山本理顕の2024年度プリツカー賞受賞が基因となり、あらためて山本の主要作品を読み解いている。
本日は、「山川山荘」を読み解いてみよう。
場所は、長野県の某別荘地。
1977年に竣工した山本理顕の初期の代表作で、山荘や別荘は外部とは隔絶された場所。
ここには不意の客もこなければ、御用聞きも新聞配達も牛乳配達もヤクルトおばさんも、そして煩いセールスマンや近所の奥さん連中もこない。
「山川山荘」には、山本独特の住宅の原型がデザインされている。
それは、基壇を設定し、その上にテラス、デッキ、個室や分棟の箱を離散的に配置し、ルーフ(屋根)で覆って全体の秩序を取り戻すというやり方。
「ここには外部と関わるための場所のない、つまりあらゆる部屋は内部の者だけの同質の場所だということができる。だからそれぞれの部屋の結合因(結合の原因、関係)を説明することは不可能なのだ。用在的機能だけがあればいい。それが結びついていようとバラバラに離れていようと、どこにあろうとどうだっていいことなのだ」
山本は、「用在的機能だけあれば、枝葉末節はどうだっていいことなのだ」と言いはなっているが、このプランはよく考え抜かれている。
長方形の基壇を3等分するとほぼ正方形の3つの区画ができる。
北側の1区画を食堂にし、真ん中は居間と読み替えたテラス、南側の1区画はさらに分割して、寝室、風呂、トイレの機能をあたえている。
ここまではきれいなプランに見えているのだが、テラスからの眺めを考えると、「収納」のふたつの箱の位置がしっくりこない。
山本としては「収納」箱などという「不純物」を造り付けにしたくなかったのかもしれない。
あるいは、施主の要望に負け、置き場に困って、ええい、ままよと、基壇中央に対峙させたのかもしれない。
山本は、「ある平面構成がそのまま上にもち上がっていって立体化していくというつくり方をしたいと思っていた」という。
ところが屋根までくると本当にどうしていいかわからなかったという。
「ずっと悩んでいたが、屋根みたいなものをつくりたくなかった。デッキがあって、デッキの上に箱が載っていて、それにどういうふうに屋根を架けるかというときに、あれ以外思いつかなかった」と吐露している。
ディテールはすべて山本が独自に考えている。
普及しはじめたばかりのアルミサッシュは、木造住宅とは相性が悪い。
だから特に窓枠のディテールはデザインの重要な部分だった。
この取り外し自由のフランス丁番による雨戸と引き上げガラス窓、その内側のオーガンジーの木枠を一体にデザインしている。
すべてが壁の中に引き上げ可能なのだ。
☆☆☆GGのつぶやき
山本は、ある対談で「コミュニティは権力である」と説く。
そして、「われわれはその権力を奪われたところに住んでいるという認識をしなければならない。原義に立ち戻ってこうしたことを考えていかなければならない」と山本は語っている。
「原義に立ち戻る」という意図がこの「山川山荘」と対峙することで見えてくるようだ。
その「山川山荘」を読み解きつつ、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。