福島県の旅からしばらく道草してしまったが、引き続き、感性のおもむくまま官能の共振現象をもとめて「シミュレーションの旅」を続けよう。
ダニエル・リベスキンドのヴォイドの深みから抜け出し、本日はリベスキンドのマスタープランが礎となった「新ワールドトレードセンター」を読み解いてみよう。
ワールドトレードセンターの再建についての議論はテロによる破壊の直後から始まっていた。
2001年11月には再建プロセスの監督を目的とする「ロウアー・マンハッタン開発公社(LMDC)」が設立された。
LMDCは、用地計画や建築デザインを選定するためのコンペを実施し、その結果ダニエル・リベスキンドによる「メモリー・ファウンデーション」と題する設計案がマスタープランとして採用された。
これはリベスキンドのベルリン・ユダヤ博物館に代表される祈念モニュメント設計の実績が認められた証しだろう。
この時点では、尖塔までの高さ1,776フィート(541m、アメリカ独立の1776年にちなむ、ただし建物部分は70階建)の自由の女神を模したフリーダム・タワーがそのデザインの中核をしめていた。
ツインタワーのあった場所は慰霊の場として、その周囲をストーンヘンジのように5つの高層ビル群が囲む。
この配置は、毎年9月11日の朝の旅客機衝突時刻からビル崩壊時刻までの間、タワー跡地には影を落とさないように構成されていた。
しかし最終的に、リベスキンドの案には大幅な変更が加えられることになる。
港湾公社は9.11テロ直前の2001年7月、ニューヨークの不動産開発業者ラリー・シルバースタインにWTCを長期リースする契約をかわした。
その結果、シルバースタインが事実上の再建施工主となったため、事態はより複雑な様相をみせはじめる。
商業価値を優先するシルバースタインは、モニュメントとしての性格が強いリベスキンド案を嫌い、SOMのデイヴィッド・チャイルズを参加させて設計に大幅な変更を加えた。
そのためリベスキンドとの間で訴訟沙汰となった。
その結果、両者和解したのだが、新たなリベスキンド+チャイルズ折衷案が公表されることになる。
しかしこれに対し、警察当局や米国本土安全保障省などから、保安上の設計変更が求められ、さらに港湾公社やこれを管轄するニューヨーク・ニュージャージー両州議会などの意向が加わり、設計変更が繰り返され、フリーダム・タワーも自由の女神のデザインは取り入れられることはなかった。
2002年5月いっぱいで残骸はすべて撤去され、遺体の捜索もあわせて打ち切られた。
以後、新ワールドトレードセンターや地下鉄の再建が始まり、その第一歩として、「新7WTC」が2006年に竣工した。
WTC全体の再建事業完成は、当初は2010年代前半となる予定だったが、リーマンショックなどの経済的事情により大幅に遅れた。
2020年代前半になると見込まれていた。再建後の名称は従来どおり「ワールドトレードセンター」とされた。
新ワールドトレードセンターの構成は以下のとおり。
「6ワールドトレードセンター」にあたる建物は計画されておらず、欠番となっている。
「芸術交流センター」は20年間紆余曲折し、2023年9月にオープン予定とされている。
□ワン・ワールド・トレード・センター(WTCタワー1): 高さ541.3m、SOMのデイヴィッド・チャイルズ設計(2014年11月3日竣工)
□2 ワールドトレードセンター(WTCタワー2): 高さ411m、ノーマン・フォスター設計(2024年完成予定)
□3 ワールドトレードセンター(WTCタワー3): 高さ378m、リチャード・ロジャース設計(2018年6月11日竣工)
□4 ワールドトレードセンター(WTCタワー4): 高さ297m、槇文彦設計(2013年11月13日竣工)
□5 ワールドトレードセンター(WTCタワー5): 高さ226m、コーン・ペダーセン・フォックス設計(2028年完成予定)
□7 ワールドトレードセンター(WTCタワー7): 高さ226m、SOMのデイヴィッド・チャイルズ設計(2006年5月23日竣工)
□トランスポーテーション・ハブ(PATH新ターミナル): サンティアゴ・カラトラヴァ設計(2016年オープン)
□ウエストフィールド・ワールド・トレード・センター:(2016年8月16日オープン)
□国立9.11記念碑・博物館 :2011年9月11日博物館オープン(第1期)、9月12日記念碑オープン。博物館は2014年5月21日オープン(第2期)
□リバティ・パーク:2016年6月29日開園
□芸術交流センター:フランク・ゲーリー設計案から紆余曲折ののちブルームバーグに一任され、ロックウェル・グループ設計へ変更(2023年9月完成予定)
フランク・ゲーリー設計案は棚上げされ、他のファイナリスト建築家3名からロックウェル・グループ設計案が選出された。
この経緯はmemo欄に記す。
□聖ニコラス聖堂(2022年12月6日オープン)
memo
「芸術交流センター」
フランク・ゲーリーの当初の設計は見直され、ロックウェル・グループ設計へ変更された。
高さ138フィートの立方体の建物は、夜になると光る大理石で覆われている。
組み合わせて複数の構成を提供できる3つのシアター スペースを備えた柔軟なインテリアがデザインされている。
劇場内は柔軟に設計されており、さまざまな座席配置が可能となっている。
ロウアー・マンハッタン開発公社は、このプロジェクトに1億ドルを投入。
ブルームバーグは、世界貿易センターの敷地は喪失だけでなく再生も重要であるべきだという考えを強く信じていると語っている。
ここまでの経緯を簡単に記しておきたい。
世界貿易センター跡地に文化施設を建設する計画は年々浸透していたが、結局立ち消えになった。
国際フリーダム センター、ジョイス劇場、ドローイング センター、シグネチャー シアター、ニューヨーク シティ オペラ、フランク ゲーリーの設計など、すべてが可能性として議論されたが、どれも実現しなかった。
2003 年のグラウンド・ゼロ基本計画で文化的要素が求められてから2年が経った今、舞台芸術センターがついに9月にオープンする準備を進めている。
そして、このプロジェクトには、2016年に7,500万ドルの寄付を発表して瀕死のプロジェクトを再始動させた億万長者の実業家、ロナルド・O・ペレルマンの名前が冠されている。
しかし、最終的にプロジェクトをゴールラインに到達させ、さらに多くの資金を提供した人物に委ねられた。
それはペレルマンよりも、億万長者の元市長マイケル・R・ブルームバーグだった。
ブルームバーグは、芸術センターに1億3000万ドルを寄付しており、これまで明らかにされていなかったが、組織が強力な支援を必要としていた2020年に(2016年に会長に任命されたバーブラ・ストライサンドの後任として)取締役会長に就任。彼は募金活動家。このセンターの建設費用は最終的に5億ドル(2016年の予想額の2倍以上)となるが、現在は9月13日にテープカットを行う予定だという。
このセンターは、引き続きペレルマン パフォーミング アーツ センターと呼ばれている。
最近ではペレルマンの名前はあまり強調されていないが、かつてはこのセンターの宣伝資料で略して「ペレルマン」と呼ばれていた。
現在では「PAC NYC」と呼ばれることが多く、PAC はパフォーミング アーツ センターの略。
かつてはtheperelman.orgだったその Web サイトは、現在はpacnyc.orgとなっており、関係者によると、URL を厳格化するために変更が加えられたという。
ブルームバーグは市長として、当初世界貿易センターの敷地をジョージ・E・パタキ知事に譲り、代わりにファー・ウェスト・サイドに焦点をあてた。
そこではサッカースタジアムを建設してオリンピックを誘致するという彼の初期の試みは挫折したが、それが創設につながった。
しかし、時間が経つにつれ、ブルームバーグは再びロウアー・マンハッタンに目を向けるようになり、2006年に国立9月11日記念博物館の会長に就任し、その後舞台芸術センターでの役割を担うようになった。
ブルームバーグは、世界貿易センターの敷地は喪失だけでなく再生も重要であるべきだという考えを強く信じていると語っている。
☆☆☆GGのつぶやき
紆余曲折、揉めに揉めた「新ワールドトレードセンター」。
リベスキンドとしては、内心忸怩たる思いがあっただろう。
あらためて、リベスキンドが「記憶の礎」と題した「ワールド・トレード・センターのデザイン・スタディに関するテキスト」を明日は読み解いてみたい。
「新ワールドトレードセンター」を読み解きつつ、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。