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2016年を振り返る

2016年も終わろうとしている。

あらためて、今年を振り返ってみよう。


1月

1/23 西条にあるミシュラン選定の「松風」でランチする。
1/31 「2016広島輸入車ショー」毎年の愉しみとなった。




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2月

2/21 相棒86のリアウィンドウに「TRDエアロスタビライジングカバー」を装着。
    高速走行時の安定したリヤスタビリティーへの整流効果に官能が疼く。
2/28 ミシュラン選定「山茶花」でしっとりとランチをいただく。






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3月

3/21 夏タイヤに履き替え、峠越えしていつものダム湖畔へ。
   春の訪れが嬉しいインプレッションである。



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4月

4/10 府中にある「恋しき」へ。府中焼きを堪能。
4/17 地御前にある「鄙の料亭」で少し贅沢なランチを堪能。



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5月

5/1 GWを利用して福岡へ。
   大濠公園を散歩し、糸島に遊び、「竹彩」でディナーを堪能。



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5/7 隈研吾設計「呉市音戸市民センター」を見学。
5/27 結婚記念日を祝し、島根に遊ぶ。


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6月

6/12 Xバイクにカスタマイズした愛車MTB。
   毎週末のランが快適な季節となる。



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7月

7/17 山口にある安養禅寺「厚母大仏」を見学。
   さらに下関に遊びて帰路に宇部「ソルポニエンテ」に立ち寄る。




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7/31 デュアルモニター環境を構築。
   男の書斎、男のデンを気取るもまた愉し。



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8月

8/13 羅漢の川に遊び、ミシュラン選定「山茶花」でランチを堪能。
8/15 しまね海洋館AQUASに遊ぶ。




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8/21 ワイフの還暦祝いに宮島「石亭」で祝杯をあげる。
8/22 宮島大鳥居シーカヤックツアーに参加。



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9月

9/19 映画「シン・ゴジラ」に感動。フィギュアを速攻で購入。



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10月

10/9 福岡「大濠公園」に遊ぶ。



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10/10 山口情報芸術センターと秋吉台国際芸術村見学。



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11月

11/13 福岡マラソン応援。



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12月

12/11 萩マラソン応援。



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12/12 隈研吾設計「獺祭」ショップ見学。
    



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☆☆☆やんジーのつぶやき
トヨタ86GTを相棒にしたからには、やってみたいことがふえた年であった。
来年も相変わらず、相棒とともに旅に出よう。
















































































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by my8686 | 2016-12-31 23:59 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

北斎の肉筆画「鶏竹図」発見を読み解く

12月30日。午後から大掃除をする。
あらかたワイフが年末から数日をさいて掃除をすすめてくれていたおかげで数か所ですむ。

電気炬燵本体の分解掃除をすませ、包丁を砥ぐ。
そのあとは、台所壁面に固定した扇風機の配線処理。さらに、スチームクリーナーを使って風呂の洗浄。

こうした掃除は、やりだすと切りがないのであるが、夕刻までしっかりと作業に没頭する。


さて、ひといき入れて新聞に目をうつすと、葛飾北斎の肉筆画「鶏竹図」が見つかったという記事が気にかかる。





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あらためて、その内容をみてみよう。

来年のえとでもある鶏が描かれており、東京の美術商が11月末、デンマークでの競売で落札した。
鹿鳴館を設計した英国人建築家ジョサイア・コンドルの旧蔵品とされ、日本では存在がほとんど知られていなかった。





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竹を背景に石灯籠の上に止まる2羽の鶏を、縦110センチ、横51センチの絹本に写実的に描いた掛け軸。
左下に「歩月老人 北斎」の落款と印がある。





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専門家は、「落款、印、画風、どれも北斎作と疑う余地はない」という。
40代の作品とみる。

「鶏と竹を描いた北斎の肉筆画は初めて見た。竹の葉の色の変化などは浮世絵にはないもので、中国系の(花鳥画を得意とする)南蘋派の描写を消化した写生画といえる。」



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「新鮮な作風で、まさに鳥の飛躍のごとく上向きに脂の乗っている時期。できは非常によく、貴重な発見だ」と評価する。





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コンドルは明治期に来日。設計活動のほか、辰野金吾ら日本人建築家を育てた。






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☆☆☆やんジーのつぶやき
鳥の飛躍のごとく上向きに来年も挑戦していきたいものである。
生きることの実感をより濃いものにする官能的な「カルチャー」、上質な「ソサエティ」をもとめて。






























































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by my8686 | 2016-12-30 18:00 | ぶらぶらアート観賞 | Trackback | Comments(0)

「ロードスターと旅に出る」が読みたくなった

昼前からバスで久しぶりに市内まで出る。
ぶらぶらと市内探索がてら、昨晩会社の立体Pに停めたままの愛車86を引き取るためである。

昨晩は、会社関係の忘年会に出席し、深夜バスで帰宅する。運賃は、980円。
5000円近くかかるタクシー料金と比べれば格安であり、三越前からこの団地まで直通バスで帰れるのは、ありがたい。
ただし気をつけなければいけないのが、この団地まで上がる便は深夜0時の1本のみということ。
深夜1時最終便は、団地の上まではあがらず、あらぬ方向のバス置場まで行ってしまうのである。


久しぶりに市内の繁華街をぶらぶらとし、旧某デパートの2フロアーを店舗にしている丸善に立ち寄る。




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さすがに専門書関係が充実していて、時間のたつのを忘れさせてくれる。


ここの「車」関係の場所で見つけた「ロードスターと旅に出る」。



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サブタイトルに「この車を相棒にしたからには、一度はやってみたいこと。」とある。
ロードースターを駆り北海道を14日間かけてツーリングした旅行記である。


我愛車86との旅への思いが重なってみえてきた。

毎年、5月の初夏か夏には旅してみたいと思いつつも、いまだに実現できていない。
この86を相棒にしたからには、一度はやってみたいこと、なのである。




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翌朝しばらくググっていると、この本の著者の連載エッセイ「四国編」が目にとまった。

四国カルストは、私も相棒86を駆り訪れた台地である。




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年末にまたまた旅への思いが強まってきた。










☆☆☆やんジーのつぶやき
オープンカーの爽快さはまた格別に違いない。
5月の初夏にウィンドー全開で走った阿蘇スカイラインの想い出が官能を震わせていた。















































































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by my8686 | 2016-12-29 20:29 | 気になる本 | Trackback | Comments(0)

「真珠湾慰霊 日米両首脳は詩的で感動的な演説」を読み解く

年末仕事納めの今日、欧米メディアは日米両首脳の真珠湾での慰霊演説を速報で伝えた。



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ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)は安倍晋三首相が「真珠湾攻撃への後悔を表明したが、謝罪はなかった」と伝えた。
米CBSテレビは現地からの中継で「両首脳は共に、詩的で感動的なスピーチで和解を強調した」などと報じ、「両者ともリンカーン元大統領の言葉を引用したことが興味深い」と指摘した。




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ロイター通信は今回の慰霊が、米国でのトランプ新政権誕生の直前であることに触れ、「(新政権下で)日米関係が複雑になる可能性がある中で、両国の同盟深化を強調する意味合いがあった」などと分析した。


一方、英BBCテレビは安倍首相の演説を生中継した。




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首相が「二度と戦争の惨禍を繰り返さない」と誓ったと報じるとともに、オバマ米大統領が今年5月に米大統領として初めて被爆地・広島を訪問したことも伝え、両国が同盟関係を深めたと分析。

一方、中国外務省の華春瑩・副報道局長が記者会見で「中国やアジア諸国との和解がなければ日本は次に進めない」と述べたことも伝えた。




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安倍首相はこの後、真珠湾に面するふ頭で演説。

「戦争の惨禍は二度と繰り返してはならない」と不戦の誓いを堅持する考えを示した。

そのうえで、旧日本軍による真珠湾攻撃から75年が過ぎ、「激しい戦争を戦った日本と米国は、歴史にまれな、深く、強く結ばれた同盟国となった」と強調。
両国を結び付けたのは「寛容の心がもたらした和解の力」と訴えた。





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アリゾナ記念館は、旧日本軍の攻撃により沈没した戦艦アリゾナの上に建つ。





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☆☆☆やんジーのつぶやき
安倍首相の引用した言葉を読み返してみよう。

The brave respect the brave.

 「勇者は、勇者を敬う」

(アンブローズ・ビアスの詩)



「誰に対しても、悪意を抱かず、慈悲の心で向き合う」。
「永続する平和を、われわれすべてのあいだに打ち立て、大切に守る任務を、やりとげる」。

(エイブラハム・リンカーン大統領の言葉)

人類が永遠に忘れてはならない言葉である




































































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by my8686 | 2016-12-28 22:28 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

「漁師が1年はいたデニム、価格2倍に… 人気の秘密は?」を読み解く

2万2千円の新品デニムを漁師が1年間はいたら、4万2千円の中古デニムに――。
そんな驚きの取り組み「尾道デニムプロジェクト」が広島県尾道市で続いている。





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漁師や農家など、様々な職業の住民がはき古して色落ちさせる。
味が出た1点もののデニムは、全国のファンを引きつけているという。


あらためて、この内容をみてみよう。




■組合長「高値で誰が買うんじゃ」

「自分らのはいたデニムが倍の値段で売れるなんて信じられんけえ。普通は新品がええじゃろ」

そう話すのは、しまなみ海道を渡ってひとつ目の島、向島の漁協組合長。プロジェクトが始まった2013年から参加し、これまでに6本のデニムをはき古してきた。





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企画したのは町おこしを手がける会社「ディスカバーリンクせとうち」(尾道市)。
同じ備後地方の広島県福山市などでつくられたデニムを漁師や農家、大学教授や寺の住職など様々な職業の人たちに1年間はいてもらう。
普段の生活や仕事で色落ちさせた中古デニムを尾道に来て買ってもらうことで、観光や地場産業の発信につなげる狙いだ。





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漁協組合長は最初、無料で1年間デニムをはいてくれという企画に、半信半疑だったが、「タダではけるんじゃったら作業ズボンも買わんでええし、やってみよか」と軽い気持ちで引き受けた。

1年後、色落ち具合や生地の傷みをチェックされ、4万2千円の値がついた。
自分のはいたものに高値がついてうれしかった半面、「そんな高値で誰が買うんじゃ」と心配した。
ところが、間もなく買い手がついて2度驚いたという。


■タグに「職業履歴」

JR尾道駅から東に約1キロ。尾道本通り商店街の端にある尾道デニムの店舗は、週末になると大勢の客でにぎわう。
福岡県柳川市から旅行で訪れた客は「はいた人のストーリーがデニムに刻まれていておもしろい」と購入を決めた。

漁師がはいていたデニムは、すねの部分が長靴のはき口で擦れて独特の跡ができ、4万8千円の過去最高値で売れた。






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シェフがはいたデニムの裾には床を掃除する際に飛び散った漂白剤の跡がついた。
眼鏡職人がはいたデニムには、フレームの材料になる竹を採りに山に入った時に、枝などで引っかけた傷が残っている。

そんな「職業履歴」は商品タグに記載され、1本1本に詰まった物語を店員が話してくれる。





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九州や関東、時には海外からの旅行客も買い求めていく。2度3度と訪れるリピーターもいる。




■傷みや色落ちチェック

一方で、プロジェクトの運営は大変だ。デニムは毎週、スタッフが回収。
専門の工場で洗濯と乾燥をし、全ての商品の色落ち具合や生地の傷みなどをチェックする。

プロジェクトマネジャーは「デニムを通して、人間関係が広がっていくのが面白い。はき古した人と、購入した人を引き合わせるイベントも、いつか開きたい」と話している。





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尾道デニムプロジェクトには、尾道以外からも参加できる。
指定のデニムと参加権を購入すれば、1年後をめどに査定し、店舗で委託販売してもらえるという。









☆☆☆やんジーのつぶやき
職業履歴に価値を見出す。
誰がどこでどう使ったのか。その経過した時間の薀蓄が高値で売買される。
いい時代である。























































































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by my8686 | 2016-12-27 09:43 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

藤原新也「大鮃」広告に官能が疼いた

今朝、新聞広告に藤原新也の「大鮃」という新刊広告が目に止まった。




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つねに同時代を生き、洞察し、リードしてきた著者による人生賛歌、最高傑作の誕生!

「しかし死の扉の前に立つ老いの季節は、絶望の季節ではありません。 落葉もまた花と同じように美しいものです」






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現代社会の情報の海に溺れ、失われつつある真の青年期。そして老年期。
そのふたつが最北の海に出会う、奇跡の一日を描いた物語。
父なき時代の「青年の絶望」とは? そして「老いの豊かさ」とは?





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メメントモリから33年ぶり。






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1972年の処女作『印度放浪』は、青年のインド放浪記として学生時代に衝撃を受けた写真集であった。






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なぜ、あんなに官能が動揺し疼いたのか。



大学を卒業し社会人になり、結婚して2年目の年に「全東洋街道」を書店で手にしていた。
不思議な感慨と動揺があの時と同じ官能の疼きを覚えた。

さらに翌年、「東京漂流」と「メメント・モリ」が発表され、立て続けに衝撃が脳髄を刺激していた。





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藤原新也。

その名前と顔を垣間見る度に、ただならぬ空気が官能を疼いていく。






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老年期にさしかかった自分が、この新刊「大鮃」とどうむきあうのか。






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父なき時代の「老いの豊かさ」をどう読み解くのか、愉しみである。










☆☆☆やんジーのつぶやき
死の扉の前に立つ老いの季節の臭いを嗅ぎはじめた自分。
どうこの本と対峙するのか。
しかし、官能は鎮まるどころか、熱く沸点を超えようとしている。













































































































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by my8686 | 2016-12-26 18:28 | 気になる本 | Trackback | Comments(0)

日曜日は、EICMA2016/ミラノ・モーターサイクルショー<コンパニオン編>でも観てみよう

世界最大級のモーターサイクルショー/EICMA2016(エイクマ2016)が11月10~13日まで一般来場者を対象に開催された。




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バイクもさながら、華やかなコンパニオンを横目にながめるも一興。





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ここにはバイクメーカーはもちろん、バイクに関わるさまざまなメーカーやブランドが出展し、その最新モデルやフルラインナップを展示している。





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日本でおなじみのブランドもあれば、マニアや早耳バイクファンに人気のブランドまで、じつに多彩。






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各ブースを回り、最新アイテムとともにそのブランドのフィロソフィーに触れられるのも国際ショーの楽しみのひとつだろう。
 





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☆☆☆やんジーのつぶやき
今まで2輪に乗る機会がなかった。
だからなのか、バイクの官能的フォルムには畏敬の念すらおぼえる。


























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by my8686 | 2016-12-25 13:54 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

年賀状とランニングタイツ

三連休2日目の土曜日は、年賀状を書く。
デザインは、いたってシンプル。来年の干支の草書体を墨で書き、特注した朱印を押して完了とする。

あらかじめフリーソフトのはがき宛名印刷で一括印刷をかけ、謹賀新年と定例文句を裏面に印刷しておく。
コメントは、送る相手の顔を思い浮かべて、モンブランの極太万年筆で書き添える。




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短時間に書き上げて、夕方は散歩にでかける。

散歩には、ランニングタイツを愛用する。
適度にコンプレッション効果のあるタイツが下半身を心地よく指圧してくれる。





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「うーん、そこそこ・・・気持ちいい~」。
軽快にウォーキングしながら、下半身を「着圧」して揉み愚す効果は、たまらない感覚なのである。

太ももとふくらはぎに適度な圧力を加えることで筋肉ポンプが正常に作用するようサポートしてくれる優れものである。

ウォーキングやスロージョギングは、振動によって太ももやふくらはぎの筋肉が内側へ圧力をかけたいところが、主に外側へ上下左右にぶれてしまう。
コンプレッションタイツが抑え込むことで内側へ正常に圧力をかけれる状態にサポートしてくれるというわけである。





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さらに、筋肉疲労を抑え運動後の疲労回復の早さが違ってくるという効果もある。

ランニングタイツには、テーピングの原理で筋肉をサポートし、膝の負担を軽減してくれるタイプもある。
股関節から腰回りの筋肉や体幹をサポートして、姿勢改善や安定感を高めて疲労や腰痛を軽減するという。

ハードに走りこむ時には、着圧効果の高いハイスペックな機能性タイツがおすすめである。
ランニングだけでなく、登山や球技全般、スキーやスノーボードにも使える、スポーツ全般のサポートアイテムといってもよい。


ランニングタイツの多くは、吸湿速乾性に優れたポリエステル素材が使われたものが多く、夏の暑い時は汗を吸収発散する際に体温を下げてくれる効果を発揮し、冬の寒い時は冷たい風を遮ってくれるため、素足と比べると寒さを感じさせない。

Xバイクで走る際は、ヒップパッドのついたタイプを使用している。



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コンプレッション効果で血行が促進されるため、運動で最も重要な脚のパフォーマンスを上げやすくなる。
特に冬場は筋肉が硬くなり怪我をしやすい時期でもあるので、ランニングタイツの着用が良いのである。


そしてさらに、こだわっているのがハイスペックソックス。



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足底の機能をささえるアーチリフトとかかとのぐらつきを抑えるヒールコントロール。
通気性の良いメッシュ構造でアキレス腱をサポートする構造になっている。




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屈伸によるシワができても、曲がりやすい構造とすることで足の自然な動きを妨げないフロントウェーブ構造となっている。





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☆☆☆やんジーのつぶやき
年齢を重ねてくると安全に愉しむためのハード類は、積極的に取り入れていきたいと考えるようになった。
愛車86を操り、馬で駆け、Xバイクで走る、そんなアクティブライフからの発想である。




















































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by my8686 | 2016-12-24 12:24 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

映画「MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間」予告を読む

12/23天皇誕生日ながら、振替休日出勤する。電話もなく雑務に時間をとられることもなく制作に集中できた一日であった。
そして、今日から曰くつきのあの映画が封切りされる。

映画「MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間」である。




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あらためて、その予告記事を見てみよう。


ジャズの帝王マイルス・デイヴィス。
1940年代にデビューしたマイルスは、1991年に亡くなるその一ヶ月前まで音楽活動を続け、しかも常に第一線で活動をしていた。





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しかしそのマイルスの50年近い音楽歴のうち、1970年代後半の5年間だけは公式ライブを一切行っていない。
本作はその“空白の”時期のマイルスを、フィクションを交えて描いた作品。





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1975年、持病や過去の手術の影響でマイルスの体調は極度に悪化し、マイルスはデビュー以来、初めてといっていい長期の休みに入る。
しかしその休みはいつのまにか終わりが見えなくなる。

一時は“廃人”とまで言われたその時期のマイルスだが、いったいなぜ音楽を止めていたのか、そんな疑問に対するひとつの回答がこの作品だ。

「ホテル・ルワンダ」でアカデミー主演男優賞にノミネートされ、近年は「アベンジャーズ」シリーズでも活躍するドン・チードルの初監督作品。




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ジャズ界の帝王マイルス・デイビスに実際に起こった出来事からインスピレーションを受けたチードルが、共同脚本、製作、自身の主演でマイルスの活動休止期間にスポットを当てる。

1970年代後半の5年間、ミュージックシーンから完全に姿を消したマイルス・デイビスは、慢性の腰痛に悩まされ、ドラッグや鎮痛剤の影響から、自宅で1人すさんだ生活を送っていた。

そんなマイルスのもとに音楽レポーター、デイブ・ブレイデンが強引におしかけてきた。





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それから2日間、2人は盗まれたマイルスの最新曲のテープを取り戻すため思わぬ追跡劇に巻き込まれる。
チードルがマイルスを演じ、レポーターのブレイデン役をユアン・マクレガーが演じる。





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ライブシーンではマイルスとの共演経験もあるハービー・ハンコック、ウェイン・ショーターをはじめとする一線級のミュージシャンも登場する。





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☆☆☆やんジーのつぶやき
生まれて初めて最初に官能を揺さぶられたJAZZがマイルスの「ジャックジョンソン」だった。
マイルスがジャズの帝王として君臨した昭和のあの時代。
今では懐かしい思いでの昭和となってしまった。
この映画も全国随時上映されていくのだが、中国地方では岡山にあるシネマ・クレール丸の内のみ1カ所となる。
来春1月14日からの上映には、是非とも愛車86を駆って観に行きたい。







































































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by my8686 | 2016-12-23 17:51 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

「隈研吾の[失われた10年]が自分を変えた」を考察する

「アーキテクト・オブ・ザ・イヤー2017」に隈研吾が決定した。
日経アーキテクチュア編集部が選ぶ2017年の活躍が最も期待される建築関係者だという。



あらためて、インタヴュー記事を読み解いてみよう。


新国立競技場、渋谷駅再開発、品川新駅と、東京大改造を象徴するビッグプロジェクトを3つ手掛ける。
多忙のなか、国立代々木競技場の世界遺産登録を目指す活動でも“顔役”を務め、バブル崩壊後の「失われた10年」が自身を変えたと語る。





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──これほど隈さんに依頼が集まる状況をどのように分析していますか。

1つには、これからは「木の時代」であると僕が唱えていることが、社会の要請とフィットしてきたこと。
もう1つは、「日本的な美学」を世界に発信できる人が求められていることが背景にあるのではないでしょうか。

バブルの頃のように、海外建築家をいきなり呼んできて海外建築家の作風で日本に建物をつくるということは、決して日本の都市を魅力的なものにしないし、日本を強くしない。
それを日本人は学習したわけです。日本の中から世界に発信できる人を求めている。そういう人は僕のほかにも何人もいると思いますが、特に僕の建築は、海外の人が「日本的」と感じることが多いのかもしれません。




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──振り返ると、隈さんは1990年代半ばくらいに、ほとんど東京に仕事がない時代がありますね。

10年間、東京にプロジェクトが全くありませんでした。日本経済にとっても、僕にとっても「失われた10年」です(笑)。

M2(現・東京メモリードホール)。
東京の環状八号線に面してそびえる巨大な柱を持った建築。1991年に自動車会社マツダの子会社であるM2の本社ビルとして建設されたが、現在は葬儀場に改装されている。




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──「M2」(1991年)から「ADK松竹スクエア」(2002年)までの期間ですね。この間に、今の活躍につながる何かの変化があったのですか。

その間に地方の小さなプロジェクトをゆっくりやって、木造の大工さんや左官、和紙などの職人さんと知り合って、そういうものの面白さに目覚めていった。そこで自分が大きく変わったと思います。
それまではM2に代表されるように、目立つ建築をつくろう、目立たないと建築家になれないと思っていた。それが、形は普通でも“特別なもの”はつくれると気付いた。

「オブジェクト」にこだわる必要はない。




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──進行中の渋谷駅街区東棟(2019年度完成予定)は、かつての「自分を打ち出す」建築とは対照的です。


渋谷駅街区東棟では、隈氏はデザインアーキテクトの1人として主に東側のファサードを担当している。中央がその模型で、右奥の大きな模型の左側面に当たる。

設計は渋谷駅周辺整備計画JV。品川新駅は、隈氏がデザインアーキテクトを務め、東日本旅客鉄道とジェイアール東日本コンサルタンツ、ジェイアール東日本建築設計事務所が設計を担当している。

大きくいうと、デザインアーキテクトとして東の部分を僕がやって西の部分を妹島(和世)さん、タワーを日建設計が担当しています。

大きくはそういうくくりなんですが、互いに入り組んでいて、その境がすごく微妙。広場も含めて、全体が1つのボキャブラリーでつながっていくことに意味があるものになりそうです。




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──以前、お話をうかがったとき、「自分で1つのプロジェクトをやりきることにこだわりはない」という話をされていましたが、まさにそういう仕事ですね。


このプロジェクトは、一種の「反オブジェクト」なんです。アーティストは単体の彫刻をデザインしたいのかもしれないけれど、建築家はアーティストではない。

自分の署名をするのが仕事ではないから、オブジェクトにこだわる必要はない。
だからいろいろなコラボをして、「人間のネットワーク」の中にいるということが建築家にとって非常に重要。自分とか単独とか、そういうことを重んじる時代ではないと思っています。



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■「木の建築」への転機は「広重」と「竹の家」

──「社会が木を求めている」ということでは、品川新駅(2020年暫定開業予定)がまさにそうですね。


以前に、JRの宝積寺駅(2008年、栃木県)で木を使ったんです。構造は鉄なんですけれど、天井などに大々的に木を使った。あの駅がJRの中でも評判がよくて。品川新駅でも木を使うことに関して理解を得ることができました。今回も構造は鉄で、それを木で挟んで屋根架構を組みます。





──隈さんの木の建築は、馬頭広重美術館(2000年、栃木県那珂川町)に遡るように思われます。その頃から、木が今のようなムーブメントになるという予感はありましたか。




僕にとって転機になったのは広重美術館と、もう1つ、竹の家(2002年)です。ちょうど同じ頃に設計していたものです。



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──竹の家は、中国のプロジェクトですね。


はい。僕の建築のなかで、海外に発信された最初の建築がその2つなんです。広重はCNNがわざわざクルーを送ってきてニュースで発信した。竹の家も、全世界に向けて同様に発信された。
 
 そのときに、木の時代が来るとか、世界に受けるとか、ビジョンは全然なかった(笑)。ある意味で消去法というか、先輩たちのやっていることをやりたくないという気持ちでした。

例えば安藤(忠雄)さんはコンクリート打ち放しをやっているから、僕はもうコンクリートはやりたくない。磯崎(新)さんとか伊東(豊雄)さんとかがやっていることも、もちろんかっこいいし、いい建築だと思うけれど、自分は違うなと思っていた。




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そうすると、現代建築で木をやった人がいないなと思ったわけです。
 
木は、例えば吉田五十八さんとか、村野藤吾さんとか、そういう人たちが木を使っていたけれど、それは数寄屋という限られた世界の話で、現代建築をちゃんと木でつくった人はいない。

自分は木の家で育ってすごく木が好きだから、ああ、これが自分の使命なんじゃないかというふうに、2000年くらいに思い始めた。






──それが世界のメディアから注目されて、手応えがあったわけですね。

そうですね。CNNがまさか広重のあるあんな山の中に来ると思わなかった。そういう意味で、こういうものって世界の人の心に刺さるんだと思った。



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竹の家も、竹というテーマを提案してみたものの、まず中国人がこれをどう評価するのか全く自信がなかった。

あれは10人くらいの建築家が参加してヴィラ(宿泊施設)をつくるプロジェクトの1つなんですけれど、中国は奇抜な形の建築が好きなので、この竹の家なんて無視されるんじゃないかと、すごく自信がなかった。

ところが予想に反して、アンケートを採るとこれが一番面白いと言ってくれた。中国人でもこういうものを好きな人は多い、特に若い世代はそういう趣味の人が多いということが分かったので、すごく手応えを感じましたね。





──東京で進行中のもう1つのビッグプロジェクトは新国立競技場です。年内に着工と聞いていますが、めどはつきそうですか。




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もうだいたいめどはついていますね。





──年初のインタビューで、いろいろな社会の批判には、自分から答えなくてはいけないというようなことを言われていましたが、この1年を振り返って、社会との関係はどうでしたか。


まずは批判というより、これを使ってほしい、この技術、この材料、このアーティストを使ってほしいという、メールとか、サンプルとか、書類がものすごくたくさん寄せられるのに驚きました。




──これまでのプロジェクトとはけたが違う感じですか。

けたが違う(笑)。バリアフリーやユニバーサルデザインの面でも、たくさんの意見が寄せられました。僕が知らなかった意見もたくさんもらいました。そうした情報を聞くだけでもすごい労力でしたね。

聖火台の問題(五輪開催時の聖火台の設置位置が決まっていないという報道)のときも、聖火台の案がいっぱい送られてきた。あれで1つの展覧会ができるんじゃないかというくらいの数でした。



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──聖火台については、我々もあれほどの大きな関心事になったことが驚きでした。隈さん自身は、社会に対してちゃんと説明できたと感じていますか。



幸いに、テレビ局がそういう機会を割と与えてくれた。例えば、「サワコの朝」(土曜朝のトーク番組)とか、あるいはワイドショーみたいなものでも、僕にそういう機会を与えてもらえたので自分の口で説明できた。

そういう番組の反応はすごくよかったですね。やっぱり自分の口で説明することが重要だなということも、改めて知った。

何かが起こったときに、文書で回答を出すのではなくて、自分の口で「僕はこう思う」と。自分の口でしゃべるとどうしても僕個人の意見も入るんだけど、それでも肉声でしゃべることの今の社会における必要性を感じました。




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──私も、隈さんは文書を出さないんだなと思いました。


文章で書くと、今回はJVだから、各JVの人に全部回したりしないといけない。そうしていろいろ回ると、ここはもうちょっと抑えて書くべきじゃないのとか、みんないろいろな意見が入って、たぶん最終的にはすごく役人的な文章になっちゃうと思うんです。

だから、文書を出すよりは肉声でしゃべりたいと思った。JVの人たちはそのことに対してすごくサポーティブで、隈さんがしゃべるんだったらいいよ、という感じでした。





──勝手にしゃべるなというストップはかからなかったんですね。


そこはすごくチームワークがよかったと思う。コンペの審査のときのいろいろなヒアリングも、だいたい僕が答えていたので、みんな僕に対してその点では信頼してくれていた。
この人に受け答えをさせておけばいいという信頼関係が築けていたから、やりやすかった。




──聖火は結局、どうするとは、まだ決まってはいないんですね。

そうですね。オープニングの1年半ぐらい前にオープニングのプロデューサーを決めて、その人たちと相談しながらやるというような方針が出た。オープニングの1年半前というのは1つめどになりますかね。



──国立代々木競技場を世界遺産にする活動でも中心となっています。

実は、それが一番大変かもしれない(笑)。2年くらい前から、いろいろな先生方への連絡をうちの事務所がやっていました。世話人会のメンバーは定期的に集まっていたんです。




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──ご多忙のなか、そうした役割をどうして引き受けたのですか。


それは代々木が当然、世界遺産になっていいグレードのものですから。世話人会代表の槇(文彦)さんもそういう強い思いがあると思いますが、僕自身もあれは絶対、世界遺産にしないといけないと考えています。




──隈さんとしては、2020年の東京五輪で、片や代々木競技場が世界遺産になり、片やご自身が設計される新国立競技場でオープニングという姿を目指したいですか。

2020年に世界遺産になっていれば最高ですね。ただ、スケジュール的には楽観はできない状況です。




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(日経アーキテクチャア20161221より抜粋)









☆☆☆やんジーのつぶやき
今年は、大宰府のスタバをかわきりに中国地方の主だった隈建築をつぶさに観て回った。
爆発する木のリズム感が官能を刺激していた。
安藤のコンクリートの無機質感とは対極にある隈の木のリズム感。
静寂と躍動。
得体のしれないどよめきが、官能を心地よく揺さぶっていた。









































































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by my8686 | 2016-12-22 18:11 | 挑発する建築&空間 | Trackback | Comments(0)