いて使う。カードはボランティア団体「元気になる木広島」が交流がある被災地や自治体、広島土砂災害の地元から集めた。昨年までは竹灯籠がメインだったが、今年からは紙灯籠になった。

広島市安佐南区の八木地区では19日、ボランティアらがカードを丸めて次々に灯籠を作っていた。20日未明、被災地各所に設置された延べ約1千個の灯籠に火がともされる。

土砂災害は2014年8月20日未明に発生。局地的豪雨により、広島市安佐南区と安佐北区で土石流やがけ崩れが同時多発的に発生。災害関連死として認定された3人を含め、77人が犠牲になったほか、68人が負傷した。広島市によると、住宅被害は全壊179棟、半壊217棟など計4749棟に及んだ。

あの日からすでに2年が経つ。いまだに山のあちこちに長く鋭く抉られた斜面がむき出しのままになっている。斜面下に砂防ダムが突貫工事でなされてはいるものの、再び局地的豪雨に見舞われれば同じ悲劇が発生する可能性は高い。あれほど激しい雷雨は、生まれて初めての経験であった。天を揺るがし山を轟かせた激しい雷。まさに天の逆鱗に触れし状況であった。



それはさておき、本日もダイアナ・クラールとデイヴィッド・フォスターがタッグを組んだポップスカヴァー作品「Wallflower」から5曲目の「Wallflower」を聴いてみよう。




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ボブ・ディランの69~71年期の幻のセッション音源や『セルフ・ポートレイト』前後のアウトテイク集を中心に、貴重なトラックが楽しめるアルバムであるブートレッグ・シリーズの第10集「アナザー・セルフ・ポートレイト」に収録された曲。




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直訳すれば「壁の花」。意味は、パーティーや舞踏会で,片隅にじっとしている独りぼっちの人。



ディランは、1941年5月24日米国ミネソタ生まれ。62年にデビュー。




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翌63年「風に吹かれて」を発表、盛り上がる公民権運動のなか時代の寵児となる。





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66年にバイク事故を起こし、68年まで休養。





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74年にザ・バンドと録音した『プラネット・ウェイヴス』を発表、大規模な全米ツアーとともに完全復帰を印象づける。





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以後、『血の轍』『欲望』『オー・マーシー』などの傑作・話題作を発表。旺盛なライヴ活動とあわせ、今もロック・シーンに大きな足跡を刻み続けている。





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「Wallflower」


Wallflower wallflower
won't you dance with me
i'm sad and lonely
wallflower wallflower
won't you dance with me
I'm falling in love with you
Just like you are wondering what i'm doing here
just like you are wondering what's goin' on

Wallflower wallflower
won't you dance with me
the night will soon be gone

I've seen you standing in the small
and I know that you are gonna be mine
one of these days, mine alone

Wallflower wallflower
take a chance on me
please let me ride you home

Wallflower wallflower
won't you dance with me
I'm sad and lonely too

Wallflower wallflower
take a chance on me
I'm falling in love with you
I'm falling in love with you


Writer(s): Bob Dylan







Wallflower wallflower
踊りませんか
ボクもひとりだから
Wallflower wallflower
踊りませんか
ああキミに恋をした

不思議そうにボクを見てるんだね
これから何が始まるんだろう
Wallflower wallflower
踊りませんか
夜は短かいから



霧の中でキミを見つけた
いつか結ばれる運命を
ずっと信じていた
Wallflower wallflower
ボクに賭けてみないか
キミを離さない

Wallflower wallflower
踊りませんか
ボクもひとりだから
Wallflower wallflower
ボクに賭けてみないか
ああキミに恋をした








☆☆☆やんジーのつぶやき
大学時代にはよくFMラジオから流れてきたディランの曲。
身近に聴いてはいたが、なぜかアルバムを買うことはなかった。
そもそも、あの時代のフォークやその系統のロックは、シャワーのように聴き流すだけのものにすぎなかった。
しかし、身銭をきって買い求めたのは、やはりJAZZのマイルスやコルトレーン。ロックではサンタナと後期のビートルズだった。














































































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by my8686 | 2016-08-20 17:22 | 愛しさとせつなさのJAZZ | Trackback | Comments(0)

Diana Krall「Wallflower」vol.4「Alone Again (Naturally)」

リオデジャネイロ五輪は18日、レスリング女子53キロ級決勝で吉田沙保里(33)が敗れ、同58キロ級の伊調馨に続く五輪4連覇を逃した。2002年から続いていた世界選手権と五輪の連覇も「16」で止まった。

吉田は2回戦から登場し、無失点で決勝まで進んだ。だが、決勝では昨年の世界選手権55キロ級を制したヘレン・マルーリス(米)に1―4で敗れ、銀メダルだった。試合後、吉田は「たくさんの方に応援していただいたのに銀メダルに終わって申し訳ない。日本選手(団)の主将として金メダルを取らないといけないところだったのに、ごめんなさい」などと泣きながら話した。

五輪4連覇に挑んだ吉田は33歳。スピードを生かして攻め立てるスタイルが持ち味だが、20代の頃のように、相手を圧倒する試合は減っていた。年齢を重ねるごとに、組み手や間合いなどレスリングの技術を磨き、攻守で成熟した面はある。それでも吉田の生命線は、守備的な選手だった亡父、栄勝さんに子供のころからたたき込まれた高速の両足タックルだ。相手がどんなに研究してきても、それをさらに上回ってタックルを決めてきたからこそ、世界女王として君臨する吉田は「霊長類最強」と呼ばれるまでになった。 

リオ五輪で、吉田がまともに決めた両足タックルは、3回戦のサンブ(セネガル)戦の1本のみ。準決勝まで無失点で勝ち上がった試合巧者ぶりはさすがだが、決勝では強豪を次々と倒して勢いのある24歳のマルーリスをねじ伏せられなかった。

いつかは訪れる体力の限界域。アスリートの生命線の崩壊は、見る側も辛い。「お疲れさん!!吉田!!よく頑張った!!」



それはさておき、本日もダイアナ・クラールとデイヴィッド・フォスターがタッグを組んだポップスカヴァー作品「Wallflower」から4曲目「Alone Again (Naturally)」をみてみよう。







Alone Again (Naturally)




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「アローン・アゲイン (ナチュラリー) 」は、アイルランド人シンガーソングライターのギルバート・オサリバンの楽曲。

1972年にリリースされると、アメリカ合衆国のBillboard Hot 100シングルチャートとイージー・リスニング・チャートで計6週1位を獲得した。
また、ケイシー・ケイサムのチャート番組『American Top 40』が集計した1970年代のベスト50曲では5位(デビー・ブーンの「恋するデビー」が1位)となった。
イギリスでは、全英シングルチャートで3位を獲得した。日本ではオリコン洋楽シングルチャートで1972年10月23日付から5週連続1位を獲得した。






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この曲は内省的なバラッドであり、歌手が祭壇に取り残された後で彼の自殺の企てを語ることから始まり、その後彼の両親の死について語る。
オサリバンは「僕は父(オサリバンが11歳の時に死去した)をよく知らないし、それに父は母を虐待したので、この曲は自叙伝ではない」と発言している。






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「アローン・アゲイン (ナチュラリー) 」はマネージャーのゴードン・ミルズが設立したMAMレーベルより、英デッカ配給でシングルとしてリリースされるが、アメリカでは「Himself featuring Along Again (Naturally)」として、イギリスで先にリリースされていたアルバム「ヒムセルフ(発売当時の邦題:ギルバート・オサリヴァンの肖像)」Himselfの収録曲2曲をこの曲ともう一曲の英国盤アルバム未収録シングルに差し替え、ジャケットを変えてリリース。
その後、1976年の『Greatest Hits』でイギリスにおいて初めてアルバム収録された。CD時代となってからは『The Berry Vest of Gilbert O'Sullivan』(2004年)になどに収録されている。
なお、ビッグ・ジム・サリヴァンがこの曲のオリジナルの録音版でギターを弾いている。






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この曲は、『スチュアート・リトル2』、『The Virgin Suicides』、『ふたりにクギづけ』といった映画とTV番組でも使用された。





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『ザ・シンプソンズ』のシーズン17話「The Wettest Stories Ever Told」で、Comic Book Guyはある霊感を与える音楽としてそれを使用した。






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また、イギリスのテレビドラマ『ライフ・オン・マーズ』のセカンドシリーズの間、それは1つの挿話の終わりの主題歌として主人公Sam Tylerの絶望を表現するために使用された。
日本では1986年に映画『めぞん一刻』の主題歌およびテレビアニメ『めぞん一刻』第24話のオープニング・テーマとして使用された。






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「Alone Again (Naturally)」


In a little while from now   
If I'm not feeling any less sour   
I promise myself -   
to treat myself   
And visit a nearby tower   

And climbing to the top   
Will throw myself off   
In an effort to -   
Make it clear to (who) -   
Ever what it's like -   
when you're shattered   

Left standing in the lurch -  
at a church   
Were people saying,   
"My God, that's tough"   
"She stood him up"   
"No point in us remaining"   
"We may as well go home"   

As I did, on my own    
Alone again, naturally   


To think that only yesterday     
I was cheerful,   
bright and gay   
Looking forward to -      
who wouldn't do   
The role I was about to play   

But as if to knock me down   
Reality came around   
And without so much -   
as a mere touch   
Cut me into little pieces   

Leaving me to doubt   
Talk about,    
God in His mercy     
Oh, if he really does exist  
Why did he desert me   
In my hour of need   

I truly, am indeed         
Alone again, naturally   


It seems to me -   
that there are more hearts -   
broken in the world -   
that can't be mended -   
left unattended   
What do we do?   
What do we do?   

[Instrumental Interlude]   

Alone again, naturally   

Looking back over the years   
And whatever else that appears   
I remember I cried -   
when my father died   
Never wishing to hide the tears   

And at sixty-five years old   
My mother, God rest her soul   
Couldn't understand -   
why the only man   
She had ever loved -   
had been taken   
Leaving her to start     
With a heart so badly broken   

Despite encouragement from me   
No words were ever spoken   
And when she passed away   

I cried and cried all day   
Alone again, naturally   
Alone again, naturally   




今から もう少し経って
もし僕の不機嫌な気分が消えなければ
僕は自分に約束する
僕自身への処置として
近くの塔へ行って

そして てっぺんまで上り
そこから この身を投げてやろうと
そう努めて
それを(彼らに)判らせてやろう
一体 それ(この気持ち)がどんなものか
あなたたちが ぐったりしている時に ※

※(でも僕は)皆から見捨てられて立ってる
(花嫁が来ない)教会の中で
周りの人々が口々に言っていた、
「あぁ神さま、何てお気の毒な」
「彼女は彼(花婿)を すっぽかしたのね(※)」
「我々がここにいても仕方ないし」
「私たちは家に帰る方がよさそうね」

(それで)僕もそうすることにした、自分自身で  
また独りになってしまった、当然のように


つい昨日までを 考えてみると   
僕は元気だったし、
明るく そして陽気だった
楽しみにしていた   
充分でないとは思わなかった
僕がそれまで演じていた役割を

でも 僕を打ちのめすように
現実がやって来た
そして そんなに多くをするでもなく
ちょっと触れるだけで
僕を 細かに切り裂いたんだ

僕を疑問の中に 置き去りにして
(たとえば)こんな話について、
慈悲に満ちた神とか   
あぁ、もし彼(神)が本当に存在するなら
なぜ彼(神)は僕を見捨てたのか
僕が 必要としている時に

僕は本当に、本当に      
また独りになってしまった、当然のように

(ブリッジ)
僕はこう思われる
そこでは 沢山の心が
この世界で傷つき
癒されることも無く
付き添う人も無く 置き去りにされている、と
僕たちは どうしたらいいんだ?
僕たちは どうしたらいいんだ?

(間奏)

また独りになってしまった、当然のように

過去の年月を振り返ってみると
そして色々なことの中で 思い浮かぶのは
僕が泣いたことを 覚えている
僕の父が 死んだ時のことを
決して涙を隠そうとは思わなかった

そして65歳の年に
僕の母は、神がその魂を永眠させた
理解できなかったのは
なぜ その唯一無二の存在は
彼女がこれまで愛していたもの(父)を
取り上げて
彼女に一人残された生活を始めさせたのか  
心がひどく張り裂けるという状態で

僕からの励ましにもかかわらず
(母は)言葉も無く 何も話さなくなってしまった   
そして 彼女が亡くなった時

僕は一日中 泣いて泣き続けたんだ
また独りになってしまった、当然のように
また独りになってしまった、当然のように









☆☆☆やんジーのつぶやき
内省的なバラッドも時には官能を鎮めるにはいい。
独りで書斎に籠りて、そこはかとなくBLGなぞ画きつくる時は、やはりマイルスかコルトレーンのバラッドかエバンスの内省的なインタープレイに酔っている。















































































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by my8686 | 2016-08-19 10:35 | 愛しさとせつなさのJAZZ | Trackback | Comments(0)

Diana Krall「Wallflower」vol.3「Superstar」

8/18の早朝、リオデジャネイロ五輪でレスリング女子58キロ級の伊調馨が金メダルを獲得し、五輪全競技を通じて史上初の女子個人種目4連覇を達成したというニュースが入ってきた。
これまでの3連覇は63キロ級だった。今回の五輪は階級変更に伴い、58キロ級での挑戦。2回戦から登場した伊調は順調に勝ち進み、決勝の相手はワレリア・コブロワゾロボワ(ロシア)。1―2で迎えた第2ピリオドの残り数秒で、相手の背後をとって2点を奪い、逆転したという。

官能が奮起する毎日である。




それはさておき、本日もダイアナ・クラールとデイヴィッド・フォスターがタッグを組んだポップスカヴァー作品「Wallflower」の3曲目「Superstar」をみてみよう。


「スーパースター」(Superstar)は、デラニー&ボニーが1969年に発表した楽曲。
オリジナル・ヴァージョンの正式タイトルは"Groupie (Superstar)"だが、1970年に"Superstar"と改名され、1971年にはカーペンターズによるカヴァー・ヴァージョンが世界的にヒットした。その後もルーサー・ヴァンドロス等、多くのアーティストに歌い継がれている。






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作詞・作曲はレオン・ラッセルとボニー・ブラムレットによる。ロック・ギタリストへの恋心を募らせるグルーピーを歌った歌詞で、リード・ボーカルはボニー・ブラムレットが担当。サビの部分では、ゴスペルのコール・アンド・レスポンスを取り入れている。当時デラニー&ボニー&フレンズのサポート・メンバーだったエリック・クラプトンがギターを担当。






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この曲は最初、1969年のシングル「カミン・ホーム」のB面曲として発表された。オリジナル・アルバムにはしばらく収録されなかったが、後述するカーペンターズのヴァージョンがヒットした後、デラニー&ボニー最後のアルバム『D&Bトゥゲザー』(1972年)に初収録された。同作ではオリジナル・タイトル通り"Groupie (Superstar)"と表記されているが、ソニー・ミュージックエンタテインメントからリリースされた日本盤CDでは、日本語タイトルは「スーパースター」とされている。また、オリジナル・ヴァージョンを歌ったボニー・ブラムレットは、ソロ・アルバム『I'm Still the Same』(2002年)で、この曲をセルフ・カヴァーした。





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デラニー&ボニー&フレンズに参加していたリタ・クーリッジは、1970年にジョー・コッカーのアメリカ・ツアーでバック・コーラスを担当した際、自身がフィーチャーされたコーナーで、この曲を歌った。その模様は、ジョー・コッカー名義のライヴ・アルバム『マッド・ドッグス&イングリッシュメン』(1970年)に収録されたが、曲名は"Superstar"に変更されていた。同ヴァージョンは、リタ・クーリッジ名義のベスト・アルバム『The Best of Rita Coolidge: The Millennium Collection』(2000年)にも収録されている。







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「Superstar」

Long ago and oh so far away

I fell in love with you before the second show

Your guitar, it sounds so sweet and clear

But you're not really here

It's just the radio





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(*)
Don't you remember you told me you loved me baby

You said you'd be coming back this way again baby

Baby, baby, baby, baby, oh, baby,

I love you I really do







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Loneliness is a such a sad affair

And I can hardly wait to be with you again


What to say to make you come again

Come back to me again

And play your sad guitar


Repeat (*)





スーパースター


はるか遠い昔

2度目のショーの前に
私はあなたに恋してしまったの


あなたの奏でるギターが
とても心地よく
澄んだ音色を響かせているわ


でも あなたが
実際ここにいるわけじゃない。

だって これは
ただのラジオだから



忘れてしまったの?

私を愛してるって
言ったじゃない。

またここに戻って来ると
言ったじゃない。


ねえ ベイビー

愛しているのよ 

心から




孤独って 
こんなに悲しいことだったのね

また あなたと
一緒に過ごせる時を
ただ待つなんて…

私には
とても出来そうにないわ。


どう言えば
ここに戻って来てくれるの?


もう一度、私のところへ
戻ってきて


また あなたの悲しいギターを
わたしに聴かせてよ


忘れてしまったの?

私を愛してるって
言ったじゃない。

またここに戻って来ると
言ったじゃない。


ねえ ベイビー

愛しているのよ 

心から







☆☆☆やんジーのつぶやき
コール・アンド・レスポンスを使ったサビの部分に官能が反応していた。
コールアンドレスポンスは、世界各地の様々な伝統音楽や民族音楽で取り入れられている。
キリスト教音楽ではアンティフォナ、レスポンソリウム、アンセム。
インドの伝統音楽では、ジュガルバンディ、サワール・ジャヴァーブ。
フランスのブルターニュ地方やフェロー諸島地域の音楽では、シーシャンティ。
各国の軍隊におけるミリタリーケイデンスもコール・アンド・レスポンスである。
ブラックアフリカ地域でも伝統的に集会や宗教儀式などを告知するコミュニケーション手段として普及していた。
アフリカ系アメリカ人の音楽であるゴスペル、ブルース、ジャズ、ドゥーワップや、キューバのルンバ、ソン、サンテリア音楽やジャマイカのナイヤビンギ、メントなど黒人奴隷の子孫達の音楽で特によく聞かれる楽式である。
本能を揺さぶる響きにこそ人々は魂を預ける。
官能を震わせるレスポンスがある。レスポンスに酔える今がある。ありがとう。























































































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by my8686 | 2016-08-18 11:22 | 愛しさとせつなさのJAZZ | Trackback | Comments(0)