山本理顕の2024年度プリツカー賞受賞が基因となり、あらためて山本の主要作品を読み解いている。
本日は、「ソウル江南ハウジング」を読み解いてみよう。
場所は、韓国ソウルの南、江南区。
「ソウル江南ハウジング」
2014年、山本理顕設計工場が国際コンペで勝ち取った低所得者層向けの集合住宅計画である。
韓国の伝統的な空間である"sarangbang"と"madang"の2つの空間をこの計画に取り入れている。
かつて、"sarangbang"とは家の主人が客人を迎えるときに使う客間であり、"madang"とは通りから住宅に入るまでの中庭のことだった。
それを"sarangbang"=多様な活動のための部屋、”madang”=その活動をつなぐ場所、と読み替えている。
1970年代、韓国でも急激に上昇する都市部の人口をみたすため、日本と同様、標準家族のための住宅が供給されてきた。
しかし、少子高齢化が進み、住宅に住む世帯人数は急激に減少し、同時に高齢者の独りまたは二人暮らしが急増。
2030年には人口の1/4が高齢者になる。従来の”一住宅=一家族”というシステムはほぼ崩壊した。
そんな21世紀の住宅のあり方として、個々のプライバシーを保つと同時に地域社会と共存できる住宅のプロトタイプを提案している。
特徴は、住宅の多機能化。
山本は次のように語っている。
「住宅でのアクティビティは多様化し、住宅は、ただ単に家族が住み子供を育てる場所にはとどまらない。その多様なアクティビティを通して住宅を地域社会に開き、たとえ独り暮らしであっても、孤立しないような新しいシステムをつくることができないか。」
あらためて、山本の提案内容をみてみよう。
各住戸の入口に"sarangbang"を設け、"Madang"と呼ぶ通路で各住戸をつないでいる。
そうして出来る低層の住棟を平行配置し、2棟で1セットとしている。
2棟の中心には”common field”を配置し、住戸プランは”common field"を軸に鏡像反転させ、その低層の住棟の上にタワーが建つ。
タワーの後ろには日照条件の関係で広場ができる。
2本の低層住棟、common field、タワー、広場からできる空間を1クラスターと呼びコミュニティーの単位としている。
”common field”には”common kitchen”や”small library”が散らばり、クラスター内部の住人達が共用で使える。
広場はsports fieldやplay groundとなる。
さらに、各クラスターは、保育施設や老人施設、共同作業室、図書室といったコミュニティー施設を擁し、これらの施設はクラスター内のみならず街区全体のコミュニティーの中心として機能させている。
山本の提案は、”一住宅=一家族”システムに変わる新しい住宅。
地域にひらかれ、「地域社会圏」に基づいた住宅の提案でもある。
しかし、この計画が実現した途端に、韓国のネット新聞でいきなり批判されたという。
理由は、プライバシーがない。
山本は、カントの言葉をひき、「時として、実感という意識は間違う」。
その意識が「仮象」であり、真実か否か、なぜそれがそう見えるのか、その原因にまで遡らなければ、真実かどうかわからない。
玄関の扉を透明にするかどうか、かなりの議論になったという。
一旦、透明ガラスに目隠しシートを貼り試してみると、かなりの閉塞感があった。
結果、ブラインドを内側に設置し、居住者の主体性にまかせることにしたという。
山本は、この提案で「コミュニティ」の在り方を徹底的に追及している。
コモンフィールドを挟んで向かい合う関係が4グループ。
それぞれのグループによって挟まれた場所がパブリックパスとなる。
そこは、車路であり、駐車場へのアクセスエリアでもある。
8棟は、日本でよく見かける、ただ単純に並行配列されたものではない。
4つのグループが形成され、そのグループが内側でどのような関係性を生み、相互にどのような関係をつくるべきなのか、その提案がなされている。
低層部分の屋上は菜園である。
この計画の最大のヒットがこの菜園だったという。
多くの住人が、白菜をつくり、カボチャをつくり、枝豆をつくり、トマトをつくる。
住民たちのこの自由さが、日本では生まれにくい「コミュニティ」が形成されている。
日本人はいつから住まうことへの主体性を失くしたのだろうか。
そして、次のように記している。
「すべての住宅の供給を、住宅メーカーや民間ディペロッパーに丸投げしてしまっている日本の国の政策は韓国と比べるまでもなく、露骨なほどの低所得者層切り捨て政策だ。」
「すべての国民に住む場所を保証しようとするその基本的な考え方は、日本の我々が学ぶ必要がある。」
山本理顕という建築家の、筋を通し抜く強い意志と姿勢が見えてくる。
☆☆☆GGのつぶやき
山本理顕設計工場の「ソウル江南ハウジング」を読み解きつつ、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。