ブルックリン・ネイビー・ヤード再開発(進行中)の全体像
ブルックリン・ネイビー・ヤード(Brooklyn Navy Yard, BNY)は、かつて米海軍の造船所として機能していた300エーカー規模の産業地区で、現在はニューヨーク市が主導する大規模かつ長期的な再開発プロジェクトの中心地になっている。
再開発は段階的に進行しており、製造業の復活、雇用創出、スタートアップ支援、都市レジリエンス強化など、多層的な目的を持っている。
主要な住所
・63 Flushing Ave, Brooklyn, NY 11205
・141 Flushing Avenue, Brooklyn, NY 11205(Building 77 などの拠点住所)
1. マスタープランの核心
BNY のマスタープランは、総額25億ドル規模の投資を前提とした長期構想で、以下のような目標を掲げている。
● 垂直型製造スペースの拡充
- 510万平方フィート(約47万㎡)の新規製造スペースを建設
- 都市型製造業のモデル地区としての地位を強化
- 中間層向けの安定した雇用を創出する都市モデルを目指す
● 雇用創出
- 現在の約13,000人から、最終的に30,000人規模の雇用を見込む
● オープンスペースと周辺地域との接続性向上
- 300エーカーの敷地を周辺コミュニティ(Clinton Hill、DUMBO、Williamsburg など)とつなぐ歩行者動線の改善
- 公共空間の整備による「閉ざされた軍事施設」から「開かれた産業都市」への転換
2. 進行中の主要プロジェクト
◆ Building 303(ディープテック拠点化)
BNY の中でも特に注目されているのが Building 303 の最終フロア(9階)再開発である。
Brooklyn Navy Yard – Building 303
299 Sands Street(Sands Street Gate 経由)
Brooklyn, NY 11205, USA
- NYCEDC と BNYDC が共同で設計事務所を公募
- ライフサイエンス、グリーンエコノミー、医療技術、先端製造などのディープテック企業向けスイートを整備
- スタートアップから成長企業までを収容する「深技術のハブ」化を目指す
このフロアは Building 303 の中で唯一未整備だった産業スペースであり、完成すれば同ビルの機能がフルに稼働することになる。
3. 周辺地域の再開発との連動
BNY の再開発は敷地内だけでなく、周辺エリアの都市再編とも密接に結びついている。
● Clinton Hill の大規模再開発(RXR 主導)
- BNY 向かいの 2.6 エーカーの商業地を住宅・商業・小売の複合開発へ転換
- 現在は市の土地利用審査(ULURP)プロセスに入っている
これにより、BNY と周辺コミュニティの関係がより密接になり、産業地区と居住地区の新しい都市的共存が期待されている。
※RXR Realty :ニューヨーク州を中心に活動する、都市再開発・オフィス・住宅・インフラ投資に強い大手デベロッパー。
4. EB-5 投資プログラムとの関係
BNY 再開発は、海外投資家による EB-5 プログラム(投資による永住権取得制度)も活用している。
- 「Brooklyn Navy Yard Redevelopment Project III」で I-829(条件解除)承認が進行
- 1,991件の I-829 承認により、5,665人が永住権を取得
これは、BNY 再開発が国際投資の受け皿としても機能していることを示している。
※I-829 承認とは、EB-5 投資家が条件付き永住権(2年間)から条件のない永住権へ移行する最終ステップが認められた状態を指す。EB-5 プログラムにおける「ゴール地点」と言ってよい重要な承認。
5. 都市政策としての意義
● ① 都市型製造業の再生モデル
ニューヨークのような大都市で製造業を維持・発展させるための「垂直型製造スペース」は、全米でも先駆的な試みである。
※ブルックリン・ネイビーヤードでは、Building 77 や Building 303 が代表例として知られている。
・16階建ての製造ビル
・大型貨物エレベーター
・高床荷重
・都市型製造・食品加工・クリエイティブ企業が入居
都市の中で製造業を成立させるための“新しい工場のかたち”として注目されている。
● ② 気候変動へのレジリエンス強化
海沿いの立地を踏まえ、洪水対策やインフラ強化を含むレジリエンス戦略が進行中。
● ③ 多様な産業の集積
- 映像制作(Steiner Studios)
- ロボティクス
- 食品製造
- クリーンテック
- ライフサイエンス
など、産業の多様性が高く、イノベーションのエコシステムが形成されつつある。
6. 今後の展望
BNY の再開発は「完成」というより、継続的に進化する都市産業エコシステムとして位置づけられている。
- 新たな製造ビルの建設
- 研究開発拠点の誘致
- 周辺地域との一体的な都市再編
- 交通アクセス改善(フェリー、バス、自転車道)
これらが今後10〜20年のスパンで進むと見られる。
memo
原広司がブルックリン・ネイビー・ヤード再開発をどう評価したか――もちろん実際に語った記録はない。
ただ、彼の理論(「集落の教え」「離散的都市」「空間の多義性」「関係の建築」など)を踏まえると、こう評価しただろうという像はかなり明確に立ち上がる。
「記憶」「公共性」「都市の倫理」とも深く響き合う視点で読み解いてみよう。
原広司ならこう語ったであろう評価
1. 離散的都市」としての評価:
“巨大な連続体をつくらず、断片の集合として都市を再構成している”
BNY の再開発は、ひとつの巨大な建築物ではなく、
- 既存の造船所建築
- 新しい製造ビル
- スタジオ、研究施設、倉庫
- コミュニティ施設
といった異質な断片の集合で構成されている。
原広司はこれを肯定的に捉えたはずである。
都市は均質な連続体ではなく、異質な断片が共存することで豊かさを獲得する。
BNY はまさにその「離散的都市」の実践例に近い。
2. 「集落の教え」からの評価:
“人間の営みの痕跡を消さずに、新しい活動を重ねている”
原は世界中の集落を調査し、“人間の営みの層が重なり続けることが空間の本質”と考えた。
BNY は軍事造船所という歴史を消去せず、
- クレーン
- ドック
- レンガ倉庫
- 軍事インフラの痕跡
を残したまま、新しい産業を重ねている。
これは原が重視した「集落の重層性」に極めて近く、かつての機能の痕跡が、新しい機能の背景として生き続けている。
彼はこの点を高く評価したであろう。
3. 「関係の建築」からの批評
“建築そのものより、関係のネットワークをどう生成しているかが重要だ”
BNY の再開発は、建物単体の造形よりも
- 産業のネットワーク
- コミュニティとの接続
- 都市動線の再編
- 企業・研究者・職人の関係性
といった関係の生成に重心がある。
原広司は建築を「関係の装置」と見なしていたので、BNY のような“関係を編む都市プロジェクト”には強い関心を示したはずである。
ただし、こうも言っただろう。
「関係が経済合理性だけに偏ると、都市は再び均質化する。」
つまり、BNY の「産業振興」一辺倒の部分には批判も向けたはずである。
4. 「多義性」への評価:
“用途が固定されず、未来の変化を受け入れる余白がある”
BNY の建物は多くが、高い天井・大スパン・可変的な床・将来の用途変更を前提とした構造を持っている。
原広司は「空間の多義性」を重視した建築家なので、この“未来に開かれた構造”を評価したであろう。
都市は固定化されるべきではなく、変化を受け入れる余白を持つべきだ。
BNY の柔軟性は、彼の思想と一致する。
5. 批判的視点:
“公共性がどこまで確保されているのか”
原広司は、都市開発が「公共性」を失うことを強く警戒していた。
BNY は基本的に産業地区であり、一般市民が自由に入れるエリアは限定的である。
ここに対して原はこう批評した可能性が高い。
・都市の記憶を継承する場所が、特定の産業のためだけに閉じてしまうのは危うい
・記憶は共有されることで公共性を獲得する
つまり、歴史の痛みや労働の記憶を、どれだけ市民に開いているかという点で、BNY に改善の余地を見たであろう。
◆ 総合すると
原広司なら、BNY をこう総括したはずである。
● 高く評価する点
- 異質な断片の集合としての都市構造
- 歴史の痕跡を残す重層性
- 関係性を生む産業エコシステム
- 用途の多義性と未来への開放性
● 批判する点
- 公共性の不足
- 経済合理性が前面に出すぎる危険
- 記憶の共有が限定的であること
☆☆☆GGのつぶやき
ブルックリン・ネイビー・ヤードの再開発を原広司の視点で捉えるなら、まず評価されるのはその「断片性」と「重層性」だろう。かつての造船所の痕跡を消し去らず、異質な建物や機能が寄り合うように配置されている点は、原が説いた「離散的都市」の実践に近い。
都市は均質な連続体ではなく、異なる時間と営みが重なり合うことで豊かさを獲得するという彼の思想に、この場所はよく響く。また、用途を固定しない大スパン空間や可変性の高い構造は、未来の変化を受け入れる「多義性」を備えており、原が重視した開放性を体現している。
一方で、産業振興を中心に据えた再開発であるがゆえに、公共性が限定され、市民が歴史の記憶に触れる機会が十分に確保されていない点には批判が向けられただろう。記憶は共有されてこそ都市の倫理となる。原なら、関係性を編む装置としての潜在力を認めつつ、より広い公共への開放を求めたはずだ。