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2018年 02月 23日 ( 1 )

フッサールの「現象学的還元」を読み解く

プレミアムフライデー1周年となる2/23金曜日。
月末の忙しい週末の午後3時に、早帰りできる会社員は少ない。下々の労働環境を知らぬ御上の発想である。経済の循環を狙うなら、出すものを出し、もっと根本的な働き改革が必要であろう。



それはさておき、本日もフッサールの思想理解と、彼の用いた術語を読み解いてみよう。


フッサールの「現象学的還元」である。
デカルトが「方法的懐疑」(doute méthodiaue)で示したように、「主観」は自分の外に出て「主観」と「客観」の一致を確かめることはできない。



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かといってデカルトのように神を持ち出すこともできない。





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するとどうなるか、フッサールは「現象学的還元」という新たな方法を提出した。





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ここで問題なのは、主観と客観の一致を確証することではなく、これが「疑い得ない」現実であるという妥当(Geltung/Gelten)(確信)がどのようにして生じるかという問題を解くことである。





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そしてこの問題を解くために、我々はまず「主観」から出発するのである。





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フッサールの考えた「現象学的還元」の方法をみてみよう。


■主観と客観の構図を取り払う
人間は「主観」の中に、ある「疑い得ないもの」を持っており、それを他人と共有せざるを得ないような構造を持っていると考える。




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ただ、「疑い得ないもの」の妥当が、単なる思い込み(ドクサ)doxaであってはならないため、このドクサをエポケー(Epoché)する(括弧に入れる/判断を停止する)ことによって一旦取り払ったのと同じ状態になる。








☆☆☆GGのつぶやき
doxaであってはならないためにEpochéする。
「疑い得ないもの」の妥当性を信じ、他人と共有せざるを得ないような構造を持っていると思考する。
リヒターがかつて説いた言葉が脳裏をよぎる。
絵画とは、目にみえず理解できないようなものをつくりだすことである。
理解不能性の創造。理解不可能であることは、本質的なのだと。



























































































by my8686 | 2018-02-23 10:10 | フッサールを読み解く | Trackback | Comments(0)