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「藤井14歳四段29連勝加速と大手タカタ経営破綻失速」を読み解く

昨晩、将棋の中学生棋士、藤井聡太四段(14)が、東京都渋谷区の将棋会館であった対局に勝ち、史上単独1位となる公式戦29連勝を達成した。
30年ぶりの記録更新だという。



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その反面、エアバッグで世界を先導した自動車部品大手タカタが経営破綻し、戦後最大の1兆円を超える負債だという。





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新聞紙面は、このニュースを対比的に1面トップで伝えた。





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あらためて、この内容を読み解いてみよう。


竜王戦の決勝トーナメントで、昨年の新人王戦で優勝した増田康宏四段(19)と戦った。午前10時に始まった10代同士の対決は熱戦になったが、終盤戦で藤井四段が一気に引き離した。午後9時24分、増田四段が負けを認め、投了した。
藤井四段は、対局室になだれ込んだ報道陣のカメラには目を向けず、冷静な表情で盤面を見つめていた。

記者会見で28連勝との違いを問われると、「単独1位になれたのは特別な感慨……今までと違った喜びがあります」と語った。
藤井四段は、タイトル挑戦者を決める決定三番勝負進出まであと4勝と迫った。「もっと実力を高めて、タイトルを狙える棋士になりたい」と話した。

次は7月2日に、同トーナメントで佐々木勇気五段(22)と対戦する。

藤井四段は愛知県瀬戸市在住の中学3年生。昨年10月、史上最年少の14歳2カ月でプロ入り。今年4月には、デビュー戦からの連勝の記録「11」を樹立。無敗のまま年上の棋士たちに勝ち続け、21日に神谷八段の記録に並んでいた。これからは、タイトル保持者や、名人への挑戦権を争うA級順位戦(5段階の最高クラス)に所属するトップ棋士との対戦を控える。





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そして、皮肉ながらもエアバッグで世界を先導した自動車部品大手タカタが経営破綻した。
「ファミリー経営」が迷走を重ね、「安全」を売りにしながら消費者の信頼を裏切った。先端技術がはらむ安全上のリスクにどう向き合うべきか、新しい課題も突きつけている。





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■〈エアバッグの欠陥問題〉
火薬材料の「硝酸アンモニウム」を使ったタカタ製エアバッグ部品が交通事故で作動する際に異常破裂した。

飛び散った金属容器の破片で運転者らが死傷。因果関係が特定できないものも含め、世界で17人、米国で11人が亡くなった。日本では助手席のエアバッグで7件の異常破裂が報告され、うち2件でけが人がでた。

高温多湿や経年劣化など複数要因が重なって異常が起きるとみられている。リコール対象のエアバッグは世界で1億個規模。




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☆☆☆GGのつぶやき
毎日早朝、起きがけにベッドの中でAI将棋を嗜む。およそ1000局を超えるのだが、いっこうに勝てない。
AI独特の防御と攻めのパターンのあることが最近理解できてきたのだが、それを崩すまでに至っていない。
AI時代の新棋士藤井四段もAI将棋で鍛錬し自分を戒めているのであろう。
タカタの経営破綻は、人間の弱さ、親族内部の甘えが招いた破綻劇といえよう。
自分の命は自分で守るしかない。
この世の中に『絶対』というものは存在しない。

























































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by my8686 | 2017-06-27 10:10 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

土曜休日の日は「BURLESQUE TOKYO」でも覗いてみよう

旧店名は、新感覚エンターテイメントシアターバーレスク六本木である。
「新感覚」という言葉がすでに古く感じてしまうのもいたしかたあるまい。




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からっとした梅雨らしからぬ土曜の朝は、六本木の大人の夜を華やかに彩るという「BURLESQUE TOKYO」のショップデザインを見てみよう。





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女性も楽しめる本格的ショーパブとでも呼んでいい店である。






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繰り広げられるめくるめく色も鮮やかな衣装とショー。







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まさに大人の時間を盛り上げるには最高の演出といってよい。







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セクシーかつ妖艶な姿は女性のゲストも多数魅了する。






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誕生日の客がいるグループにはスタッフからの息もつかせぬサプライズがあるという。







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非日常的空間へ誘う空間づくりについ眼がいってしまうが、若い女性パフォーマーの魅せかたにも注目したい。






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最高のパフォーマンスと心が湧き立つような楽しさをどう提供するのか。






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本物のバーレスクダンスやポールダンスが間近で体験できるのも嬉しい。






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☆☆☆やんジーのつぶやき
六本木の夜はこうでなくてはなるまい!!
ワンマンライブに酔いしれる夜もまた一興!!





























































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by my8686 | 2017-06-17 11:38 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

「Each small candle」の歌詞を読み解く

昨日に続きロジャー・ウォーターズに注目してみよう。
土曜休日ランチまでの空き時間に「Each small candle」の歌詞を読み解いてみよう。




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私を怖れさせるのは拷問者ではない
肉体が最後に崩れ落ちることでもない
死のライフル銃の銃身でもない
壁に映る陰でもない
苦痛の最後の暗い星が地上に落ちる夜でもない




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私を怖れさせるのは、無慈悲で無感覚な世界での
目を瞑った無関心なのだ

一人の老女が
アルバニアのどこかの農場の
燃え尽きた砲弾の中に横たわり
泣く幼子を腕に抱えている
敵方から来た一人の兵士
勇気と誇りを持ったその男は
兵士の立場にそむいてライフル銃を地面に置いて
彼女の脇に跪く







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彼は彼女に水を飲ませ
傷口を包帯でしばり
泣く子をあやす
そのひとつの行ないが
敵味方を乗り越えて罪の赦しをもたらす
壊れた磁器のような彼女の人生を通り過ぎて
彼は戻ってゆく
あそこ、道のふちでサマリアのセルビア人兵士は振り返ると
手を振って「さようなら」を伝える





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そして、小さなろうそくの一つ一つが
暗闇の片隅を照らす
小さなろうそくの一つ一つが
暗闇の片隅を照らす
小さなろうそくの一つ一つが暗闇の片隅を照らす
苦痛の轍の回転が止まるとき
焼き印を押す鉄の炎が消えるとき
子どもが子どもでいられるようになるとき
命知らずの暴漢たちが力を失うとき
波が寄せてきて彼らを飲み込むとき
自然の掟が身分のない者も権力者も迎え
無数のろうそくが燃えて
人間一人一人の心の暗い面を照らす






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小さなろうそくの一つ一つが
小さなろうそくの一つ一つが
人間一人一人の心の暗い面を照らす






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小さなろうそくの一つ一つが
暗闇の片隅を照らす












☆☆☆やんジーのつぶやき
2016年にリマスター盤で「グラミー賞」を受賞した3rdアルバム『死滅遊戯』に興味が沸いた。



































































































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by my8686 | 2017-06-10 13:13 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

“これは我々が本当に望んだ人生なのか”ロジャー・ウォーターズの新作に刮目

早朝、ベッドの中でいつものデジタル新聞を斜め読みしていると、ロジャー・ウォーターズの25年ぶりのニュー・アルバムの全面広告に目が釘付けになった。




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『イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?』“これは我々が本当に望んだ人生なのか”

トランプ政権を痛烈に批判したライブシーンに刮目しつつ、学生時代に夢中になったピンク・フロイドのアルバム残像が脳裏を過った。
そして、かつてロジャーがリーダーシップを握っていた時代のサウンド・コラージュが脳裏をかすめた。




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あらためて、ロジャー・ウォーターズの25年ぶりのニュー・アルバムの評論を読み解いてみよう。



注目されるべきは、ウォーターズが世界のさまざまな問題に触れた作品の数々、それらが放つ強烈なメッセージ。アルバムの表題そのまま“これは我々が本当に望んだ人生なのか”と世界に問いかけた問題作といえよう。

幕開けを飾るのは、表題を録音したループ・テープに重ね、自身の過去、怒りや不安を抱える現在を語るウォーターズのモノローグによる「WHEN WE WERE YOUNG」。




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次いで、老齢の身となった今を語り“もしも私が神だったら”と歌い始める「DEJA VU」だが、目は世界に向けられ、無人偵察機による爆撃の惨状の光景が描き出される。

生ギターの弦の有り様がくっきり浮かび上がるコード・ストローク、抑制のきいた端正なピアノ、厳粛なストリングスをバックに歌うウォーターズの表情は穏やかで冷静だ。だが、ドラムスが加わり、ドラマチックな盛り上がりを迎えると、歌声は怒りを込めた叫びにとって代わり、爆発音のSEが重なる。





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ピンク・フロイドの代表曲「吹けよ風、呼べよ嵐」を彷彿させる「PICTURE THAT」、ハード・ロック調の「SMELL THE ROSES」といった作品もあるが、多くはギター、ピアノ、ストリングスによる簡潔な音楽構成で、ウォーターズの歌を際立たせている。制作を委ねたナイジェル・ゴッドリッチの手腕は実に見事といえよう。






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ウォーターズの歌詞は、訳詞を手に取っても理解しがたいことが多い。もっとも本作では、北アフリカ、アフガニスタンとともに“日本”と、戦争の犠牲地が書き連ねられ、その仕掛け人が“頭の空っぽなリーダーたち”とする「PICTURE THAT」はじめ、具体的な事象や固有名詞の引用に加え直接的な表現が多い。よって歌詞の意味、作品に込めた意図を推し量りやすい。





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ウォーターズは第1次湾岸戦争や天安門事件に触発され、当時の世界情勢を背景に1992年に制作し発表した『死滅遊戯』を、2015年に再発表した。
その際の「私が当時言いたかったことの大半は、残念ながら今もなお残っている。もしかしたら92年当時よりもむしろ15年の人々の苦悩に寄り添っているのかもしれない」というコメントが物語るように、世界のどこかで起きている戦争、民族闘争、さらに過激派組織によるテロや、ヨーロッパ各国での右傾勢力の拡大などが本作への取り組みを駆り立てたに違いない。





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ドナルド・トランプ米大統領の誕生にも大いに刺激されたようだ。大統領の就任式の日、トランプを戯画化したフィルムをバックに歌う「ピッグ(3種類のタイプ)」を、それもメキシコ・シティーで収録したライヴをフェイスブックに載せた。

新作の表題曲「イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?」では“大馬鹿者が大統領に就任する”との歌詞を織り込み、トランプ大統領を痛烈に批判。どこかの国の首相にもあてはまる作品である。不安が現代を生きる者の原動力だとし、不安や怖れがもたらす人種、外国人への差別、政治への不信、環境問題などにも言及し、一方で、それらに対して沈黙し、無関心な人々への憤りもあらわにする。




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それらとは対照的に、組曲仕立てになった最後の3曲、ことに「WAIT FOR HER」も印象深い。パレスチナの詩人、マフムード・ダルウィーシュの英訳版にインスピレーションを得た歌詞による美しいラブ・ソング。ウォーターズの反イスラエルの意思を明確に示しているという。






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アルバムの最後は、世界の現況に触れ、それを繰り返し伝えるTVのニュースに無関心な人々の存在を歌った「PART OF ME DIED」。穏やかで冷静な曲調のまま、大きな盛り上がりを迎えず、カタルシスを得られないエンディングに意表をつかれる。訪れる沈黙。その余韻の中で“そして、あなたはどうする?”と聴く者を突き放し、問い詰めるロジャー・ウォーターズを思い浮かべずにはいられない。





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☆☆☆やんジーのつぶやき
学生時代に良く聴いていた「Atom Heart Mother」。
マイルスやコルトレーンに聴き疲れした合間になんとなく流していた記憶がある。
デヴィッド・ギルモア中心の時代のものしか接点がなかった。
2017の今、あらためてロジャー・ウォーターズの25年ぶりのニュー・アルバムを聴いてみたいと思った。










































































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by my8686 | 2017-06-09 09:09 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

ノーベル文学賞・ディラン「文学と違う。歌は読まれるのでなく、歌われるべきだ」を読み解く

2016年のノーベル文学賞を受賞した米国人ミュージシャン、ボブ・ディランが5日、受賞者に課せられた「業績にまつわる講演」を動画投稿サイト「ユーチューブ」などネット上に発表した。




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あらためて、この内容を読み解いてみよう。


4日に米ロサンゼルスで録音されたものだという。27分余りで動画はない。




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ディランは、ゆったりとしたピアノ曲の中で、自らに影響を与えた米国人歌手バディ・ホリーや、古代ギリシャのホメロスの叙事詩「オデュッセイア」、メルビルの「白鯨」、レマルクの「西部戦線異状なし」といった著名な物語を挙げて、自身の歌と文学とのつながりを考察した。





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その上で「もし一つの歌があなたを感動させるのなら、大事なのはそのことだけだ」「私はいろんなことを自分の曲に込めてきた。だが、何を意味するか気に病むつもりはない」と告白した。





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そして「私たちの歌は生きている。文学とは違う。読まれるのではなく、歌われるべきだ」と述べ、「歌詞を、意図されたそのままに聴く機会を持ってほしい」と語った。





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☆☆☆やんジーのつぶやき
学生時代、下宿の部屋でFMラジオから流れるディランの曲を毎日のように聴いていた。
風のように流れるディランの反戦歌が時代の空気感を彩り、まるでシャワーを浴びるように聴いていた。けっして、訊いていたわけではなかった。
ノーベル文学賞を授賞してから、あらためてディランの足跡を辿ってみた。
今年76歳という年齢を重ねたディランの円熟した歌声が、ふたたび心に沁みた。
「文学と違う。歌は読まれるのでなく、歌われるべきだ」その言葉が棘としてふたたび官能をゆさぶった。




























































































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by my8686 | 2017-06-06 11:02 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

JINSのスポーツサングラスを選択

今年のバースデープレゼントにリクエストしたのは、JINSのスポーツサングラス。
夏に向けてロードバイクで走ると想像以上に汗をかく。


今はドライブ用に作ったドツキグラサンをかけてはいるが、やはりスポーツ用に特化したものがほしくなっていた。

松任谷氏のブログでみかけたJINSのめがねが記憶の隅に澱んでいたのだろうか。




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先週末の土曜日にJINS広島に立ち寄る。





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この店舗デザインが尾道U2をデザインしたT氏とあとで知る。




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なるほど・・・と、頷ける店内デザインが官能を心地よく刺激していた。






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選んだ「JINS SPORTS」は、オムロン「けんおんくん」や無印良品「体にフィットするソファ」などを手がけてきたプロダクトデザイナーの柴田文江氏を起用したものである。





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「プロダクトデザイン」という視点から、ファッション性と機能性との両立を意図し、スポーツサングラスの「ニュースタンダード」を目指しているという。



「JINS SPORTS」は広い視野が確保できるようデザインされている。





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「JINS SPORTS」は帽子やサンバイザーをかぶってもジャマにならないよう、テンプルはストレート。




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鼻のカタチに合わせて自分で調整できるノーズパッドや、テンプル内側のソフトラバーにより、フィット感を高めている。



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■防弾プロテクター開発プロジェクトから生まれたレンズ採用

「JINS SPORTS」では、アメリカ陸軍の超軽量防弾プロテクター開発プロジェクトから生まれたレンズ NXT を採用。スポーツ時の衝撃から目を守るのに十分な強度を持っている。
さらに、裸眼時よりも視界のコントラストを高める「HCD(High Contrast Definition)」機能を搭載しているほか、UV(紫外線)も99.99%カットする。







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図A:圧力を掛けたあとの歪みを比較。ポリカーボネート、ポリアミド、CR39といった素材よりも、NXT は歪みが少ない。
図B:1mの距離から厚さ3mmの NXT ブロックにマグナムの銃弾を発砲しても貫通していない。













☆☆☆やんジーのつぶやき
自分でも最近気が付いたのだが、スポーツギアにはカタチから入るタイプのようだ。
カッコつけながら自分に酔いつつ官能を刺激する。
肝心なのは、気分を高揚しつつ楽しく続けることである。

























































































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by my8686 | 2017-06-05 17:31 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

ミシュラン広島ガイド2つ星 日本料理店「児玉」で祝う

久しぶりに次男を誘い日本料理「児玉」に行く。5月は次男と孫娘と自分の3人が誕生月である。
我家としては大変目出度い月でもある。



そして、土曜のランチをここ「児玉」で祝うことにする。





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ミシュラン広島ガイドで2つ星を獲得したこの店で味わえるのは、旬の地場食材を軸とした正統派の日本料理。




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ネットをググると、「四季の移ろいを切り取ったかのような華やかな逸品の数々を、店主の児玉氏の家族が切り盛りする温かな店内で気兼ねなく楽しめる。」とある。





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料理はおまかせのコースのみ。


丸二日かけて煮込んだ『子持ち鮎の甘露煮』や、仕上がりに3日かける『栗の渋皮煮』などの前菜からも、主人のきめ細やかな仕事ぶり、料理に対する真摯な姿勢が伺える。





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この料理にあわせた冷酒は、「雨後の月」。






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フルーティで料理を引き立てる品のよい酒であった。








☆☆☆やんジーのつぶやき
蒲刈でのみやげ話にいつになく盛り上がってしまい、ここでの精緻な料理を味わわなかったことに反省する。
場をひきたてる会話と料理。そして酒。すべてがバランスよく成立しなければなるまい。
話に酔い過ぎた昨日であった。








































































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by my8686 | 2017-06-03 19:00 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

「人生フルーツ」と経済成長 脱成長主義を生きるには・・を読み解く

プレ金のランチ時、新聞コラムを横目で眺めていたら「異論のススメ」というコラムに目が止まった。
佐伯啓思氏の「人生フルーツ」と経済成長 脱成長主義を生きるには・・・である。


あらためて、その内容を読み解いてみよう。


先日、「人生フルーツ」というドキュメンタリー映画をみた。東京では盛況と聞いていたが、遅れて上映された京都のミニシアターも満員であった。





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日本住宅公団で戦後日本の団地開発を手掛けた建築家、津端修一さんとその妻英子さんの日常生活の記録である。1960年代の高度成長時代に、津端さんは次々と日本のニュータウンを手掛けた。そのひとつが愛知県の高蔵寺ニュータウンであるが、自然との共生をめざした彼の計画は受け入れられなかった。




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そこで彼は、このニュータウンの一角に土地を購入し、小さな雑木林を作り、畑と果樹園を作り、毎日の食事は基本的に自給自足するという生活を送ってきた。畑では70種類の野菜、果樹園では50種類の果物を育てているという。映画は90歳になった修一さんと3歳年下の英子さんの日常を淡々と描いているのだが、しみじみとした感慨を与えてくれる。





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たいていの建築家は、ニュータウンや団地の設計を手掛けてもそこには住まない。大都市からやってきて仕事を済ませるとそれで終わりである。津端さんは、思い通りにならなかった愛知のニュータウンに住み、小さいながらもその土地に根を張り、そこで自然の息吹を聞こうとする。風が通り、鳥がやってくる。四季がめぐる。時には台風が襲いかかる。そのすべてが循環しながら土地をはぐくみ草花や野菜を育て、この老夫婦の生活を支えている。いや、この夫婦の生活そのものも、この生命の循環のなかにあるように見える。





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かつては、日本のあちこちにこういう場所がごく自然に存在していた。60年代でもまだ、都市の郊外や地方をゆけば、人々は自然の循環のなかで野菜をつくり、半ば自給しながら生活していた。その後、60年代から70年代にかけての高度成長は終息し、80年代のバブル経済も崩壊した。にもかかわらず、四季の移ろいや自然の息吹とともに生きることは今日たいへんに難しくなっている。

この映画を見ていると、自給的生活はかなり忙しいことがよくわかる。労力がいるのである。自給といってもコメや肉まで手にはいるわけではない。90歳の津端さんは自転車に乗って買いだしに出る。畑や家の手入れもたいへんだ。毎日同じことを繰り返すにも労力がいる。できることは自分たちでやるという独力自立の生活は、映画館でこれを見ているわれわれに与えるすがすがしさからは想像できないエネルギーを必要とするのであろう。





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90年代になって日本はほとんどゼロ成長に近い状態になっている。にもかかわらず、われわれは、あいかわらず、より便利な生活を求め、より多くの富を求め、休日ともなればより遠くまで遊びに行かなければ満足できない。政府も、AIやロボットによって、人間の労力をコンピューターや機械に置き換えようとする。住宅もITなどと結びつけられて生活環境そのものが自動化されつつある。外国からは観光客を呼び込み、国内では消費需要の拡張に腐心している。それもこれも、経済成長のためであり、それはグローバル競争に勝つためだというのだ。

日本がグローバルな競争にさらされていることは私も理解しているつもりではあるが、そのために自然や四季の移ろいを肌で感じ、地域に根を下ろし、便利な機械や便利なシステムにできるだけ依存しない自立的生活が困難になってゆくのは、われわれの生活や経済のあり方としても本末転倒であろう。

この5月末に私は『経済成長主義への訣別』という本を出版した。私は、必ずしも経済成長を否定する「反成長論者」ではない。また、いわゆる環境主義者というわけでもない。




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しかし、これだけモノも資本も有り余っている今日の日本において、グローバル競争に勝つためにどうしても経済成長を、という「成長第一主義」の価値観には容易にはくみすることはできない。現実に経済成長が可能かどうかというより、問題は価値観なのである。経済成長によって、「より便利に、より豊かに」の追求を第一義にしてきた戦後日本の価値観を疑いたいのである。それよりもまず、われわれはどういう生を送り死を迎えるか、それを少し自問してみたいのである。

実は、東海テレビが「人生フルーツ」を製作中に急に津端さんが亡くなる。その直前まで元気にいつもと同じ生活をしており、実に静かで自然な死であったようだ。

こういう死を迎えることは今日なかなか難しい。われわれはグルメ情報を片手にうまいものの食べ歩きに精を出し、旅情報をもとに秘境まででかけ、株式市場の動向に一喜一憂し、医療情報や健康食品にやたら関心をもち、そしてそのあげくに、病院のベッドに縛り付けられて最後を迎えることになる。こうした今日のわれわれの標準的な生と死は本当に幸せなものなのだろうか、と誰しもが思うだろう。




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確かに、より多くの快楽を得たい、より便利に生活したいというのは、現代人の本性のようになっている。経済成長もわれわれの生活に組み込まれている。しかし、この映画はまた、その気になれば、このグローバル競争の時代に、都市のニュータウンの真ん中で、ささやかながらもこのような生が可能なことをも示している。経済成長を否定する必要はないが、そのかたわらで、脱成長主義の生を部分的であれ、採り入れることはできるはずであろう。








☆☆☆やんジーのつぶやき
先週末、38回目の結婚記念日に広島県の呉沖にある蒲刈島にいってきた。
島の穏やかでスローなリズムが心地良かった。
まさに、生命の循環のなかに生かされている悦びが官能を刺激してやまなかった。
シーカヤックで巡る孤島めぐり。夕日を浴びて光る海面。満天に光り輝く星群。
映画 「人生フルーツ」を観たいと思った。

































































































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by my8686 | 2017-06-02 14:00 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

「ドイツ車日本快走、アメ車は苦戦」を読み解く

米トランプ政権が「閉鎖的」と指摘して注目される日本の輸入車市場。確かに米メーカーは苦戦しているが、独ダイムラーの「メルセデス・ベンツ」は2016年度、4年連続で過去最高の販売台数を更新した。

消費者のニーズをうまくくみ取った外国メーカーは存在感を高めている。


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あらためて、この内容を読み解いてみよう。


■脱「高級」イメージ
カフェを併設した東京・六本木の店舗に登場した小型SUV。降り立ったメルセデス日本法人の上野金太郎社長の横には、小型犬を乗せたカートも現れた。「30~40代のファミリー層に乗ってもらいたい」というメッセージを込めた演出だ。




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4月に全面改良した「GLA」で、税込み398万円からとメルセデスのSUVで最も安い価格帯になる。




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メルセデスは最近、「金持ちの高級外車」というイメージから脱皮を図り、親しみやすさを前面に出す日本向けの戦略を打ち出す。六本木の店は、車を直接売らないブランド発信拠点として2011年に開設。13年には大阪にも作り、計580万人が訪れた。

日本で選べる車種も5年前の1・5倍に増やした。特に低価格帯の小型車を13年以降、次々と投入し、14年に発売したGLAでは、初めてメルセデスを選んだ購入者が7割に上った。
これらの工夫が功を奏し、メルセデスの販売は好調が続く。日本自動車輸入組合によると、16年度の販売は6万7485台で2年連続の輸入車首位。7年連続で前年度を上回る。
日本市場が外国車に不公平、というトランプ氏の指摘について、上野社長は「特に感じない」と断言する。




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独アウディ日本法人が4月に予約を始めた「Q2」も日本人好みの小型SUVだ。高さを約1・5メートルに抑え、日本の標準的な立体駐車場に入れられる。




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16年度の輸入車市場で5位まで独占するドイツ勢では、2位のBMWも3年ぶりに過去最高を更新。排ガス不正のイメージ悪化が尾を引く3位のフォルクスワーゲンを除き、主なブランドは全て前年を上回った。


■米国車、個性派は好評
一方、米国メーカーは存在感が薄い。16年度の輸入車に占める割合は4%しかなく、日本市場全体でみると0・3%にすぎない。
ただ、背景にあるのは、「不公平」ではない。伸び悩む日本市場にあえて注力するよりも、得意とする米国、中国の世界2大市場に経営資源を割く米大手の合理的な判断もうかがえる。




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米フォード・モーターは16年末で日本から撤退。東京モーターショーをみても、最大手ゼネラル・モーターズ(GM)とフォードは09年以来、不参加が続く。


実際、米国車でも売る努力をしたものは売れている。フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)の代表的な米ブランド「ジープ」は16年度、9742台を売った。前年度から34%増え、6年連続で過去最高を更新。輸入車7位に入った。右ハンドルをそろえるなど日本市場を意識した策が当たっている。




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主力SUV「ラングラー」は、武骨なデザインが日本の消費者に受けた。販売店数は15年の67店から17年には80店に増やし、流行に敏感な層にアピールする。自動車評論家の国沢光宏氏は「高性能なものや個性的なものなら、日本人は見逃さない」と話す。



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☆☆☆やんジーのつぶやき
日本市場をキメ細かく調査しているメルセデスやBMW、VWを見習うべきであろう。
ドイツメーカーの凄いところは、日本人以上の繊細さの上に欧州流の合理性を持っているところであろう。トランプ流のがさつなものづくりではたして世界制覇ができるであろうか。

































































































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by my8686 | 2017-05-25 15:45 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

ポスト・トゥルース の深層

オックスフォード英語辞典が2016年の言葉として選んだ「ポスト・トゥルース」が、いまや現代を象徴する言葉になってきている。
正確な情報より感情が優先し、為政者がうそを交えてまで聴衆を扇動する。一方、マスメディアの信頼が揺らいでいる表れとの指摘もある。





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この混沌とした時代をどう読み解くか、水島治郎氏(千葉大学法政経学部教授)のコメントをみてみよう。


2017年2月に死去したフランスの思想家、ツヴェタン・トドロフは、ポピュリズムについて、「右」や「左」である以上に「下」に属する運動である、としている。

既成政党は右も左もひっくるめて「上」の存在であり、その「上」に対する「下」の対抗運動がポピュリズムである、というのである。




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政治的対立といえば「右」対「左」というのがこれまでの常識であったが、それは20世紀型政治における常識であって、21世紀においては、「右」と「左」という軸に、「上」と「下」という新たな次元が加わったということなのかもしれない。

有力政党が左右を問わず国民投票に及び腰であり、ポピュリズム政党が国民投票によるエリート支配の打破を主張するとすれば、「上」対「下」という対抗関係は、確かにヨーロッパ各国であらわになりつつある対立の構図といえる。




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また同様の構図は、2016年のアメリカ大統領選挙についてもあてはめることもできよう。すなわち、「右」の「上」に属するのがジェブ・ブッシュら共和党主流派であり、「左」の「上」にはヒラリー・クリントンら民主党主流派が位置する。

これに対し「右」の「下」には、ラストベルト(さびついた地域)の労働者層などから強い支持を得たドナルド・トランプ、そして「左」の「下」には、公立大学の授業料無償化など、社会的平等の実現を重視したバーニー・サンダースが位置づけられよう。

トランプ現象とサンダース現象は、いわば合わせ鏡のように、グローバリゼーションを容認する既成政治に対するアンチテーゼとして支持を集めた。

それは共和党・民主党それぞれの従来の路線から大きく外れるものであることから、いずれも主流派からは批判されたが、両者はともに、「下」の支持を得ることで主流派を脅かす候補者に勝ち上がることとなった。




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ただ、このようにポピュリズムという語の扱いを検討してみると、そこから透けて見えるのは、やはり既存のメディアは「人々」(大衆、人民、民衆……)に信を置いていないのではないか、ということである。

特にその「人々」がメディアの基準に比べてアンチ・リベラルであり、グローバルな世界に背を向け、権威主義になびきやすいというのであれば、なおさらそうであろう。





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しかし、メディアが「人々」に批判を向け、むしろ既成の権力を擁護する側に回るのであれば、メディアと「人々」との乖離は決定的になるのではないか。

そして「上から目線」の既成メディアに対する不信が強まれば強まるほど、メディア批判を叫ぶポピュリスト指導者の発信する、「ポスト真実」も含んだメッセージへの依存がますます深まるのではないか。「自分の気持ちをわかってくれる」と人々が思える言葉は、どちらが発する言葉だろうか。

近年のポピュリズムをめぐる展開とメディアの対応は、はからずも21世紀におけるデモクラシーの直面する問題性、そしてメディアの立ち位置の抱えるジレンマを、如実に示すものになったといえるだろう。







☆☆☆やんジーのつぶやき
既存のメディアは「人々」(大衆、人民、民衆……)に信を置いていないという発言には頷ける部分がある。アンチ・リベラルであり、グローバルな世界に背を向け、権威主義になびきやすい民衆。日本人は、いつからそうなってしまったのだろうか。



































































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by my8686 | 2017-05-23 18:56 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)