中世を味わう快楽

1/7(月) 氷点下となった月曜の早朝。9:00に予約した行きつけのデンタル・オフィスで歯の治療をスタートさせる。

その後は、新年早々に予定していた「ハローワーク」へ出向き「雇用保険の高年齢受給資格者失業認定」の申告を済ませる。約2週間後に再度認定日に出所して最終認可となる。





それはさておき、ネパールの仏像から想起された「ネパールの旅」の魅惑についてもう一度読み解いてみよう。

ネパールのバドガオン周辺をさまよい歩くと「ヒンドゥー教の神々」と出会うことになる。




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狭い意味でのヒンドゥー教は、バラモン教から聖典やカースト制度を引き継ぎ、土着の神々や崇拝様式を吸収しながら徐々に形成されてきた多神教である。紀元前2000年頃にアーリア人がイランからインド北西部に侵入した。彼らは前1500年頃ヴェーダを成立させ、これに基づくバラモン教を信仰した。

紀元前5世紀ごろに政治的な変化や仏教の隆盛がありバラモン教は変貌を迫られ、その結果、バラモン教は民間の宗教を受け入れ同化してヒンドゥー教へと変化して行った。ヒンドゥー教は紀元前5 - 4世紀に顕在化し始め、紀元後4 - 5世紀に当時優勢であった仏教を凌ぐようになったという。その後インドの民族宗教として民衆に信仰され続けてきている。

神々への信仰と同時に輪廻や解脱といった独特な概念を有し、四住期に代表される生活様式、身分(ヴァルナ)・職業(ジャーティ)までを含んだカースト制等を特徴とする宗教となっていた。

三神一体(トリムルティ)とよばれる近世の教義では、中心となる3大神が存在する。

・ブラフマー:宇宙、世界に実存、実在の場を与える神

・ヴィシュヌ:宇宙、世界の維持、平安を司る神

・シヴァ:宇宙、世界を創造し、その寿命が尽きた時に破壊、破滅を司る神

この三神は一体をなすとされている。



しかし現在では、ブラフマー神を信仰する人は減り、ヴィシュヌ神とシヴァ神が二大神として並び称され、多くの信者がいる。ヴィシュヌ神を信仰する派をヴィシュヌ教、またシヴァ神を信仰する派をシヴァ教と呼ばれている。

ヒンドゥー教の神や祭祀は一部形を変えながらも、日本の仏教に影響を与えたと言われる。

ダーバー広場をさまよい歩くとその魅力的な空間に魅惑され不思議な感覚に幻惑されていく。




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バクタプルは、ネパール東部の第三州のバクタプル郡の郡都。 2011年の人口は8万3658人。
バドガオンまたはクォパは、カトマンズから東に12km、カトマンズ盆地の東端にある古代ネワール人の都市である。

町の中心広場「ダルバール広場」には55の窓のある旧王宮がある。これはブーパティーンドラ・マッラ王の建てたもので1769年まで王室一族が居住していた。訪れた時は、国立美術館となっていた。

ムールチョーク宮殿に通じる金の門の近くにはタレジュ寺院がある。これは、タレジュ・バワニ女神に捧げられたものでタレジュ・バワニと生き神クマリの聖堂がある。




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バクタブルの街は、15世紀からチベット/中国とインドの間の交易路で利益を得ていた主要キャラバン・ルートとして繁栄してきた。

秋になると、チベットからの商人たちがヒンドゥー教の祭りの日に合わせ羊を連れてやって来た。多くのネパール人はドゥルガの女神にオスの動物の生贄を捧げたという。その帰りには、商人たちはチベットに穀物や砂糖、仏典などを持ち帰った。





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この繁栄が文化を豊かにし、寺院建築家たちはパゴダ形式の寺院建築を発明し、チベットを通じてはるか日本にまで広がった。その最高傑作が五層の天をさすバクタプルのニャタポラ寺院である。








☆☆☆GGのつぶやき
カトマンドゥの魅惑的な都市としての都市性について、じっくりと読み解いてみたいと思う。
さらに、ヒンドゥー教の神々についても、残像を紐解いて行きたいと思った。












































































by my8686 | 2019-01-07 18:51 | ネパール残像 | Trackback | Comments(0)

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