ブッダ彫刻を眺めつつ主流仏教を読み解く

1/9(水) 早朝小雪が舞う。市内で研修+新年会のあるワイフを愛車86で送迎する。
それが終了するまでLECTを散歩がてら探索。ランチはLECTのRFに停めた愛車内ですませ、昼過ぎにはワイフを拾って帰宅する。



それはさておき、昨日に引き続き「釈迦像」を眺めつつ釈迦が教化と伝道した時期の「初期仏教」について読み解いてみよう。




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初期仏教とは、 釈迦が生きていた時代を含む初期のおよそ150年から200年の間のプレ部派仏教をいう。

原始仏教、根本仏教、主流仏教とも呼よばれるが、「原始」「根本」「主流」という言葉にはさまざまな価値的な判断の意味が含まれている。
これは必ずしも時代区分ではなくオリジナルという意味で「原始仏教」という用語を用いる学者も多く、初期仏教を原始、根本、主流と見る見方に福音主義の影響を見る学者もいるといわれる。






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リグ・ヴェーダによれば、紀元前13世紀頃、現在のアフガニスタンのバルフから多神教のヴェーダの宗教(紀元前11世紀頃に誕生するザラスシュトラの興した一神教・ゾロアスター教の原型でもある)を奉ずる民族が十王戦争においてインドに侵攻し、先住民族であるドラヴィダ人を支配する封建社会体制が形作られたという。

紀元前10世紀に始まるドラヴィダ人との同化の時代であるブラーフマナ時代(紀元前900年 - 紀元前500年)になると、司祭階級バラモン(ブラフミン)を頂点とするカースト制を持つバラモン教がインドで形作られていった。

紀元前5世紀になると、4大ヴェーダが完成し、バラモン教が宗教として完成した。





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しかし、ヴェーダの宗教的権威に従わない人々(ヴァルダマーナ(マハーヴィーラ)、マッカリ・ゴーサーラ、ガウタマ・シッダールタ(釈迦))も同時期に登場し、ジャイナ教(より正確にはジナ教またはジャイナ)・アージーヴィカ教・仏教といった反ヴェーダの立場をとる宗教を開いた。

このように、当時のインド四大宗教はほぼ同時期にそろって誕生している。

仏教は、約2500年前(紀元前5世紀)に釈迦が、インド北部ガンジス川中流域のブッダガヤで悟りを開き、サールナートで初転法輪(初説法)を行ったことに起源が求められている。





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発生当初の仏教の性格は、同時代の孔子などの諸子百家、ソクラテスなどのギリシャ哲学者らが示すのと同じく、従来の盲信的な原始的宗教から脱しようとしたものと見られ、『マハー・ワッガ』をはじめとする初期経典では、このとき五比丘(5人の修行仲間)に説かれた教えが、中道・八正道・四諦・三転十二行相であったとされている。

釈迦と五比丘、すなわちコンダンニャ、ワッパ、バッディヤ、マハーナーマン、アッサジの6人が阿羅漢となり創設された初期仏教教団は、シュラーヴァスティーのジェータヴァーナー寺院を教団本部とし、インド各地で布教活動を行った。これら釈迦の生涯において重要な各地を八大聖地と呼ばれている。








☆☆☆GGのつぶやき
仏像が作られるようになったのはヘレニズムの影響によるものだと言われる。そのため初期のガンダーラ系仏像は、意匠的にもギリシアの影響が大きい。しかし、ほぼ同時期に彫塑が開始されたマトゥラーの仏像は,先行するバラモン教や地主神に相通ずる意匠を有しており,現在にも続く仏像の意匠の発祥とも言われている。





































































by my8686 | 2019-01-09 17:20 | ネパール残像 | Trackback | Comments(0)

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