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カテゴリ:ぶらぶらアート観賞( 92 )

ブレイク前夜の絵師「小原古邨」を読み解く

3/12(火) 昨晩、録りためたアート系番組の中で気になる版画を目にする。
それが、明治から大正時代にかけて活動した絵師「小原古邨」の木版画である。





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花や鳥、動物など身近な自然を描き、海外を中心に現在でもコレクターが多く、日本国内には作品が残っておらず「知る人ぞ知る」存在であるという。
古邨の木版画は、日本にやってきた欧米人の土産品として絶大な人気を博し、グスタフ・クリムトも古邨の木版画を愛蔵していたという。




あらためて、その内容を読み解いてみよう。


竹林から “ひょっこり” 顔をのぞかせる雀の図。絵のかたわらに情景に合った短歌を掲載することで、絵のイメージが豊かに広がっている。





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無音詩の領域を超えた4Dの世界。

蓮の葉に雀が止まった瞬間、露が零れ落ち、蓮の匂いと小さな音が感性に響く。







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「写実表現」の美しさに驚く。






さらに、こだわった「摺り」技法を読み解いてみよう。


■正面摺り

黒一色に見えるカラスの羽に「正面摺り」技法が使われている。

木版によるフロッタージュ技法に近い。
浮き上がらせたい模様を彫った「正面板」に和紙の表面を上にして乗せバレンで摺って艶として浮き立たせる技法である。
見る角度で羽の艶が濃淡で浮き上がる。1色に見える黒にも濃淡の立体感を与えることで「深み」を出している。




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■きめ出し

凹凸を出したいところを深く掘り、裏返した和紙を押し付けて凹ませることで「立体感」を出す技法である。






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■きら摺り

キラキラする雲母(石)の粉末を絵具に入れて摺る。





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■あてなしぼかし

水を先に版木に塗り、色を濃くしたいところに絵具を載せてぼかす。





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明治政府の招待で日本に来たフェノロサは、日本美術学校を作った一人。
日本ならではの素晴らしい美を欧米に紹介することに使命を感じていた。

1978年のパリ万博で空前の日本ブームが起こる中、彼は小原古邨に海外向けの絵を描くように依頼。
これが想像以上に人気となり、通常のスピードで描いていては対応できなくなり、木版画制作を始めたという。






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日本古来の伝統的花鳥画に新しい顔料や遠近法という革新性を取り入れたことに官能の襞がふるえる。







☆☆☆GGのつぶやき
絵師、彫師、摺師、版元の共同制作である「木版画」。
現代の映画制作にも通じるアートプロダクトといえよう。
それにしても、偶然にも発見された「版木」により、その魅力が再認識されたことに拍手を送りたい。























































by my8686 | 2019-03-12 18:29 | ぶらぶらアート観賞 | Trackback | Comments(0)

ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ時代の「赤瀬川原平」を読み解く

3/8 晴れ間の見える金曜日。

昨日の「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」のなかで、思い出していたのが「赤瀬川原平」の名前である。
赤瀬川といえば、1000円札事件の前衛芸術から始まり、櫻画報の漫画家から芥川賞作家を経てトマソン・路上観察、さらに「老人力」に至る幅広い活動が印象に残る。

生きざま自体が「ネオ・ダダイズム」的で「心はいつもアヴァンギャルド」を発信していたのではないだろうか。





あらためて、もっとも過激だった「前衛芸術」時代を読み解いてみよう。


「心はいつもアヴァンギャルド」といい、1958年、第10回読売アンデパンダン展に初出品。以後、1964年に同展が終了するまで出品を続ける。






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1960年、吉村の誘いで「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」に参加。赤瀬川は荒川修作をグループに紹介し、参加させた。

赤瀬川は「ヴァギナのシーツ」など、ゴム・チューブを素材としたオブジェを製作。1962年には、ポスターカラーで描いた絵画「破壊の曲率」でシェル美術賞に入選。





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1963年、高松次郎・中西夏之とともにハイレッド・センター(3名の頭文字により命名)を結成。「首都圏清掃整理促進運動」などのパフォーマンスを行う。





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『東京ミキサー計画―ハイレッド・センター直接行動の記録』

第1章 山手線の卵
第2章 国立の生唾
第3章 早稲田の赤い便器
第4章 上野のゴールド・ラッシュ
第5章 上野の長い紐
第6章 新宿のテープカット
第7章 新橋の洗濯バサミ
第8章 新橋のスペース・シャトル
第9章 帝国ホテルの肉体
第10章 パリの前立腺
第11章 宇宙の缶詰
第12章 御茶ノ水のドロップ
第13章 銀座のゾーキン
終章 霞ケ関の千円札




赤瀬川は個人としても、扇風機などの身の回りの品物を包装紙で包む「梱包作品」を制作。このコンセプトは最終的に、缶詰のラベルを缶の内側に貼って宇宙全体を梱包したと称する「宇宙の缶詰」に至る。

この頃、ナムジュン・パイク、オノ・ヨーコ、横尾忠則らとも知り合っている。「とくにパイクは、ハイレッド・センターのよき理解者だった」と赤瀬川は「東京ミキサー計画」で書いている。

千円札を詳細に観察し、肉筆で200倍に拡大模写した作品「復讐の形態学」(殺す前に相手をよく見る)を発表。

赤瀬川はさらに「千円札の表だけを一色で印刷」したものに手を加えたものを作品とし発表する。





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1965年、これが通貨及証券模造取締法違反に問われ、起訴される。弁護人には瀧口修造といった美術界の重鎮たちが名を連ね、話題となった。

この裁判について赤瀬川が詳細に書いた、赤瀬川の処女出版である『オブジェを持った無産者』(現代思潮社 1970年)はながらく絶版であり(赤瀬川の死後の2015年に再刊)、また文庫化もされていない。また、この事件の内容が書かれている本で容易に入手できた『東京ミキサー計画―ハイレッド・センター直接行動の記録』(ちくま文庫)には、この裁判については簡略にしか書かれていない。


以上の状況から、この事件について赤瀬川ファン等の間で誤解が生じ、一種の「都市伝説」化している。誤解及び事実は以下のとおりである。

(誤解)赤瀬川は千円札の模写をしたため逮捕された。
 (正)上記にあるとおり、印刷作品が問題となっている。

(誤解)赤瀬川はニセ札製造犯人として逮捕された。
(正)赤瀬川が制作したのは「オモテ面だけの1色印刷」であり、「ニセ札」ではないことは捜査当局側でもすぐに明らかになった。

当時、「チ-37号事件」というニセ千円札の偽造事件があり、赤瀬川もその事件を創作のきっかけとし、また捜査当局も当初はその偽造団との関連を考え捜査を開始したというものである。
赤瀬川(等)が起訴されたのは、「通貨及証券模造取締法」という明治28年に施行された法律によるものであり、「貨幣、政府発行紙幣、銀行紙幣、国債証券及び地方債券に紛らわしきものを製造し又は販売することを得ず」という内容であった。
捜査当局はこの法律に基づき、赤瀬川の作品が「紙幣に対する社会的信頼を損なうおそれがある」として、起訴した。
なお、ニセ札を作った場合は「通貨偽(変)造・同行使罪」で逮捕される。


(誤解)赤瀬川は千円札の模写を行っていたが、それにあきたらずついに印刷所に千円札を持ち込んで印刷を依頼したところ逮捕された。
(正)上記の経緯にあるとおり1963年に2ヶ所の印刷所に印刷を依頼し、「芸術作品」として発表。
印刷会社側も特に異論なく仕事を受けている。捜査を受けたのが1964年1月、起訴されたのは1965年11月である。


1967年6月の東京地方裁判所の一審で「懲役3年、執行猶予1年、原銅版没収」の判決。
上告ののち1970年に執行猶予つきの有罪確定。その後、前衛芸術からは身を引くようにしていく。









☆☆☆GGのつぶやき
当局から「思想的変質者」呼ばわりされた赤瀬川。
そのことを喜々として「追放された野次馬 (思想的変質者の十字路)」と題する本まで書いてしまったアバンギャルドである。
その過激にして前衛的な思想は、まさに現代の「バンクシー」といってもよいだろう。
しかし2014年10月26日、77歳で死去。多彩な才能の死に冥福を祈りたい。

















































by my8686 | 2019-03-08 16:47 | ぶらぶらアート観賞 | Trackback | Comments(0)

「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」を読み解く

3/7 どんよりと霞んだ木曜日である。

昨日の建築家・磯崎新のプリツカー賞受賞記事を読み解くなかで、思い出していたのが「ネオ・ダダイズム」である。

磯崎の出発点となった大分市の「新世紀群」という絵画サークルの活動。そこは後にネオ・ダダで活躍した吉村益信、赤瀬川原平、風倉匠らも在籍した前衛的土壌であった。

また磯崎が1960年に丹下健三の東京計画1960に加わっていた頃、ネオ・ダダは新宿百人町の吉村アトリエ(通称ホワイトハウス:磯崎による設計)を拠点に反芸術的活動を展開しており、磯崎もたびたびそこを訪れていた。この時点で磯崎がネオ・ダダ的建築家として最も過激な思想の基に模索していた時期である。





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1960年に結成され、約半年活動した日本の前衛芸術グループが「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」である。





あらためて、この内容を読み解いてみよう。


1960年2月に行われた第12回読売アンデパンダン展の直後、同展に「反絵画・反彫刻」(美術評論家の東野芳明が命名)を出品していた若手アーティストたちによって結成された。

メンバーは吉村益信、篠原有司男、赤瀬川原平、荒川修作、風倉匠、有吉新、石橋清治、上田純、上野紀三、豊島壮六。

同年4月、銀座画廊で第一回展を開催。マニフェストを引用すると、「1964年の生殖をいかに夢想しようとも一発のアトムが気軽に解決してくれるようにピカソの闘牛もすでにひき殺された野良猫の血しぶきほどに、我々の心を動かせない。真摯な芸術作品を踏みつぶしていく20.6世紀の真赤にのぼせあがった地球に登場して我々が虐殺をまぬがれる唯一の手段は殺戮者にまわることだ」。






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7月、岸本清子、田中信太郎、田辺三太郎、吉野辰海を新メンバーに加えた第二回展を吉村のアトリエ(「芸術革命家のホワイトハウス」と称した)で開催した。副題は「クタバレネオ・ダダイスト。恒久平和をうちたてる。嫌悪のダンゴに蜜蜂だ。灼熱の一切が始るぞ。狂乱ドッド。功利主義に埋没したぞ。ネオ・ダダ規制法案通過。したい。したい。したい。したい。したい。したい」。同じころ、TBSの取材に応じて鎌倉の材木座海岸で「白い布を広げ、トマトを投げつける」というパフォーマンスを行っている。







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篠原有司男のモヒカン刈りは当時の日本人にとって衝撃的な髪型であり、「ロカビリー画家」というキャプションとともに週刊誌のグラビアを飾った。






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9月、抜け駆け的に村松画廊で個展を開いた荒川修作が除名された。10月、升沢金平、木下新を新メンバーに加え、三木富雄、工藤哲巳をゲストに迎えた第三回展を日比谷公園の中にあった都営の日比谷画廊で行う。

作品に小便を掛けたりしたため、アンモニア臭が漂うなどの理由により、一週間の会期半ばで陳列を拒否され、画廊を閉鎖されてしまう。これがグループの最後の展覧会となった。グループの活動停止の理由は、リーダー格の吉村の結婚、および彼が所有していたホワイト・ハウスの閉鎖などによる。






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伝説的なエピソードに『東京都美術館爆破計画』がある。「反芸術を徹底するために、芸術の象徴である美術館を爆破すべきである」というものだったが、「美術館の価値は絶対的なものではなく、爆破する意味はない」という意見が優勢で、実行には至らなかった。

「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」という呼称は正式なものではない。メンバー自身も「ネオ・ダダ・オルガナイザーズ」「ネオダダ・グループ」「グループ・ネオダダ」「ネオ・ダダ」など、さまざまな呼称を用いている。ちなみに第一回展のパンフレットに記載されたグループ名は「ネオダダイズム・オルガナイザー」であり、第二回展以降は「ネオダダ」である。






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しかし、このグループは形として残る作品をほとんど遺していないが、ジャクリーヌ・ポール、東松照明、石黒健治、石松健男、藤倉明治、小林正徳らがその活動を写真として記録している。







☆☆☆GGのつぶやき
1960年代日本の戦後復興期、まさに日の出の勢いの日本だった。血気盛んな若者たちの反体制・反権力・反社会・反国家。理由もなくただ抗って生きることに価値を求めていたような気がする。
反芸術もそうした社会的流れの中で騒然としていた。既存の概念、既存の美的秩序を破壊することにこそ意味を見出そうとしていたのであろう。
今となっては、懐かしき一時代の「心地よい記憶」となった。磯崎の「空間へ」「建築の解体」もあの時代のバイブルだったと、ふと懐かしく回想してみる。















































by my8686 | 2019-03-07 12:10 | ぶらぶらアート観賞 | Trackback | Comments(0)

超絶技巧を超えて「吉村芳生回顧展」を観る

3/5 従弟からの誘いで三次の「奥田元宋・小由女美術館」で開催されている「吉村芳生回顧展」に出かける。

久しぶりに晴れわたったドライブ日和となる。



「吉村芳生」については、下調べした情報しかない。山口県出身の写真や新聞を細密に描いた鉛筆画などで知られる画家という程度の認識である。






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鑑賞後の感想は、「これほどまでの技巧を持ちながら、なぜもっと恣意的で深みあるテーマを拡大させていかなかったのか」という単純な疑問であった。

ただ驚くのは、執拗なまでの執念と集中力と拘りである。
写真から起こした対象を、単調な機械のごとく碁盤状のマス目に写し取っていく気の遠くなるような作業工程。






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それは創作といういうよりは「作業」に近い。

さらに愕然とするのは、2011年12月から1年間パリに滞在しながらも、部屋に籠り続け1000枚にもおよぶ新聞に描き続けた自画像シリーズ《Self-portraits 1000 in Paris(パリの新聞と自画像)》。

吉村の意識の中に何が生まれ、死んでいったのか。試行錯誤の果てに見えたものとは、何だったのか。







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希望の光を感じるのは、85年に山口県徳地に移住して以降に描かれた「藤、バラ、菜の花、コスモス」などをモチーフとして「ファーバーカステル120色色鉛筆」で描かれた花のシリーズ。

それまでは見られなかった「恣意的な意図」が見え隠れする。

東日本大震災の犠牲者を花にたとえ、ひとつの花をひとりの命として描いたとされる本作。背景も白のまま塗り残されており、震災という出来事が吉村に与えた衝撃の大きさを垣間見ることができる。







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なぜもっと早く「恣意的な意図を込めた」色鮮やかなシリーズをもっとたくさん描かなかったのか、残念でならない。









☆☆☆GGのつぶやき
リタイア後、久しぶりに従弟との普段の何気ない会話を楽しむ。
これまでの時間の経過と年月の流れの速さをあらためてかみしめる。
一歳違いということと性格と趣味があうということで昔から仲良くしていた間柄でもある。
人気店での「二八そば」をおいしくいただいた一日であった。























































by my8686 | 2019-03-05 19:50 | ぶらぶらアート観賞 | Trackback | Comments(0)

リヒターのアブストラクトが生まれた「グレン・グールド、ゴールドベルク変奏曲」を聴いてみる

3月に入った土曜日。特に予定のない一日。というよりも、土日については「不要不急の外出」はあえてしない。
穏やかな山の風景を眺めていると「現実の煩わしい出来事」が下界の騒音に聴こえてくる。


そんな午前中は、昨年の3/2のブログを読み返してみる。


記憶の底に残した一つのキーワード「グレン・グールド、ゴールドベルク変奏曲」。

YouTubeで聴いてみる。






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ゲハルトリヒターが1984年当時こればかりを毎日2年間聴いていたという。



その完璧さに腹立たしくなり、怒りが込み上げてきて、あのアブストラクトアートが生まれたという。

「人工性を避け、なにもとりつくろわず、すべての技巧や複雑さを除去してしまう」






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「暴力的で、愚劣で、大胆で、根源的なるもの」







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さらに、リヒター「ノート 1983.5.13」を読み返してみる。

「もはやなに一つ可能なものはない、ユートピアは犯罪ではないとしても無意味なのだ、というような悲観的見解を私はつねにもっていた。」






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「こういう心理構造から、フォト・ペインティング、色パネル、グレーペインティングができた。」







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「それでも、頭のどこかでは、ユートピア、意味、未来、希望が現れることを信じていた。いわば、ひそかに、知らぬまにそこにあるようなものとして。」






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「自然、つまり我々は、自分たちの短絡的で、限られた狭い理解力で考えられるよりもずっと、無限に優れ、賢明で、豊かなのだから。」













☆☆☆GGのつぶやき
創造欲求を生み出す要因はさまざまである。
変奏曲の完璧さに「怒り」が込み上げてくるという心理の内面に何があったのか。
マイルスのエレクトリックサウンドに「官能が沸騰」する心理とはまた次元のことなる間接的な志向性(Intentionalität)が働いているのであろう。
それは、共に現在化させること(Mitgegenwärtigung)、さらには「根源的創造作用」を介することによって、間接的に類比するものであろう。
フッサールの説く、「他我の妥当は間接的呈示であり、我々の一部として直接的に私の中から出てきたものではない。」ということである。


















































by my8686 | 2019-03-02 12:00 | ぶらぶらアート観賞 | Trackback | Comments(0)

「パンクシー映画3選」を読み解く

1/20(日) 小雨降る日曜日の朝。予定されていた自治会の清掃作業は延期となる。
完全リタイア後、久しぶりに携帯アラームをセットして7時過ぎに起きる。外気の冷たさが心地よい緊張感とともに身体を程好く刺激してくれる。



それはさておき、最近気になる「バンクシー」の動きを読み解いてみよう。


東京臨海新交通臨海線(ゆりかもめ)日の出駅近くの防潮扉に描かれた落書きがバンクシーの代表作の一つ「Umbrella rat(傘とネズミ)」に似ているという。

その真贋が気になるところだが、このネズミのアートが登場する映画「イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」(2010年)には、今回見つかった絵と同じように、傘とスーツケースを手に、空を見上げるようなネズミの作品の写真が登場しており、周囲のボルトの位置も防潮扉の絵と似ているという。





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さらに日本で翻訳・出版されている作品集「Wall and Piece」にも同じようなネズミの絵が掲載されているという。写真の下には「東京 2003」と記されており周囲のボルトや地面の状況も似ているが、防潮扉の絵とは左右が反転しているという。






あらためて「バンクシー映画3選」を読み解いてみよう。





■映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010)

監督:バンクシー
出演:ティエリー・グエッタ a.k.a. ミスター・ブレインウォッシュ、スペース・インベーダー、シェパード・フェアリー、ゼウス、バンクシーほか
上映時間:90分


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登場人物は、ビデオ撮影が趣味の男、ティエリー・グエッタ。ただの一般市民であったグエッタが様々なグラフィティ・アーティストと出会い、素顔を撮影するうちに、念願だったバンクシーとの接触が叶い、やがてバンクシーの密着取材をすることになったという。

いっぽう、アートの知識・技術がないティエリーはやがて、バンクシーによってアーティスト「ミスター・ブレインウォッシュ(MBW)」としての役割を与えられ、ついには個展を開くまでに至る。これはドキュメンタリーか? フィクションか? 予備知識なしに見るべき一作だという。







■映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』(2014)

監督:クリス・モーカーベル
上映時間:81分


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2013年にバンクシーが仕掛けたとある出来事が発端となったドキュメンタリー映画。

13年の10月1日、スプレー缶を手にした少年の絵がニューヨークの路上に突如出現。それから1カ月間、バンクシーはニューヨークに毎日1点ずつの作品を残し、具体的な場所を隠したまま公式サイトに投稿。その画像を見た人々はSNSを駆使し、該当作品を探し出す「バンクシー・ハント」に明け暮れた。

本作には「都市や屋外、公共の場所こそアートが存在すべき場所」「アートは市民とともにあるべき」という持論を展開するバンクシーの仕掛けにより、人々が熱狂した1カ月が収められている。

こうしてゲリラ的に作品をつくり続けるバンクシーの本当の目的はどこにあるのか? 本作からは、バンクシーの本当の「狙い」が見えてくるかもしれない一作だという。








■映画『バンクシーを盗んだ男』(2017)

監督:マルコ・プロゼルピオ
上映時間:93分


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超高額で取引されるバンクシーの作品。それらが人々に及ぼす影響力に肉迫したドキュメンタリー映画である。

発端は、紛争地区のパレスチナ・ヨルダン西岸地区のベツレヘムにあり、パレスチナとイスラエルを分断する、高さ8メートル、全長450キロを超える巨大な壁に描かれたバンクシーの《ロバと兵士》。

この絵は、パレスチナの住民たちから「差別的」と反感を買い、切り取られ、オークションにかけられることになる。本作には、バンクシーの作品がストリート・アート、法律、政治、マーケットを取り巻く諸問題を浮き彫りにしていくさまが映し出されている。









☆☆☆GGのつぶやき
超高額で取引されるバンクシーの作品。社会に対するアジテーションパフォーマンスが官能を刺激する。
「バンクシー」と名乗るアウトサイダーアート集団の仕業なのか。その正体にも興味がわく。














































































by my8686 | 2019-01-20 17:55 | ぶらぶらアート観賞 | Trackback | Comments(0)

阿弥陀への誘い

1/5(土) N新聞の「アートへの誘い」を眺めていると、ふと「仏像」の姿に感性が触れた。

そういえば、ワイフがネパールで求めた沢山の阿弥陀仏のあることを思い出す。
書斎の書棚にコレクションしている仏像のひとつを取り出して静かに鑑賞してみる。



ネパールのネワール族の手による「阿弥陀仏」である。




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阿弥陀仏については各種の解説があるが、特に「ニッポニカ」の解説が気に入っている。




あらためて、その内容を読み解いてみよう。

大乗仏教における諸仏のなかでもっとも代表的な重要な仏。阿弥陀如来ともいい、略して「弥陀」ともいう。




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この仏の信仰を中心として成立したのが浄土教である。阿弥陀という名は、もとインドにおいてはアミターユスAmityus(無限の寿命をもつ者。無量寿(むりょうじゅ))とアミターバAmitbha(無限の光明をもつ者。無量光)という二つのサンスクリット語で表されていたのであるが、それが中国に伝えられて、どちらも阿弥陀と音写された。

したがって、阿弥陀は単にアミタAmita(無量の意)を音写したものではなく、この二つの原名のいずれにも相当すると考えられている。





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中国、日本では、この阿弥陀と相並んで無量寿という意訳語もよく用いられているが、これは字義どおりにはアミターユスに相当するけれども、実際にはアミターバの訳語として用いられたことも少なくないという。






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阿弥陀仏信仰を主題とする経典としては、『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』の「浄土三部経」がある。

『無量寿経』によると、久遠の昔、世自在王仏が出現されたとき、阿弥陀仏は、法蔵比丘という菩薩であったが、無上なる悟りを得ようと発心し、生きとし生ける者を救済するための本願として四十八願をたて、五劫という途方もなく長い間修行を重ね、ついにその誓願と修行を成就して、いまから十劫というはるか以前に仏となった。






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この仏は阿弥陀仏とよばれ、ここより西方の十万億仏土を過ぎた極楽のこと。原語はスカーバティー、「楽のあるところ」の意)という世界(浄土)において、現在も教えを説いているという。

このような阿弥陀仏とその浄土については、このほかにも多くの大乗経典に関説されており、その教えはインドからアジア全域に広く流布した。
とくに中国、日本においては、念仏によって阿弥陀仏の浄土に往生して悟りを得ることを願う教えを浄土門と称し、また他力の教えともよび、仏教の一大系統を形成するに至った。






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浄土宗、浄土真宗、融通念仏宗、時宗などの諸宗派はみなこの系統に属していると言われる。









☆☆☆GGのつぶやき
ネパールのネワール族の手による「仏像」の精緻さに改めて官能が蠢く。
刀賤の理念を表した五条袈裟であろうか、下藤の紋の緻密な細工に、しばし目を奪われる。
「仏像」の精緻な文様を読み解くも、また功徳となろう。































































by my8686 | 2019-01-05 12:06 | ぶらぶらアート観賞 | Trackback | Comments(0)

安藤忠雄設計「光の美術館」+ 篠山紀信「光の情事」を読み解く

篠山紀信の「光の情事」と題した展覧会が安藤忠雄設計による「光の美術館」で開催されている。

場所は、山梨県の山中、北に八ヶ岳を眺める清春芸術村の敷地内にある。




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「光の美術館」は、人工的な照明器具はいっさいなく、灯は天井と壁のスリット状のガラス窓から入る太陽光だけという。時間や天候などによる自然光の変化に合わせて、展示スペースも刻一刻と変わっていく異質な美術館であるという。






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「写真と光はきってもきれないもの。光を、機敏に感じ取るのが写真家なんですよ」と篠山は話す。

そして、この美術館がいかに撮影場所として魅力的だったかを述べ、「空間としてはとても小さいですが、“密度”というか緊張感がある。無駄がなく、“ダレ”ている場所がない。そして、その空間に入ってくるスリットからの自然光が、情事的というか、怪しい色気のようなものを感じさせる、不思議な建物です」と語った。





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篠山の言葉を借りれば、その光と空間の“エロティックな関係”に、被写体や撮影者である篠山も交わっていく。『光の情事』というタイトルはその意味だと言う。





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今回の撮影で、篠山が意図したことは、ストロボなど人工的なライトを使わずに作品を撮ることだったという。
「レフ板で反射光を採りましたが、自然光だけ。だって安藤さんはそれを計算してこの建物を設計しているのだから」。







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そして、改めて展示された写真を見ながら、「それでもこれほどの写真が撮れてしまうのだから、やはり“安藤忠雄には才能があるなって思ってしまいます」。

安藤の建築が作る光が篠山を触発し、篠山はその光を独自のイメージに作り変える。ふたりの光に対する豊かな感性が、ここに並ぶ写真作品に織り混ざってみえる。





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篠山紀信を知ったのは、学生時代であった1970年代初期。初期の作品群『Death Valley』『Twins』『Nude』など多く傑作に魅了されたことを思い出す。






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忘れられない記憶として、1970年(昭和45年)11月25日、三島が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地内東部方面総監部の総監室を森田必勝ら楯の会会員4名と共に訪れ、面談中に突如、益田兼利総監を人質にして籠城。バルコニーから檄文を撒き、自衛隊の決起を促す演説をした直後に割腹自決した「事件」である。享年45歳。死に急ぎすぎたのか、生きて適える道も別にあったとも思われるのだが。





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☆☆☆GGのつぶやき
平成の時代が終わろうとしている。

三島の辞世の句を今一度詠んでみよう。

〈益荒男が たばさむ太刀の 鞘鳴りに 幾とせ耐へて 今日の初霜〉

〈散るをいとふ 世にも人にも 先駆けて 散るこそ花と 吹く小夜嵐〉




































































by my8686 | 2018-12-29 12:29 | ぶらぶらアート観賞 | Trackback | Comments(0)

ANOTHER FARMインスタレーション展示「Modified Paradise」

12/23(日)午前中は、我家に直送されていささか邪魔になっていた大型テーブルを次男の新居に転送搬入する。年末も押し迫り我家も晦日と正月準備のために大掃除する関係でとり急いだのである。



それはさておき、12/14日から28日まで東京都港区南青山にある「INTERSECT BY LEXUS - TOKYO」で開催されているインスタレーション展示「Modified Paradise」を読み解いてみよう。

読解にいたった動機は、いたって不純なのだが、このインスタレーションのメンバーであるアーティスト尾崎ヒロミ(スプツニ子!)の美貌に眼が止まったというわけである。





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あらためて、この紹介記事を読み解いてみよう。


進化するテクノロジーと生命倫理の問題は、2019年以降も議論を起こしそうで、2018年11月末には、中国でゲノム編集した受精卵から双子の赤ちゃんが誕生したというニュースがあったばかり。

そんな中、遺伝子組み換えのカイコから生まれる「光るシルク」を使い、テクノロジーや生命、人間のあり方について見つめ直そうというバイオアート作品が披露された。

アーティストの尾崎ヒロミ(スプツニ子!)とファッションデザイナーの串野真也によるアートユニット「ANOTHER FARM」が発表したインスタレーション「Modified Paradise」。





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初となるインスタレーション作品「Modified Paradise」は、家畜やペットとして品種改良されながら人間とともに暮らしてきたネコ、ニワトリ、ウサギの動物たちと、人間自身を象徴するドレスを立体作品として展示。動物の皮膚部分やドレスには、「光るシルク」を西陣織で紡いだ生地が使用されている。

光るシルクは、農業・食品産業技術総合研究機構が開発したもので、量産化が始まっている。カイコにクラゲの遺伝子を投入することによって、吐き出す糸を光らせることに成功したという。






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暗闇の中に浮かび上がる作品は、かわいらしくもあり、どこか不気味さも感じさせる。「私たちの倫理観とか美意識も密接に生命と関わっているからこそ、アートを通して考えたり、倫理観を問い直したり、可能性を探ったりするのも、すごく大事なステージに来ていると思う」と、尾崎は制作意図を語る。

ウサギの中には市販のおもちゃが内蔵されており、ドレスの足元を自由に動き回る。だが、フレームの外にはなかなか出られない。串野は「人間自体も、自分たちが全てのものをコントロールしているようで、人間が人間によって支配されているというか、実は動物たちと同じような立場にあるんじゃないかと、今回は作りました」と話す。







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尾崎は「『modify』には『書き換える』という意味があり、書き換えた先がパラダイスなのかそうでないのかはグレーのままだが、パラダイスの持つユートピア的なイメージ自体が書き換えられているのかもしれない」と、タイトルについて説明している。

「Modified Paradise」は、INTERSECTの1階で自由に鑑賞でき、光るシルクを使って美しい模様も織り込まれており、はっきりと見えるように特殊なグラス眼鏡も用意されている。







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西陣織の細尾は「スパイダーシルク」に興味を示し、一般公開に先駆けて13日には、尾崎ん・串野の2人と、西陣織の老舗「細尾」常務の細尾真孝によるトークセッションが行われた。ファッションなどを通じて西陣織のブランドを世界に発信している細尾は、今回の作品にも協力しているという。

ANOTHER FARMとして2人が公式の場に出るのは初めて。ユニットを組んだ経緯や、これまでの活動を振り返った。ユニット名の由来は、「別世界での生のあり方」というニュアンスも込められており、ジョージ・オーウェルの小説『動物農場』を意識しているという。





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作品のテーマについて、串野は「江戸時代にも、菊や桜など植物の品種改良は盛んに行われていた。美意識のようなところを求めていった結果、交配が増えた」と話す。

細尾は「カイコも何千年も交配を続けて、ガになったとしても飛べない。糸をつくり出すための生き物になっている」と話す。

尾崎は「今のゲノム編集を見て『うわー、こんな時代になっちゃった』と言っているけど、家畜の歴史を考えると、人間は既にずっとやってきた」と、時代とともに変わっていく倫理観の難しさを語る。

話題はANOTHER FARMの今後の展開へと広がり、細尾は、農研機構で開発されているスパイダーシルク(クモの遺伝子を組み込んだカイコの作った糸)の強度について触れ、「ぜひ宇宙も絡めて、面白い作品やプロジェクトを提案したい」と語る。

串野は「社会に対してメッセージを伝えていくような作品を作っていきたい。今後の活動に期待していただけると幸いです」と締めくくった。








☆☆☆GGのつぶやき
遺伝子組み換えによる新たな多様性を示しはじめたアートシーン。
インスタレーションの多様性と別世界にますます興味が湧いてくる。



















































































by my8686 | 2018-12-23 23:23 | ぶらぶらアート観賞 | Trackback | Comments(0)

彫刻の小道で見つけた「イブ」を読み解く

昨日の比治山散策中に見つけた彫刻の小道。
広島現代美術館から少し下った右手の階段を上って行くと、丈高い女性の彫刻が見える。



吸い込まれるほどの美しいプロポーションの女性像である。



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作品プレートに「EVE 1986 ブロンズ 船越保武」とある。





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しばらくその彫刻と対峙する。

凛とした佇まいに観る者の心を諭すかのようである。
仏像と対峙した時に感じるあの独特の静謐感。





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そのまなざしの向こうを見る。





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作者の「船越」という苗字にふと思い当たる節がある。




インターネットで「船越保武」を検索し読み解いてみる。

戦後の彫刻界を代表する彫刻家。
子息は、今や世界中で活躍する彫刻家である舟越桂。

戦後の具象彫刻の流れを汲みながら、自身が洗礼したこともあり、キリスト教に関連する作品を数々制作している。
船越の作品は、モデルを前に制作はせず、モデルの姿を記憶に残し、理想化して表現することで、不変的な想いが形になっているという。





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消え入りそうになっても「光」をみようとする、自らの生命を造形する姿勢が投影されたかのようである。





ドローイングにもその姿勢がうかがえる。




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☆☆☆GGのつぶやき
作品「EVE」との奇跡的な出会いにより、作品「聖クララ」を知り、そしてそのまなざしの向こうに「光」を見た。









































































by my8686 | 2018-11-29 14:32 | ぶらぶらアート観賞 | Trackback | Comments(0)