北京「隈研吾 大/小 展」を読み解く

西日本豪雨災害の被害状況が明らかになりつつ今、ハイデッガーの言葉をもう一度読み解いてみたい。


建築は「塔」でも「洞窟」でもなく、「橋」であり、周囲に存在している場所を統合する働きを持つ。
そこに存在するさまざまな自然資産、歴史的資源を受け入れた上で、そこから新しい人間の世界の生成するものこそが「場所」である。単に体験の対象でなく、生産する開口部である。





7/14から8/31まで北京で「隈研吾 大/小 展」が開かれている。



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隈研吾の『場所原論―建築はいかにして場所と接続するか』を拾い読みしながら読み解いてみよう。



コンクリートと鉄によって場所から離れ、抽象化を志向した建築。
工業化社会と情報化社会をとことん推し進め、社会の進化が建築を進化させると信じてきたロジックが、3・11の震災で転換を余儀なくされたという現実。




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隈研吾が以前から唱えている、弱い建築、負ける建築、「小さな場所」の材料と技術。
職人を大切にしながら、小さな場所を輝かせるような、小さなエレメントで構成される建築の考え方。




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周囲との調和の取り方とプロジェクトの進め方。






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「悲劇が建築を転換する~『生産』が建築を救う」。



リスボンの大地震によって神のための建築ではなく、人間のための建築の時代が始まったと隈は語る。





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構造計算にもとづいて強い巣をつくるために突き進んできた。合理性の追求、インターナショナリズムによって場所の多様性が抹殺され、コンクリート、鉄、ガラスといった大量生産可能な「強い」材料で建築をつくり、それで世界は均一に埋めつくされてきた。

また、個人の住まいについては、持ち家政策と住宅ローンの発明によって、おそるべき勢いで「郊外」が拡張していった。





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しかし、人間が身体を持つ限り、「場所」を媒介として世界とコミュニケートせざるをえない。ハイデッガーが述べたように、建築は「塔」でも「洞窟」でもなく、「橋」であり、周囲に存在している場所を統合する働きを持つ。

そこに存在するさまざまな自然資産、歴史的資源を受け入れた上で、そこから新しい人間の世界の生成するものこそが「場所」である。単に体験の対象でなく、生産する開口部である。







☆☆☆GGのつぶやき
IPCC予測の2040年報告を読むにつけ、建築のあり方も大きく変化して行くべきであろう。
行政任せで起きてしまった「年金システムの崩壊」とそれに続くであろう「住宅ローン崩壊」「持ち家政策破綻」の予兆。
超少子高齢化社会における「安全な場所」での「100年生涯」の構築が今求められている。
















































































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by my8686 | 2018-07-25 09:59 | 挑発する建築&空間 | Trackback | Comments(0)

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