一柳慧「ルールへの反発、自らの骨格に」を読み解く

昨日に引き続き一柳慧のインタビュー記事を読み解いてみよう。


■個人の感性を大切にする平尾貴四男と、理論的な裏付けを重視する池内友次郎。相次いで師事した2人は偶然にも、当時の日本の楽壇の両極を象徴する存在だった。




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池内先生の指導は、音楽本来の生命と対峙するというよりは教科書的にアプローチするタイプのものでした。でも私はピアノを弾いていましたので、そのあたりは大作曲家たちの筆の肉感から、すでに自ら学んでいたんですね。


池内先生は、松村禎三さんとか三善晃さんとか別宮貞雄さんとか、基礎をまじめにやってくる優秀なお弟子さんに慣れてらしたと思うんです。
でも、私は規則通りにつくるということそのものに全く「音楽」を感じられなくて。まずルールそのものが嫌いなんだけど、何より、音楽として生きていないルールに束縛されるっていうのがねえ。





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■作曲の世界では、「5度」「8度」と呼ばれる音程が連続する「平行5度」「平行8度」など、様々な「禁じ手」を最初に教えられる。




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そんなの、すばらしいピアノ曲にいくらでも出てきますよ。こんな形骸化した締め付けを、なぜ今さら学ばなくちゃいけないのかと。自分の世界をとことん広げていきたい時期に、理屈で抑え込まれるのが我慢ならなくて。

池内先生もそんな私のいらだちに気付かれたようで、レッスンが進まなくなってしまいました。若さゆえのわがままでもありましたが、こういう頑固さは父譲りかもしれません。





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ただ、池内先生に引き出していただいた反発心が、52年にアメリカへと飛び出すエネルギーになったのは間違いありません。





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同じ作曲の道を歩む先生方の、極端な方向性のギャップを知ったことで、納得できないルールに追随できない自分の性格に気付き、それを自分自身の骨格にすることができた。

そうしてできた骨格に、同じ時期にピアノを教わった原智恵子先生の豊かな感性が肉付けしてくださった。抑圧と解放のダイナミズムが、アメリカ行きへの大きな踏み台となったのです。




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☆☆☆GGのつぶやき
既成概念に抗う。時代の空気感に抗う。
常識とされていることに不自然さを感じる年齢というものが確かにあった。
高校生時分に感じたあの窮屈さに似た感覚であろう。
学校に抗い、教師に抗い、家庭に抗い、父親に抗い、社会に抗い。
反抗することで相手の価値感を推し量っていた時期でもある。
その抗う力を別次元のエネルギーで爆発せるものこそ、真の本物に見えた。

























































































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by my8686 | 2017-06-30 10:22 | 現代音楽のたしなみ | Trackback | Comments(0)

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