釈迦の説教「八正道」を読み解く

1/13(日) 麗らかな日和となった日曜日。
三連休中は、渋滞のストレスを回避する意味で不要不急の移動はあえてしない。好きな銭湯・サウナも混雑は避けて平日を狙う。完全リタイアしてからというものライフスタイルも変わってきた。



ランチの後は、コルトレーンを聴きながらコレクションの「釈迦彫刻」を鑑賞しつつ釈迦の説教を読み解いてみる。



c0352790_14580072.jpg





■八正道

釈尊は「苦」を滅する方法として八つの正しい道を解き明かした。

これが、正見・正思・正語・正行・正命・正精進・正念・正定の方法と言われる。





c0352790_14582054.jpg



これらすべての方法に「正」の字がついているのは、「正しい」とは「真理に合った」・「調和のとれた」考えや見方、行動をさしている。

小我「自分本意」にとらわれて、自分自身を過大評価し、不平・不足・不満などの苦の種をつくらない大きな立場で物事を判断できる人間となる事を示す道として解き明かしたものであるという。

また、ものの見方には現象に現れた差別の見方や大きな立場からの「平等だけの見方」のどちらに偏っても正しい見方とはいえない。




c0352790_14583825.jpg



ここでなぜ「平等」の見方だけで正しくないのかという疑問が湧くかもしれないが、物の本質として現象に千差万別の差別の実相を現すには、それなりの原因や条件があり理由があり無視する事はできない。

このように差別の見方にも偏らず、平等の見方にも偏らない、両者を総合したとらえ方が本当の「正しい」見方やとらえ方になると説く。

これを仏教では「中道」というのだが、これは一方に片寄らない、ちょうど真ん中という意味ではなく、その時々の真理の条件・立場に合った最善の方法の見方や考え方という事である。





c0352790_14585481.jpg





この考え方や見方は法華経の「妙」を現している。




・正見  自己中心的な見方や、偏見をせず前記の如く中道の見方をすること。


・正思  自己本位に偏らず真理に照らし物事を考える事。
 
例えば貧欲(自分だけの為に貪る心)・瞋恚(自分の意に添わないと怒る心)・愚痴(不平・不満などの邪心で小我を通すよこしまな心)という「意の三悪」を捨て去り物事を考えること。



・正語  恒に真理に合った言葉使いをする事。
 
社会生活の上で慎まなければならない事で妄語(嘘)・両舌(都合や立場で使う二枚舌)・悪口(破壊的な悪口)・綺語(口から出任せのいいかげんな言葉)という「口の四悪」を行わないということ。



・正行 本能に任せるままの生活ではなく、仏の戒めにかなった正しい行いをする事。
 
仏が戒めたのは殺生(意味なく、或は楽しみの為に生き物の生命を絶つ事)・偸盗)・邪淫という「身の三悪」である。



・正命  衣食住その他の生活財を正しく求める事。
 
人の迷惑になる仕事や、世の中の為にならない職業によって生計を立ててはいけないこと。


・正精進  自分に与えられた使命や目指す目的に対して、正しく励み、怠りや脇道にそれたりしない事。

とらわれ過ぎたり偏った精進はかえって逆効果になる場合がある。


・正念  

仏と同じような正しい(真理に合った)心を持ち、小我(自己本位)による分別をせず、ものごとの真実の実相を見極め、心を恒に真理の方向へ向けること。



・正定  心の状態が真理に照らし正しい状態に定まる事。

腹決めされた決心が外的要因や変化に迷わされないということ。






☆☆☆GGのつぶやき
これらの「四諦」・「八正道」の法門は、釈尊が人生苦というものに対する考え方や、その「苦」に対処する実践方法を解き明かした重要な「法門」である。
深く心に刻んでいきたいものである。
















































































by my8686 | 2019-01-13 15:02 | ネパール残像 | Trackback | Comments(0)

トラックバックURL : https://my8686.exblog.jp/tb/30047332
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。