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京都ひとり旅残像「龍安寺 石庭/無の爆発から至る仏性」説

京都ひとり旅を終え、鮮明に残像として残る風景がある。

龍安寺 石庭の強い残像から導き出された「仏性」という概念。


「仏性」とは何かという問題は、中国禅の実質的な大成者である馬祖道一禅師の禅が分かれば解決されるという。







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その馬祖道一が毎日座禅ばかりしていた時、そこへ師匠である南嶽懐譲がきて言った。

 「何のために座禅をしているのだ」

 「仏になるためです」

 すると南嶽は、落ちていた瓦を拾って磨き始めた。

 「師よ、何をなさっているのですか?」

 「瓦を磨いて、鏡にしようとしておる」

 「瓦を磨いても、鏡になるわけないではありませんか」

 「ならば聞くが、座禅をして仏になるのか?」

 「同じことなのですか?」

 「牛車が動かなくなったとき、おまえは牛を打つのか、車を打つのか」



当然、打たなければならないのは、牛の方であって、車ではない。

つまり、本末転倒していることをいっているわけである。







さらに、「犬の仏性」の話を読み解いてみよう。


ある僧が、趙州和尚に尋ねた。

 「犬のようなものにも、仏性(仏の性質)がありますか?」

 「ない」

 「なぜないのですか?」

 「自分に仏性があることを知らないからだ」







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この話の内容は、すぐに自己矛盾を抱えていることがわかる。

すなわち、犬には仏性はないといいながら、最後の節では「ある」といっている。では、なぜないというのかといえば、その自覚がないからだという。

これは、本当は仏性はあるのだが、ないと思っているので、「ないのと同じ」という意味なのだろうか?

禅では、あまりこうした心理的な解釈はしない。つまり「仏性はあるのだが、ないと錯覚している」というような意味ではない。
もっと純然たる厳しい解釈をする。すなわち、仏性の自覚をもたないと、本当に仏性は存在しないのである。

このことは、仏性というものは、観測されたときに素粒子が存在するという、量子力学のミステリーを思わせる性質であることを示している。



いわば、仏性とは、「自己の本性の自覚」そのものなのである。







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量子力学において、観測されるまで素粒子の存在が特定できないという理由は、測定されるまで波動的な状態として散らばっているからで、観測されたときに、その波動が収束して観測された位置に物質化するからである。

仏性も同じく、森羅万象、あらゆる生命にあまねく存在しているのであるが、それは喩えるなら「波動」的な状態としてであって、実体をもった存在としてではない。
だから、それは、通常、私たちが「ある」というように定義できるような状態ではない。

たとえば、この空間には音楽が電波という形で(物理的にいえば)存在している。
しかし、音楽が本当に存在するのだといえるためには、ある一定の地点で、その存在を示す現象が観測されたときである。

たとえばラジオのスイッチをつけて電波を受信し、音の振動を耳にしたときである。

なぜなら、音楽とはあくまでも音の振動だからである。いくら電波として空間に存在しているとしても、それが音として鳴らされない限り、音楽は存在していないのである。

そして、それが音とし鳴らされるとき(存在するとき)とは、ラジオなどで“観測されたとき”なのだ。
したがって、音楽は観測されるまで存在していないのである。



仏性も同じである。自分には仏性があるのだと本当に自覚しなければ、仏性は存在しない。

つまり、悟りとは、仏性を「観測」することなのである。






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☆☆☆GGのつぶやき
龍安寺の石庭から禅の世界に導かれるとは、思いもよらぬ展開になってきたことに驚きを感じる。
はたして、石庭の作者の意図の中に、どのような企てがあったのであろうか。
あくまでも「波動」的な状態として石を置き、実体をもった存在としてではなく「観測」することで仏性を悟らせる意図があったのであろうか。




























































by my8686 | 2019-05-13 16:49 | 度々の旅 | Trackback | Comments(0)

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