フッサールの方法「主客問題」を読み解く

有休明けの水曜日。
際立つニュースのない日は、エドムント・フッサールの思想理解を深める意味で彼の用いた術語を読み解いてみよう。



まず現象学的還元(phänomenologische Reduktion)に端を発するフッサールの学的態度を一通り読み、そこで出てくる概念を読み解いてみたい。



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■フッサールの方法「主客問題」

「主観と客観」あるいは「認識と対象」の問題をどう解明するか、これが現象学(Phänomenologie)の第一の課題である。




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デカルトは、「神の存在証明」(Beweis des Daseins Gottes)によりこの問題に取り組んだともいえるが、結局のところ神に頼らざるを得なかった。





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ところがフッサールの時代において存在の基礎づけとして神を持ち出すことは、もはやかなわなかった。





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したがって、フッサールはデカルトとは違う、しかしデカルトのように学問全体を絶対的に基礎づけるような土台から始める必要があったのである。






☆☆☆GGのつぶやき
デカルトが「方法的懐疑」で示したように、「主観」は自分の外に出て「主観」と「客観」の一致を確かめることはできない。






























































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by my8686 | 2018-02-21 02:21 | フッサールを読み解く | Trackback | Comments(0)

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