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カテゴリ:ネパール残像( 27 )

悟りへの道「十二因縁」  

1/14(月)成人の日 穏やかな午後である。ランチの後は、昨日同様に書斎でビルエバンスを聴きながら「ネパール仏像」のコレクションを鑑賞している。

お気に入りは、やはりこの阿弥陀像である。刀賤の理念を表した五条袈裟であろうか、下藤の紋の緻密な細工は見飽きることがない。



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あらためて、阿弥陀像を鑑賞しつつ『初転法輪』を読み解いてみよう。


我々が生活する娑婆世界について次のように三法印として定義している。

・諸行無常:この世の中で常であるものはなにもなく絶えず変化している
・一切皆苦:一切は皆苦であると知ること
・諸法無我:本来、我となる主体はない




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この三法印に「一切のとらわれやこだわりを離れた姿」という意味の「涅槃寂静」を加えて四法印と呼び、仏教の根幹をなすものとしている。これは、実相をありのままに受け入れる事が苦を滅する第一歩であると説いている。





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悟りへ導く手だてとして、『四諦・八正道』『十二因縁』『六波羅蜜』の法を説いている。

『十二因縁』は、釈尊が、人間の苦しみや悩みがいかに成立するかを考察し、その原因を追及し十二の項目に説き明かしている。

一切の現象は我々の心に原因があり、現在、生かされている業(行為)が魂にすり込まれ、前世などの過去世を含めた時代の業にも影響しあって、現在のそれぞれの幸・不幸が決まるとされる。





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諸法実相すべての存在・ありのままの姿をもっと深く理解させるために、縁起の角度から説いた教えが『十二因縁』である。

人間の肉体生成を十二種の法則に分類し、心の変化にも十二に分かれた因縁の法則があるという教えであり、前者を外縁起、後者を内縁起と言う。

その内容は、人間の肉体がどのような過程を経て生まれ、成長し、老死にいたるかということを、過去、現在、未来の三世にわたり、千変万化する人間の心のありさまを示すものである。





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■十二因縁の働き

1.無明⇔2.行⇔3.識⇔4.名色⇔5.六処⇔6.触⇔7.受⇔8.愛⇔9.取⇔10.有⇔11.生⇔12.老死

これらは、これあるが故にこれあり、これ生ずるが故にこれ生ず(順観:1~12へと順番に見ていく様)また、これなきが故にこれなく、これ滅するが故にこれ滅す (逆観:12~1へと見ていく様)となる。




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■法華経『化城諭品第七』

及広説。十二因縁法。無明縁行。行縁識。識縁名色。名色縁六入。六入縁触。触縁受。受縁愛。愛縁取。取縁有。有縁生。生縁老死憂悲苦悩。

「及び広く十二因縁の法を説きたもう。無明は行に縁たり、行は識に縁たり、識は名色に縁たり、名色は六入に縁たり、六入は触に縁たり、触は受に縁たり、受は愛に縁たり、愛は取に縁たり、取は有に縁たり、有は生に縁たり、生は老死・憂悲・苦悩に縁たり。」




☆☆☆GGのつぶやき
阿弥陀仏の説く「四法印」の思想構造は、最先端の物理学・量子論から始まり宇宙の真理「量子宇宙論」にまで至る。
それは、相対性理論を正準量子化した、ジョン・ホイーラーとブライス・ドウィットによるホイーラー・ドウィット方程式にまで話が波及して行きそうである。
量子宇宙は無からトンネル効果により生成したとされるが、その方程式に時間が現れず宇宙の波動関数の確率的解釈など容易に解決できない問題とリンクしてくるのであろうか。その解答こそ釈尊の説く精神世界のようにも感じられ、当分「仏像鑑賞」は続きそうである。






















































































by my8686 | 2019-01-14 15:09 | ネパール残像 | Trackback | Comments(0)

釈迦の説教「八正道」を読み解く

1/13(日) 麗らかな日和となった日曜日。
三連休中は、渋滞のストレスを回避する意味で不要不急の移動はあえてしない。好きな銭湯・サウナも混雑は避けて平日を狙う。完全リタイアしてからというものライフスタイルも変わってきた。



ランチの後は、コルトレーンを聴きながらコレクションの「釈迦彫刻」を鑑賞しつつ釈迦の説教を読み解いてみる。



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■八正道

釈尊は「苦」を滅する方法として八つの正しい道を解き明かした。

これが、正見・正思・正語・正行・正命・正精進・正念・正定の方法と言われる。





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これらすべての方法に「正」の字がついているのは、「正しい」とは「真理に合った」・「調和のとれた」考えや見方、行動をさしている。

小我「自分本意」にとらわれて、自分自身を過大評価し、不平・不足・不満などの苦の種をつくらない大きな立場で物事を判断できる人間となる事を示す道として解き明かしたものであるという。

また、ものの見方には現象に現れた差別の見方や大きな立場からの「平等だけの見方」のどちらに偏っても正しい見方とはいえない。




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ここでなぜ「平等」の見方だけで正しくないのかという疑問が湧くかもしれないが、物の本質として現象に千差万別の差別の実相を現すには、それなりの原因や条件があり理由があり無視する事はできない。

このように差別の見方にも偏らず、平等の見方にも偏らない、両者を総合したとらえ方が本当の「正しい」見方やとらえ方になると説く。

これを仏教では「中道」というのだが、これは一方に片寄らない、ちょうど真ん中という意味ではなく、その時々の真理の条件・立場に合った最善の方法の見方や考え方という事である。





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この考え方や見方は法華経の「妙」を現している。




・正見  自己中心的な見方や、偏見をせず前記の如く中道の見方をすること。


・正思  自己本位に偏らず真理に照らし物事を考える事。
 
例えば貧欲(自分だけの為に貪る心)・瞋恚(自分の意に添わないと怒る心)・愚痴(不平・不満などの邪心で小我を通すよこしまな心)という「意の三悪」を捨て去り物事を考えること。



・正語  恒に真理に合った言葉使いをする事。
 
社会生活の上で慎まなければならない事で妄語(嘘)・両舌(都合や立場で使う二枚舌)・悪口(破壊的な悪口)・綺語(口から出任せのいいかげんな言葉)という「口の四悪」を行わないということ。



・正行 本能に任せるままの生活ではなく、仏の戒めにかなった正しい行いをする事。
 
仏が戒めたのは殺生(意味なく、或は楽しみの為に生き物の生命を絶つ事)・偸盗)・邪淫という「身の三悪」である。



・正命  衣食住その他の生活財を正しく求める事。
 
人の迷惑になる仕事や、世の中の為にならない職業によって生計を立ててはいけないこと。


・正精進  自分に与えられた使命や目指す目的に対して、正しく励み、怠りや脇道にそれたりしない事。

とらわれ過ぎたり偏った精進はかえって逆効果になる場合がある。


・正念  

仏と同じような正しい(真理に合った)心を持ち、小我(自己本位)による分別をせず、ものごとの真実の実相を見極め、心を恒に真理の方向へ向けること。



・正定  心の状態が真理に照らし正しい状態に定まる事。

腹決めされた決心が外的要因や変化に迷わされないということ。






☆☆☆GGのつぶやき
これらの「四諦」・「八正道」の法門は、釈尊が人生苦というものに対する考え方や、その「苦」に対処する実践方法を解き明かした重要な「法門」である。
深く心に刻んでいきたいものである。
















































































by my8686 | 2019-01-13 15:02 | ネパール残像 | Trackback | Comments(0)

釈迦の説教「四苦八苦」を読み解く

1/11(金) 昨日思わぬ Windows7の起動トラブルで四苦八苦する。サポート終了の2020.1.14までは頑固に使用する予定でいるのだが、周辺機器と既存ソフトの動作環境のためWindows10への移行を伸ばしている。いずれ移行する際はPC本体だけは次世代型に交換せねばなるまいが、今しばらくは使い慣れた環境でサクサクと行きたい。




それはさておき、昨日に引き続き、釈迦の説教を読み解いてみよう。


■四苦八苦

すべては苦である(苦諦の法門)と観なさい! 




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釈尊は人間というものは、「必ず移り変わるもの」を「永久に不変のもの」と錯覚し、無理な執着をつくりだすのだと説いている。

「人生は苦である。」と断定したことは決して悲観的・厭世的なものの見方を教えたわけではなく、「苦」そのものを直視し、心の表面でごまかすことなく一時の喜びや、楽しみは、いつかは消え失せ、その影には必ず「苦しみ」がつきまとうという事を断じた真意はここにある。





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現代生活に即して云えば、酒や遊びなどで一時逃れをせず、しっかりと「現実」を見すえて「苦」を正面から受け止め、その原因を見つめる態度が大事であるという事。

このような時「諸行無常」の真理を悟り、今の苦しみは永遠のものでもないし、今の楽しみや喜びも永遠ではなく一時的なもので、これらの現象にとらわれない生活習慣をつけることが修行にほかならない。





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1.生(しょう)生きるということは苦である。

2.老(ろう)    老いていくことは苦である。

3.病(びょう)病にかかることは苦である。

4.死(し)    死ぬということは苦である。

5.愛別離苦(あいべつりく)愛するものと別れるのは苦である。

6.怨憎会苦(おんぞうえく)怨み憎む者と会うのは苦である。

7.求不得苦(ぐふとっく)   求めても得られないのは苦である。

8.五蘊盛苦(ごうんじょうく) 五蘊とは色・受・想・行・識のこだわりの苦しみ。




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簡単に云うと、人間の五官(眼・耳・鼻・舌・身・)で感じるものや心で感じる人間の肉体や精神活動すべてが物事にこだわりをつくる苦しみであるという。

釈尊は、このように「苦」の分類を八種類に分類し生・老・病・死を「四苦」といい次の「四苦」愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦を合わせて「八苦」と呼んだ。









☆☆☆GGのつぶやき
釈迦の説く「八苦」の真理を理解し、その原因を見つめ受け止めつつ、とらわれない境地こそ寛容。
生・老・病・死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦。
これらの「苦」の意味が理解できる年齢となったのであろうか。
理解できながらも実践できない若輩者の己を戒めるしか、今はあるまい。







































































by my8686 | 2019-01-11 15:31 | ネパール残像 | Trackback | Comments(0)

釈迦の説教「中道・八正道・四諦・三転十二行相」を読み解く

1/10 昨日に引き続き、釈迦が修行仲間に説いたという「 中道・八正道・四諦・三転十二行相」について読み解いてみよう。


釈迦は、個人的な悟りを得たいと求める人のためには「四諦」の法門を説き、生・老・病・死をはじめとするさまざまな人生苦から救い、現象へのとらわれから解脱した境地を極めさせた。

また人生のいろいろな出来事を縁として自ら悟りを開こうと努めるものには「十二因縁」の法門を説き、もっと大きな志を持ち人を救い世を救うことにより仏の境涯に達しようとする者には「六波羅蜜」の法門を説き、あらゆる物事を総合的に明らかに見通す大きな智恵を得、悟りに至る手段を明らかにしたしたという。




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あらためて、「四諦」について読み解いてみよう。






■四諦

四諦の教えは、初転法輪から入滅の直前まで、釈尊が一貫して説いた人生の真理。四苦八苦を滅する方法を説いたものと言われる。





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■苦諦

人間の歴史が始まって以来、暑さ寒さ・天災地変・飢饉・疫病・貧困・不仲・不安・老い・死等に対する苦しみがあり、人生は苦「生・老・病・死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦」であることを諦る。





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■集諦

集というのは「集起」の略で「原因」という意味で、人生苦にも必ず原因があり、その原因を探求し、反省しそれをはっきり諦ることと説いた。

法華経・譬諭品第三に「諸苦の所因は貪欲これ本なり」と説かれ、渇愛といって喉の渇いた者が激しく水を求めるように、凡夫が諸々の欲望の満足を求めてやまない心の状態、無制限にものごとを貪り求めること。

本能そのものは善悪以前の自然のものであると説き、欲望を必要以上に増大させ、人の迷惑などおかまいなく貪りを増大させる思いや行為が、不幸を呼び起こすのだと説いている。

この原因を悟る方法として十二因縁の法門を説かれている。






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■滅諦

前記の集諦によって、苦の原因は人間の心の持ち方にあるのだということが解る。この事から当然「心の持ち方を変えることによって、あらゆる苦悩は必ず消滅する。」という教えである。

渇愛を余すことなく捨て去り、解脱し執着を断ち切ることができるのか、ただ捨て去ろう、解脱しよう、執着を断ち切ろうとすると、かえってそのものへの心の引っ掛かりから苦しみを増大させてしまうことも充分ありうる事で、「道諦」の真理を説いている。




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■道諦

苦を滅する道について、本当に苦を滅する道は苦から逃れようと努力することではなく、正しく物事を見る「正見」・正しく考え「正思」・正しく語り「正語」・正しく行為し「正行」・正しく生活し「正命」・正しく努力し「正精進」・正しく念じ「正念」・正しく心を決定させる「正定」の八つの道「八正道」を説いている。
これらの四諦の法門は、非常に重要な教えであり「法華経・譬諭品第三」に次のように説いている。

「もし人 小智にして深く愛欲に著せる これらを為ての故に苦諦を説きたもう 衆生心に喜んで未曾有なることを得 仏の説きたもう苦諦は真実にして異なることなし もし衆生あって苦の本を知らず 深く苦の因に著して 暫くも捨つること能わざる これらを為ての故に 方便して道を説きたもう 苦の所因は 貪欲これ本なり もし貪欲滅すれば 依止する所なし 諸苦を滅尽するを 第三の諦と名づく 滅諦の為の故に 道を修行す」とある。

仏教修行を志す者は、よくこの意味をよく理解していかなければならないと説いている。





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☆☆☆GGのつぶやき
釈尊が一貫して説いた人生の真理「四諦」は非常に重要な心理である。
修行僧のみならず人としての生きる智慧・品性であろう。


























































































by my8686 | 2019-01-10 18:43 | ネパール残像 | Trackback | Comments(0)

ブッダ彫刻を眺めつつ主流仏教を読み解く

1/9(水) 早朝小雪が舞う。市内で研修+新年会のあるワイフを愛車86で送迎する。
それが終了するまでLECTを散歩がてら探索。ランチはLECTのRFに停めた愛車内ですませ、昼過ぎにはワイフを拾って帰宅する。



それはさておき、昨日に引き続き「釈迦像」を眺めつつ釈迦が教化と伝道した時期の「初期仏教」について読み解いてみよう。




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初期仏教とは、 釈迦が生きていた時代を含む初期のおよそ150年から200年の間のプレ部派仏教をいう。

原始仏教、根本仏教、主流仏教とも呼よばれるが、「原始」「根本」「主流」という言葉にはさまざまな価値的な判断の意味が含まれている。
これは必ずしも時代区分ではなくオリジナルという意味で「原始仏教」という用語を用いる学者も多く、初期仏教を原始、根本、主流と見る見方に福音主義の影響を見る学者もいるといわれる。






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リグ・ヴェーダによれば、紀元前13世紀頃、現在のアフガニスタンのバルフから多神教のヴェーダの宗教(紀元前11世紀頃に誕生するザラスシュトラの興した一神教・ゾロアスター教の原型でもある)を奉ずる民族が十王戦争においてインドに侵攻し、先住民族であるドラヴィダ人を支配する封建社会体制が形作られたという。

紀元前10世紀に始まるドラヴィダ人との同化の時代であるブラーフマナ時代(紀元前900年 - 紀元前500年)になると、司祭階級バラモン(ブラフミン)を頂点とするカースト制を持つバラモン教がインドで形作られていった。

紀元前5世紀になると、4大ヴェーダが完成し、バラモン教が宗教として完成した。





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しかし、ヴェーダの宗教的権威に従わない人々(ヴァルダマーナ(マハーヴィーラ)、マッカリ・ゴーサーラ、ガウタマ・シッダールタ(釈迦))も同時期に登場し、ジャイナ教(より正確にはジナ教またはジャイナ)・アージーヴィカ教・仏教といった反ヴェーダの立場をとる宗教を開いた。

このように、当時のインド四大宗教はほぼ同時期にそろって誕生している。

仏教は、約2500年前(紀元前5世紀)に釈迦が、インド北部ガンジス川中流域のブッダガヤで悟りを開き、サールナートで初転法輪(初説法)を行ったことに起源が求められている。





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発生当初の仏教の性格は、同時代の孔子などの諸子百家、ソクラテスなどのギリシャ哲学者らが示すのと同じく、従来の盲信的な原始的宗教から脱しようとしたものと見られ、『マハー・ワッガ』をはじめとする初期経典では、このとき五比丘(5人の修行仲間)に説かれた教えが、中道・八正道・四諦・三転十二行相であったとされている。

釈迦と五比丘、すなわちコンダンニャ、ワッパ、バッディヤ、マハーナーマン、アッサジの6人が阿羅漢となり創設された初期仏教教団は、シュラーヴァスティーのジェータヴァーナー寺院を教団本部とし、インド各地で布教活動を行った。これら釈迦の生涯において重要な各地を八大聖地と呼ばれている。








☆☆☆GGのつぶやき
仏像が作られるようになったのはヘレニズムの影響によるものだと言われる。そのため初期のガンダーラ系仏像は、意匠的にもギリシアの影響が大きい。しかし、ほぼ同時期に彫塑が開始されたマトゥラーの仏像は,先行するバラモン教や地主神に相通ずる意匠を有しており,現在にも続く仏像の意匠の発祥とも言われている。





































































by my8686 | 2019-01-09 17:20 | ネパール残像 | Trackback | Comments(0)

「釈迦」を読み解く

1/8(火) 暖かさを感じる午後は、愛車86を駆りいつもの峠のあるドライブコースを走る。
距離にすれば往復約60キロながらエンジンを高回転で廻せ、なおかつ油温をあげることの出来るお気に入りのコースである。
完全リタイア後は、1週間に一度はこのコースでコンディションを維持してやらねばなるまい。



それはさておき、昨日に続き本日は、「釈迦」について木彫彫刻をながめつつ読み解いてみよう。

仏教の開祖である釈迦牟尼はヒンドゥー教ではヴィシュヌ神の9番目の化身とされる。

シャーキャ(梵: शाक्य Śākya)は、釈迦の出身部族であるシャーキャ族またはその領国であるシャーキャ国を指す名称である。「釈迦」はシャーキャを音写したものであり、旧字体では釋迦である。





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シャーキャムニ(梵: शाक्यमुनि Śākyamuni)はサンスクリットで「シャーキャ族の聖者」という意味の尊称であり、これを音写した釈迦牟尼(しゃかむに)を省略して「釈迦」と呼ばれるようになった。


釈迦の姓は、サンスクリット語ではガウタマ(梵: गौतम Gautama)で、名はシッダールタ(梵: शिद्धार्थ Śiddhārtha)である。ガウタマ・シッダールタは、パーリ語の発音からゴータマ・シッダッタ(巴: Gotama Siddhattha)とも表記される。漢訳では瞿曇悉達多(くどんしっだった)である。

パーリ仏典では、釈迦の父方の従兄弟・アーナンダもゴータマと呼ばれており、釈迦の母のマーヤーと母方の叔母で養母のマハー・プラジャーパティーはゴータマの女性形であるゴータミー(巴: Gotamī)と呼ばれている。

ガウタマはアンギーラサ族(巴: aṅgīrasa)のリシのガウタマの後裔を意味する姓(ゴートラ)であり、この姓を持つ一族のヴァルナはバラモンである。したがって、クシャトリアのシャーキャ族である釈迦の姓がガウタマであることは不可解であり、「先祖が養子だった」など諸説ある。





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名のシッダールタは、古い仏典に言及がなく意味が「目的を達成した人」と出来過ぎていることから、後世に付けられたもので本名ではない、という説がある。

ブッダ(梵: बुद्ध buddha)は、「目覚める」を意味するブドゥ(梵: बुध् budh)に由来し、「目覚めた人」という意味である。

もともとインドの宗教一般において、すぐれた修行者や聖者に対する呼称であったが、仏教で用いられ釈迦の尊称となった。このため、ゴータマ・ブッダともいう。漢訳の音写は仏陀、旧字体では佛陀であり、意訳は覚者である。仏陀の略称が仏であり、「仏教」や「仏像」などの用語はこの尊称に由来する。





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釈迦の異名は多くあるが、その中でも十号がよく知られている。

タターガタ(梵: तथागत tathāgata)は、「そのように来た者」または「そのように行った者」を意味する釈迦の尊称である。

音写は多陀阿伽度、意訳は如来であり、釈迦如来ともいう。またバガヴァント(梵: भगवन्त् Bhagavant)は、世の中で最も尊い者を意味する釈迦の尊称であり、漢訳は世尊である。

仏教では、釈迦牟尼仏、釈迦牟尼如来、釈迦牟尼世尊としたり、またそれらを省略して、釈尊、釈迦尊、仏様、お釈迦様とも呼ばれる。



釈迦の死後、その遺骸はマッラ族の手によって火葬された。当時、釈迦に帰依していた八大国の王たちは、釈迦の遺骨(仏舎利)を得ようとマッラ族に遺骨の分与を乞うたが、これを拒否された。

そのため、遺骨の分配について争いが起きたが、ドーナ(dona、香姓)バラモンの調停を得て舎利は八分され、遅れて来たマウリヤ族の代表は灰を得て灰塔を建てた。

その八大国とは以下である。

1.クシナーラーのマッラ族
2.マガダ国のアジャタシャトゥル王
3.ベーシャーリーのリッチャビ族
4.カピラヴァストゥのシャーキャ族
5.アッラカッパのプリ族
6.ラーマ村のコーリャ族
7.ヴェータデーバのバラモン
8.バーヴァーのマッラ族






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弟子たちは亡き釈迦を慕い、残された教えと戒律に従って跡を歩もうとし、説かれた法と律とを結集し、これらが幾多の変遷を経て、今日の経典や律典として維持されてきている。

1868年、ドイツ人の考古学者アロイス・アントン・フューラーがネパールの南部にあるバダリアで遺跡を発見し、そこで出土した石柱には、ブラーフミー文字で、「アショーカ王が即位後20年を経て、自らここに来て祭りを行った。ここでブッダ釈迦牟尼が誕生されたからである」と刻まれており、同地が仏教巡礼の八大聖地のひとつとなっている。








☆☆☆GGのつぶやき
釈迦の生誕地とされるルンビニに約6年前に訪れたことを思いだす。
釈迦が五人の沙門に対して説いた「中道」「四諦」と「八正道」の初転法輪については、追々読み解いて行くことにいたそう。





































































































by my8686 | 2019-01-08 18:50 | ネパール残像 | Trackback | Comments(0)

中世を味わう快楽

1/7(月) 氷点下となった月曜の早朝。9:00に予約した行きつけのデンタル・オフィスで歯の治療をスタートさせる。

その後は、新年早々に予定していた「ハローワーク」へ出向き「雇用保険の高年齢受給資格者失業認定」の申告を済ませる。約2週間後に再度認定日に出所して最終認可となる。





それはさておき、ネパールの仏像から想起された「ネパールの旅」の魅惑についてもう一度読み解いてみよう。

ネパールのバドガオン周辺をさまよい歩くと「ヒンドゥー教の神々」と出会うことになる。




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狭い意味でのヒンドゥー教は、バラモン教から聖典やカースト制度を引き継ぎ、土着の神々や崇拝様式を吸収しながら徐々に形成されてきた多神教である。紀元前2000年頃にアーリア人がイランからインド北西部に侵入した。彼らは前1500年頃ヴェーダを成立させ、これに基づくバラモン教を信仰した。

紀元前5世紀ごろに政治的な変化や仏教の隆盛がありバラモン教は変貌を迫られ、その結果、バラモン教は民間の宗教を受け入れ同化してヒンドゥー教へと変化して行った。ヒンドゥー教は紀元前5 - 4世紀に顕在化し始め、紀元後4 - 5世紀に当時優勢であった仏教を凌ぐようになったという。その後インドの民族宗教として民衆に信仰され続けてきている。

神々への信仰と同時に輪廻や解脱といった独特な概念を有し、四住期に代表される生活様式、身分(ヴァルナ)・職業(ジャーティ)までを含んだカースト制等を特徴とする宗教となっていた。

三神一体(トリムルティ)とよばれる近世の教義では、中心となる3大神が存在する。

・ブラフマー:宇宙、世界に実存、実在の場を与える神

・ヴィシュヌ:宇宙、世界の維持、平安を司る神

・シヴァ:宇宙、世界を創造し、その寿命が尽きた時に破壊、破滅を司る神

この三神は一体をなすとされている。



しかし現在では、ブラフマー神を信仰する人は減り、ヴィシュヌ神とシヴァ神が二大神として並び称され、多くの信者がいる。ヴィシュヌ神を信仰する派をヴィシュヌ教、またシヴァ神を信仰する派をシヴァ教と呼ばれている。

ヒンドゥー教の神や祭祀は一部形を変えながらも、日本の仏教に影響を与えたと言われる。

ダーバー広場をさまよい歩くとその魅力的な空間に魅惑され不思議な感覚に幻惑されていく。




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バクタプルは、ネパール東部の第三州のバクタプル郡の郡都。 2011年の人口は8万3658人。
バドガオンまたはクォパは、カトマンズから東に12km、カトマンズ盆地の東端にある古代ネワール人の都市である。

町の中心広場「ダルバール広場」には55の窓のある旧王宮がある。これはブーパティーンドラ・マッラ王の建てたもので1769年まで王室一族が居住していた。訪れた時は、国立美術館となっていた。

ムールチョーク宮殿に通じる金の門の近くにはタレジュ寺院がある。これは、タレジュ・バワニ女神に捧げられたものでタレジュ・バワニと生き神クマリの聖堂がある。




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バクタブルの街は、15世紀からチベット/中国とインドの間の交易路で利益を得ていた主要キャラバン・ルートとして繁栄してきた。

秋になると、チベットからの商人たちがヒンドゥー教の祭りの日に合わせ羊を連れてやって来た。多くのネパール人はドゥルガの女神にオスの動物の生贄を捧げたという。その帰りには、商人たちはチベットに穀物や砂糖、仏典などを持ち帰った。





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この繁栄が文化を豊かにし、寺院建築家たちはパゴダ形式の寺院建築を発明し、チベットを通じてはるか日本にまで広がった。その最高傑作が五層の天をさすバクタプルのニャタポラ寺院である。








☆☆☆GGのつぶやき
カトマンドゥの魅惑的な都市としての都市性について、じっくりと読み解いてみたいと思う。
さらに、ヒンドゥー教の神々についても、残像を紐解いて行きたいと思った。












































































by my8686 | 2019-01-07 18:51 | ネパール残像 | Trackback | Comments(0)

魅惑のヴィシュヌ神の化身を眺める

1/6(日)  かつて建築家の宮脇檀が「中世を味わう快楽」と題して、中世は一人ひとりの人間が神と美を信じながらたくましく生き、その成果品としての建築に感嘆してきた時代であると、「ネパール・カトマンドウの都市ガイド」の序文に記していたことを思い出す。

そして、ネパールについて、かつての都市文化が見事に今日の生活と共存して残り、素足に現代風の服をまとった人たちが煉瓦づくりの中世の街をすり抜け、昔とほとんど変わらぬ生活をしている。その異様な舞台性、劇場性は現代しか知らない私たちを魅惑し、幻惑させる。それを味わいたくて、またカトマンドゥをさまよい歩いてしまった。これなくして死ねるかという実感である、と記している。




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2012年11月末にネパールを旅してすでに約7年の時間が経とうとしている。思い出すたびに、あのカトマンドゥの喧噪と共に幻惑させられた記憶が甦ってくる。


旅の記念にとワイフが買い求めた「ヴィシュヌ神の化身」の彫刻を今日も眺めてみる。





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ヴィシュヌ神は、世界維持の神、慈愛の神、鳥神ガルーダに乗り、10大化身と呼ばれる多数の分身を有する。






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叙事詩『マハーバーラタ』の英雄、民間に人気のある神「クリシュナ」であろうか。







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ヴィシュヌ神の神妃、富と幸運の女神であり北伝仏教で吉祥天と呼ばれる「ラクシュミー」であろうか。






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あるいは、シヴァ神の神妃、ヒマラヤ神の娘、穏やかで心優しい「パールヴァティー」なのであろうか。






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☆☆☆GGのつぶやき
文化の垂直構造をなすネパール。
あの喧噪の中で魅了された日々の記憶がまた甦ってくる。
しばらくは、あの時の残像を読み解いてみよう。














































































by my8686 | 2019-01-06 20:20 | ネパール残像 | Trackback | Comments(0)

ネパール残像「パシュパティナート」に弔う

2012年12月、カトマンズにあるシヴァ神を祭るネパール最大のヒンドゥー教寺院「パシュパティナート」を訪れた。
日曜の朝は、この時のことをもう一度回想してみよう。



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ネパールを第二の故郷と言っていた知人の遺灰を日本から携え、この川に流し弔う。



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シヴァが滞在したと言われるこの地。
1500年以上の昔から巡礼の地となっている。



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インド大陸四大シヴァ寺院の一つ。
ヒンドゥー教が国教であるネパールでは最高の聖なる地である。



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寺が面しているバグマティ川には、隣接した火葬台を複数備える火葬場がある。



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バグマティ川は、ヒンズーの聖地。
インドのバラーナシを流れるガンジス河に通ずる支流にあたるため、ここのガートで荼毘に付せば母なる大河ガンガーへと戻ってゆくと考えられている。





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遺灰をこの川に流すのがネパールのヒンズー教徒の願望である。
「ヒンドゥー」 の語源は、サンスクリットでインダス川を意味する sindhu が古代ペルシアで転訛したものだという。
インダス川対岸に住む人々の意味で用いられていたものがインドに逆輸入され定着したという。





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バグマティ川の中では火葬が行われている脇で身体を清める者もあれば、洗濯をする女の姿も見受けられる。
位の高いものほど上流の火葬台で焼かれる。




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バグマティ川に架かる橋上は、火葬の最高の見物ポイントである。
パシュパティナート寺院はヒンズー教徒以外は立ち入れない。ただし火葬場は入場料を払えば誰でも入れる。



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終日立ち込めるカトマンズの霧は火葬場の煙であるとさえ言われる。
魂が天上へ帰る場所にふさわしく、すぐそばの丘に登れば7000m級のアンナプルナをはじめとするヒマラヤ山脈がはるかに聳え立つ。




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☆☆☆やんジーのつぶやき
この聖地に佇むと無宗教の自分でさえヒンドゥーの教えが官能を疼きはじめる。
ヒンドゥー教が説いた解脱への三つの道。
知識(ジャニャーナ)の道、宗教的義務を遂行する行為(カルマ)の道、そして信愛(バクティ)。








































































by my8686 | 2016-01-17 09:51 | ネパール残像 | Trackback | Comments(0)

ネパール残像「チトワン・プログラム」に興ず

正月4日目。月曜日ながら今日まで休日。
午前中の空白時間は、3年前に訪れたネパールチトワンでの記憶を辿ってみよう。


チトワン国立公園は、中央ネパール南部のナラヤニ県チトワン郡、マハーバーラタ山脈とチューリア丘陵の間に開けたタライ平原の一角に位置する。
ジャングルを保護する目的で設置された自然保護公園。
2006年の国王の権力停止にともない、旧名称ロイヤル・チトワン国立公園からロイヤルの文字が削除された。




朝には必ずといってよいほど朝靄が立ち込める。



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朝7:30スタートのカヌーイングとジャングルウォーキングに参加。




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公園内を流れるナラヤニ川をカヌーで移動。



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先住民のタルー族のほか、山地から移住したチュトリやタマン族などが住む村が平原に点在する。
四季を通じ水田、畑の農作物に覆われた色彩鮮やかな田園風景が広がり、平原の彼方にマナスルをはじめとするヒマラヤ山脈が遠望できる。


東西80㎞、南北23㎞に及ぶ広大な国立公園である。
このエリアは、開拓で急速に失われた豊かな自然を保護する目的で、1962年にネパール初の野生生物保護区になった。
1973年には初の国立公園に指定されている。
さらに1984年にはユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録され、タライ地方随一の観光地として注目を集めることになった。




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西はナラヤニ川、北のラプティ川、東はパルサ野生動物保護区が境界となっており、南部の一部はインドに国境を接している。


公園内には、絶滅寸前のインドサイ、ベンガルトラ、ヒョウなど哺乳類は約40種、ヌマワニ等の絶滅の恐れの高い動物や、コウノトリ、サギ、インコなどの野鳥が生息している。
また野鳥の種類は500種類以上で、世界一といわれてもいる。




象の背中に乗って水浴びに興ずるワイフ。



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なんともワイルドで贅沢な時間だ。



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日本では決して見せない楽しそうで好奇心いっぱいの表情である。



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このほかにゾウの背中に乗って見るジャングルサファリや、さらに広大な範囲を探索できるジープサファリ、ラフティング、カヌー、バードウォッチングなどのアクティビティを楽しむことができる。





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12:45スタートのジープジャングルドライブに参加。




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サファリが観光のメインだが、ベンガルタイガー、ヒョウなどに出会える確率は低い。
ただ、このネパールにしかいない一角サイには、時々出会える。
鹿や野生の孔雀などもジャングルで頻繁に見ることができる。




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タルー族の民家や生活ぶりは、きわめて素朴なもので一見の価値がある。
夜にはタルー族の素朴なダンスショーが見られる。




ハニーショッピングのあとは夕陽をながめながらのディナー。



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焼きそば風のホットプレート。
こいつがなかなかネパールウィスキー「シグネイチェー」に良くあう。











☆☆☆やんジーのつぶやき
広大なジャングル公園のなかで3日間のチトワンプログラムを堪能した。
まさに官能のおもむくまま自然と一体になれた貴重な体験だった。


















































































by my8686 | 2016-01-04 12:00 | ネパール残像 | Trackback | Comments(0)