杉本貴志氏が心不全で死去した。享年73歳。
心から哀悼の意を表したい。
1973年、杉本貴志がインテリアデザイン設計会社として「スーパーポテト」を設立。
当初は、バーやティールーム、ブティック等の設計を手掛けながら、故田中一光氏と共に西武百貨店の環境計画に参加。全盛期の西武グループのデザインディレクターとして日本各地、各店の立ち上げに参画。又、以来30年に渡り無印良品の店舗や思想の構築にも大きく関わってきた。
杉本が大きな方針としてかかげていたのは、「デザインの先端を目指し、オリジナリティーにこだわり、表現の方向として日本という風土や伝統に根ざした意識を目指す」ということだった。
杉本の存在を知ったのは、1979年の「STEREO SOUND」というオーディオ雑誌に掲載された「新進気鋭のデザイングループ "スーパーポテト"の仲間たちのアジト」と題する杉本の自邸を紹介した記事だった。
バルバリア海賊の根拠地を思わせる異様な雰囲気。呪術的空間の魅力と題するその空間に魅了された。
「ストロベリー」と「ラジオ」店内の作品が紹介されたそのページを飽きることなく何度も読み返していた。丁度結婚を決めた年でもあった。
あらためて、SUPER POTETOのHPにある杉本のコンセプトを再読してみよう。
「その一つが素材へのこだわりです。一度使用された鉄材や木材、自然石、あるいは解体された建物からの古レンガ等、日本古来の茶室や古建築に感じる風合感を空間の魅力の一つとして捉え直し、設計に取り入れています。」
「いわば新しい自然です。更に進めて水や雲、風や光の変化等、我々を取り巻く自然の移ろいをどう感じる事が出来るのかがとても大事な設計の方針になっています。」
「そうした事がベースになって、1984年と85年連続して毎日デザイン賞を受賞いたしました。」
近年、シンガポールのグランドハイアットホテルのリニューアルデザインを担当し、「Mezza9」というレストランを完成させた事がきっかけで、国外からの仕事のオファーが重なり、ハイアットグループ、シャングリラグループ、MGMグループ等、海外のホテルグループの仕事がインド、中国、米国等で展開されている。
「従来のホテルデザインの骨格にあったヨーロッパの伝統的様式、あるいは西欧的モダニズムと少々異なった空間へのこだわり、そして形成される風合感が我々の目標」だと語っている。
そうした海外での仕事に対し、2008年ニューヨークでホール・オブ・フェイム賞を受賞。
「空間は先進国で発展してきた様式の模倣ではなく、その空間に集う人々の内面に渦巻く葛藤や矛盾でもあり、過去への憧憬でもあり、未来への期待や願望でもあり、そうした様々なものが凝縮され、人々と対峙してエネルギーを生み出す装置でもあり、我々が次の時代に進む原動力にも成り得る。」
「つまりその空間に集う人々にどんなパワーを与え得るのかを問われる」とも語る。
☆☆☆GGのつぶやき
彫刻家若林奮との仕事に不思議な官能の疼きを覚えたあの時代が今では懐かしい。
赤坂の「パシュ ラボ」を東京出張のおり時間を創って探訪したことを今でも記憶している。
当時としては、過激な素材と空間のあり方に、鳥肌がたった記憶が甦る。
先駆者としての杉本の存在は、大きい。