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「現代音楽の巨匠スティーブ・ライヒ」を読み解く

3月、80歳を記念して東京・初台の東京オペラシティで開かれた公演で、聴衆に「権威ある大家より、未来を担う若手に視線を」と語りかけた。

民族や宗教による社会の分断が世界中でクローズアップされるなか、異なる価値観を調和の中に共存させるこの人の音楽が、今なお圧倒的に支持されている。
現代音楽の巨匠で、ポップスやロック、ジャズの世界からも敬愛される作曲家スティーブ・ライヒ。





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四月一日は、作曲家スティーブ・ライヒについて読み解いてみよう。



■反復する言葉、多層性への気付き

ライヒ演奏をライフワークとする打楽器奏者で指揮者のコリン・カリーら、理想的な奏者がこの日のために結集した。



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「最高のバースデープレゼント。奏者がいるから、音楽は時代を超えて届き続ける。友人にも、異なる思想を持つ人にも、等しく。世界中の人が私の音楽を演奏し、楽しんでくれているのを見るのは本当に幸せ」

1936年、クラシック音楽が形式や調性の秩序を放棄する、いわゆる現代音楽へと舵をきった時代の米国に生を受ける。

「私の世代がやったのは『革命』ではなく『修復』。音楽にリズムやハーモニーや旋律を取り戻した。シェーンベルクらが閉じた窓を、私は聴衆に向けて再び開こうと試みた」

ここ半世紀「ミニマル音楽」の代名詞で在り続ける。
シンプルな音素材を反復し、重ね、非現実の陶酔感へ。黒人牧師の叫びを繰り返す「イッツ・ゴナ・レイン」(65年)はキューバ危機から3年後の作品だ。




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「あのとき、世界の終わりが現実になるという本物の恐怖をアメリカ国民は味わった。その気分のリアリティーが礎になった」。

イスラム原理主義者に殺されたユダヤ系ジャーナリストの言葉をちりばめる2006年の「ダニエル・バリエーションズ」にもこの気概は貫かれている。




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「同じ言葉を繰り返して聞いていると、おのずと旋律の形を成してくる。肉体の奥底から、洗練とは無縁の土俗的なリズムも湧きあがってくる。民族音楽を礎にしたバルトークやストラビンスキーと同じ地平に立つ気持ちになる。言葉から与えられるこの瞬間を、いつも『神からの贈り物』と感じる」


そんな孤高の模索に導かれた境地が今回、ヘブライ語のテキストに基づく大作「テヒリーム(詩編)」(81年)で示された。
手拍子と太鼓が原始の空気で会場を満たす。声と管弦楽が様々な旋律とリズムを光の粒のようにちりばめ、神を賛美する壮麗な「ハレルヤ」へ。生身の人間の感触にあふれ、太古と未来に同時にたたずむ感覚に。




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最後の音が消えると、満席の客席で拍手と歓声と指笛が渦を巻いた。聴衆のいでたちや世代の多様さがそのまま、この人の人生を象徴するかのよう。
ストラビンスキー、マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーンを師と呼び、ブライアン・イーノやデビッド・ボウイがそんなライヒの公演に足を運ぶ。





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「西洋音楽の歴史をたどると、クラシックと世俗音楽の間に垣根なんてそもそもないことに気づく。ルネサンス期の作曲家はみなフォークソングの主題でミサ曲を書いていたし、ベートーベンの『田園』なんて酔っ払いの鼻歌みたい。楽譜に残される音楽がクラシックになり、それ以外がフォークソングと呼ばれる。それだけの違い」





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「ひとつの言葉を切り取って繰り返すのは、意味を分断したり破壊したりするためではない。その言葉に潜む多層性を、聴く人それぞれに気付かせ、より強く深く印象づけるため。私はこれからも、誠実に言葉に仕え続ける。自分が生きるこの時代を愛し、音楽家にしかできない『対話』を続けるために」




さらに、略歴をみてみよう。


1990年、『18人の音楽家のための音楽』(1974-76)、ホロコーストを題材にした『ディファレント・トレインズ』(1988)により2つのグラミー賞を受賞。
1993年には、「21世紀のオペラはこうあるべき」(タイム誌)と評された『The Cave -洞窟-』を発表した。
2006年、第18回高松宮殿下記念世界文化賞の音楽部門を受賞。
2009年、『ダブル・セクステット(フランス語版)』でピューリッツァー賞 音楽部門を受賞[1]。
2008年度の「武満徹作曲賞」審査員を務めている。



ライヒは1957年にコーネル大学哲学科で学士号を取得した後、1958年から1961年までニューヨークのジュリアード音楽院に在籍し、ウィリアム・バーグスマらに師事。
1961年から1963年までは、カリフォルニア州のオークランドにある、ミルズカレッジでルチアーノ・ベリオとダリウス・ミヨーの元で学び、修士号を取得した。

ライヒの作品、特に『ドラミング』(1971)では、アフリカ音楽の影響が色濃く、ライヒは特にAM・ジョーンズによる、ガーナのエヴェ族に関するアフリカ音楽の研究から影響を受けていた。




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やがてライヒは、ドラミングの研究のためにガーナを訪れるようになり、1970年にはガーナ大学アフリカ研究所でドラミングを集中して学んだ。

また、ライヒは1973年から1974年にかけてシアトルでバリ島のガムランの研究も行った。
さらにユダヤ人としての自らのルーツを探るようにヘブライ語聖書の伝統的な詠唱法を学ぶことで、「言葉が生む旋律」を再発見していく。

『ドラミング』以降、ライヒは自分自身が先駆者であった"フェイズ・シフティング"の技法から離れ、より複雑な楽曲を書き始める。
彼は他の音のオーグメンテーション(あるフレーズやメロディの一部の音符を一時的に増幅させ、繰り返したりすること)のようなプロセスを用いる方へ移行する。

『マレット楽器、声およびオルガンのための音楽』(1973)のような作品を作曲したのはこの時期である。

特に『フォー・オルガンズ』では、オーグメンテーションが用いられており、1967年に作曲された Slow Motion Sound はそのプロトタイプともいえる。

この曲は演奏されたことはないが、録音された音や声を、音程も音質も変えずに、音を元の長さの数倍になるまで遅く再生するアイディアは、『フォー・オルガンズ』でも採用されている。

その結果、4台のオルガンがそれぞれ特定の8部音符を強調しながら、11thの和音を奏で、マラカスがテンポの速い8部音符のリズムを刻む立体的な音の空間を持った曲が出来上がった。

リズムが変化し、繰り返される手法が使われている。この曲は、初期のライヒの作品が循環的であるのに対し、直線的である点が異質で特徴的である。




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1974年には、ライヒはライヒを知る大多数の人々から重要であると位置づけられる作品、『18人の音楽家のための音楽』を書き始めた。初期の作品の持つ作風へ戻りつつも、この作品には多くの新しいアイディアが含まれている。

曲は11のコードのサイクルを基本としており、それぞれのコードには短い曲がそれぞれ割り当てられ、曲の終わりには元のサイクルへと戻っていく。

セクション(楽曲内の区切り)は"Pulses"、 Section I-X、再び"Pulses"と名づけられている。




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ライヒにとっては、大人数のアンサンブルのために書いた初の試みであり、演奏家が増えることによって音響心理学的な効果はより大きなものとなり、その効果に夢中になったライヒは「もっとこのアイディアを探求したい」と語っている。

また、ライヒはこの作品は過去に書かれたどの作品よりも、最初の5分間に含まれるハーモニーが豊かであるとも語っている。

同じ年に、ライヒは彼自身の哲学、美学、1963年から1974年の間に作曲した作品についてのエッセイが収録された本"Writings About Music"を出版した。
2002年には"Writings On Music (1965-2000)"として、新しいエッセイが収録された本も出版されている。

1976年から1977年にかけては、ライヒはドイツ系ユダヤ人である自らのルーツを探るように、ニューヨークとエルサレムにて、ヘブライ語聖書の伝統的な詠唱「要曖昧さ回避法」を学ぶ。

1981年に作曲された『テヒリーム』は、ヘブライ語で詩篇もしくは賛歌を意味するタイトルが示す通り、ヘブライ語のテキストを女声が歌い上げる、4部に分かれた曲である。




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1988年には、クロノス・クァルテットのために『ディファレント・トレインズ』を書き下ろす。
この作品においてライヒは、インタビューで録音された古い肉声を使用しており、その肉声が奏でる音程に合わせて弦楽器のメロディーが反復され、加速するといった新しい手法を用いている。

曲は3部に分かれており、第二次世界大戦前のアメリカ、第二次大戦中のヨーロッパでのホロコースト、戦後のアメリカにおける汽車の旅が、汽笛の音を散りばめながら描かれている。

1990年に、ライヒはこの作品においてグラミー賞最優秀現代音楽作品賞を受賞する。

1993年には、ライヒは妻で映像作家でもあるベリル・コロットとオペラ『ザ・ケイヴ』においてコラボレーションを行う。
このオペラでは、彼はユダヤ教、キリスト教、イスラム教のルーツを探っている。



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ライヒとコロットは、飛行船ヒンデンブルク号の惨劇、ビキニ環礁での核実験、そしてより現代的な出来事、特にクローン羊ドリーを取り上げたオペラ『スリー・テイルズ』(2002)でも再度コラボレーションを行っている。




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☆☆☆やんジーのつぶやき
桜の開花を待つ土曜休日の朝は、ストラビンスキー、マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーンを師と呼ぶスティーブ・ライヒの作品に浸ってみよう。









































































by my8686 | 2017-04-01 10:07 | 現代音楽のたしなみ | Trackback | Comments(0)