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DVD映画「ロング,ロングバケーション」を観る

昨日午後から定例の愛車86走行メンテナンスドライブにお気に入りの峠コースを約60km駆ける。水平対向NAエンジンを高回転域で回し続けることのできる峠コースである。完全リタイア後は、最低でも週一でしっかりと各部が完全暖機状態になるまで走ってやることにしている。官能を心地良く刺激し野生を忘れさせない良き相棒である。




それはさておき、昨夕はレンタルしたDVD映画「ロング,ロングバケーション」を観る。




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レンタル動機は、ヘレン・ミレン出演作品ということ、老夫婦によるロードムービー作品であるという2点。

監督は『人間の値打ち』などのパオロ・ヴィルズィ。原作はアメリカの作家マイケル・ザドゥリアンの小説。2017年製作。



ヘレン・ミレンとドナルド・サザーランドという2人の名優が共演し、人生の終着点を見据えた70代の夫婦が旅する姿を通し、過ぎ去った時間への慈愛や人生を謳歌する姿を力強く、ユーモラスに描いたヒューマンドラマ。





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アルツハイマーが進行中の元教授のジョンと、末期がんに侵されている妻のエラ。






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夫婦生活は半世紀を迎え、子どもたちも巣立ったことで人生の責任も果たしきり、夫婦水入らずの自分たちだけの時間を過ごすことができるようになった。






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ジョンが敬愛するヘミングウェイが暮らした家のあるキーウエストを目指し、愛車のキャンピングカーで旅に出た2人は、毎晩思い出のスライド写真でこれまでの人生を振り返りながら、ひたすら南を目指して進んでいく。








☆☆☆GGのつぶやき
夫婦ふたりきりの長旅中におこる喧噪と慈愛。物語の最後は、愛車のキャンピングカーに排気ガスを引き込んで二人で心中してしまう。
残された子供たちへのせめてもの忖度のつもりなのであろう。
人生の終着点をどう迎えることが「限りなく幸せに近い」のか。考えさせられる映画でもある。












































































by my8686 | 2019-01-19 12:57 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

DVD映画「アミスタッド」を観る

昨日夕方よりレンタルしたDVD映画「アミスタッド」を観る。



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レンタルした動機は、スピルバーグ監督作品であること、さらに第70回アカデミー賞で助演男優賞、撮影賞、作曲賞、衣装デザイン賞にノミネートされた点である。

最近、スピルバーグ監督作品の中で史実に基づいた歴史映画を観る時は、史実の歴史をある程度勉強しておく方が鑑賞時間の質をより高めると感じている。

本作も「アミスタッド号事件」についてなんらの予備知識なしに観てしまった後でいささか後悔している。





あらためて「アミスタッド号事件」について読み解いてみよう。


キューバ沿岸を航行中のスペイン籍の商船ラ・アミスタッド号では、船内のアフリカ人奴隷が反乱を起こし、船を乗っ取った。その後彼等はアメリカ合衆国ニューヨーク州ロングアイランド近辺(現モントーク岬州立公園(Montauk Point State Park))にてアメリカ海軍により逮捕、勾留された。

本事件に関連して米国で行われた裁判は、「アミスタッド号事件」として大きく注目を集め、奴隷廃止運動を前進させる結果をもたらしたという。




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1840年、連邦予審法廷は、これらのアフリカ人たちについては、もともとのアフリカ大陸からの移送が非合法であったと認定し、彼等は法的に奴隷ではなく、自由の身にあると認めた。

1841年3月9日、合衆国最高裁判所によりこれらの事項が認められ、1842年、これらのアフリカ人たちは故郷へ帰還したという史実である。



これらの史実に基づき映画は製作されている。

19世紀半ば、アフリカの大地でライオンを倒した24歳の男・シンケはひょんなことから拉致され、53人の仲間達と共にアミスタッド号に商品(奴隷)として積み込まれる。3日後、船はキューバ沖で遭難。その混乱をついたシンケ達は反乱を起こし、乗組員を次々と惨殺した。





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2ヵ月後、シンケを含む39人の生存者達は、舵取り役のルイスとモンテスに騙され、アメリカ・コネチカット州のニューヘイブンで投獄される。裁判にかけられた彼らを見た元大統領・ジョン・クィンシー・アダムズは、若い弁護士ボールドウィンの助けを借りながら、シンケ達の自由を取り戻そうとする。





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配役で印象に残るのが第6代アメリカ合衆国大統領のジョン・クィンジー・アダムズを演じたアンソニー・ホプキンスであろう。舞台で培われた卓越した重厚感、気品と知性溢れる存在感が際立っている。








☆☆☆GGのつぶやき
この手の史実に基づく作品は、特典映像で監督の意図なりスタッフのこだわり部分を知っておくことも必要である。
時間をかけて鑑賞するならば、吹替版であらすじを先に確認し次に原語版で注意深く読み解きつつ観るのも楽しみが増えて良かろう。





































































by my8686 | 2019-01-16 15:32 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

DVD映画「マダム・マロリーと魔法のスパイス」を観る

昨日夕刻からレンタルしたDVD映画「マダム・マロリーと魔法のスパイス」を観る。




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レンタルした動機は、スピルバーグが製作に関わっていることと、ゴールデングローブ賞 映画部門 主演女優賞の受賞作品という2点。2014年の米国コメディドラマ映画という気楽さもある。

監督はラッセ・ハルストレム、脚本はスティーヴン・ナイト、主演はヘレン・ミレン。



南フランスの山間の地に建つ、老舗フレンチレストラン「ル・ソール・プリョルール」。ミシュラン一つ星を誇るこのレストランを夫の死後一人で切り盛りする女主人がヘレン・ミレン演じるマダム・マロリー。




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ある日、故郷インドを追われ、ヨーロッパの地へとやって来たカダム一家が、車のブレーキの故障でマダムの町で足止めを食っていた。ふとしたきっかけでマダムのレストランの向かい側にある空き家を見つけた一家のパパは、この地でインドレストランを開くことを思いつく。

実は一家の次男のハッサンは、亡き母親からスパイスを受け継いだ料理の天才であり、満を持してオープンした「メゾン・ムンバイ」はたちまち人気店となっていった。




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だが、カダム一家の店から流れてくる賑やかなインド音楽と強烈なスパイスの匂いは、静かな雰囲気を守るマダムの店にとっては迷惑極まりないものであり、ついにマダムはカダム一家のパパと激しく言い争い、いつしか二人は険悪な関係になってしまう。

一方その頃、ハッサンはマダムの店のスーシェフ(副料理長)であるマルグリットと互いに惹かれあっていた。そしてマルグリットの勧めで、ハッサンはマダムに自身が作った料理の味を見てもらうことを決意する。

しばらくして、ついにマダムはハッサンが作った料理を口にする。その瞬間、マダムはハッサンが本物の料理の天才であると確信し、自らの店のレシピを彼に伝授することにする。

いつしか、国籍も文化も歴史も異なる二つの店は、その垣根を越えて一つになろうとしていた。




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☆☆☆GGのつぶやき
インドのアジアンティックな音楽と南フランスの牧歌的な音楽のミックス感が心地良さを奏でる。ネパールで初めて食べたカリー・プレートの定番「ダルバート」のスパイスの匂いの記憶がよみがえる。
それにしても、ヘレン・ミレンの妖艶さが年齢を経るごとに増してくるのには驚愕する。肩の凝らない楽しめる映画である。


















































by my8686 | 2019-01-15 12:30 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

DVD映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」を観る

昨日夕刻からレンタルしたDVD映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」を観る。

レンタル動機は、スピルバーグ監督作品とメリル・ストリープ主演作という二つ。ストーリーと背景については、一切の予備知識はない。


2017年製作の米国映画。原題は「The Post」である。



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スピルバーグ監督がなぜこの時期にこの映画を製作したのであろうか。そして、邦題があえて『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』となっているのか。

映画を見終わって話の内容が朧気ながらつかめる。

「ペンタゴン・ペーパーズ」とは、ベトナム戦争を分析・記録したアメリカ国防総省の最高機密文書の通称なのだが、その中身について知る日本人は少ない。
米国政府があえて「最高機密文書」とした理由についても深くは理解できていない。日本ではあえて詳しく報道されなかったと記憶している。また当時のジャーナリズムも表立って騒ぎ立てなかった事件である。




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あらためて、「ペンタゴン・ペーパーズ」について読み解いてみよう。



「ペンタゴン・ペーパーズ」 とは、当時の国際安全保障問題担当国防次官補が後の国務省軍政局長に命じて作成提出された、「ベトナム戦争とトンキン湾事件」に関する非公開の政府報告書である。

正式名称は "History of U.S. Decision-Making Process on Viet Nam Policy, 1945-1968" 「ベトナムにおける政策決定の歴史、1945年-1968年」である。


ベトナム戦争からの撤退を公約して大統領に選出されたリチャード・ニクソン政権下の1971年に作成されたこの報告書は、47巻構成(資料を含め約100万語)で、フランクリン・ルーズベルト大統領時代つまりフランス植民地時代にはじまり、フランスの撤退以降にベトナム戦争を拡大させたジョン・F・ケネディとリンドン・B・ジョンソンの両大統領政権下のアメリカ合衆国のインドシナへの政策と「トンキン湾事件」などの当時の政府による秘密工作が網羅されている。




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報告書の材料の多くは、バンディ国務次官補(前国防次官補)のファイルから出ていると言われており、ホワイトハウスの動き、つまり歴代大統領の動きはあまり盛り込まれていない。

報告書は「アメリカは不十分な手段(インドシナ半島への兵力の逐次投入)を用いて、過大な目的(共産主義のインドシナ半島全体への拡散の防止)を追求した」と結論づけているが、あくまで目的をどう追求するべきなのかどうかについては述べられていない。

特に、東側諸国や発展途上国がいうところの「アメリカの帝国主義的野心」は、少なくとも官僚レベルでは存在せず、純粋に東南アジアにおける共産主義のドミノ理論への恐怖を防ごうとした様に読みとれる。アメリカ政府は終始北ベトナム政府の共産主義的性格にのみに心を奪われ、長年フランスの植民地支配にあえいだベトナム人が持つ民族自決主義的および反植民地主義的性格を無視している様である。

また「アメリカ合衆国連邦政府は、当初「20万人規模の軍隊が必要」とされた分析を議会並びに国民に隠し、さらにケネディとジョンソンの両大統領と政府高官は、お互いの異なった思惑から、ベトナム戦争に泥沼に引きずり込まれるように介入していった過程が明らかにされている。

特に、アメリカ軍約50万人を上限とする政治的限界(予備役招集が越えられない壁だった)と、ベトナム戦争勝利への見通しがないことが明らかになった。この文書からアメリカ国民による政府に対する「信頼性のギャップ」が深まったとされる。




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映画は、この最高機密文書の存在を暴露したワシントン・ポストの2人のジャーナリストの実話を映画化した社会派ドラマである。

しかし、現在の日本において報道の自由がどこまで守られているのか、この映画を観ることで違った視点が生まれてくる。

「森友文書」などの公文書が政府の都合で都合良く書き換えられてしまう今の日本国の危うさが理解できるであろう。

そしてもう一つ重要なことは、権力との戦い方の手本を学べる映画であるということである。




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この映画の最後に「自由で抑制のないプレス(=新聞)のみが、政府の欺瞞を効率的に暴露することができる」と最高裁の判事が述べた場面をどう解釈するのか。

この一点の意味が深く理解できれば、この映画を観た「価値」はある。




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そして、自分がグラハム夫人と同じ新聞社の社主だったら、あるいはブラッドリー編集長だったらどうするのか、自分自身に問うてみることで、よりこの映画の「価値」は高まるであろう。








☆☆☆GGのつぶやき
いゃー映画って、本当に素晴らしいですね!!





































































by my8686 | 2019-01-12 15:19 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

DVD映画「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」を観る

昨夕は、レンタルしたDVD映画「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」を観る。

レンタル動機は、スティーヴン・スピルバーグ監督作品という一点のみ。




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2002年のアメリカ映画。1980年に出版されたフランク・W・アバグネイル・Jr著の自伝小説『世界をだました男』を元に製作されたドリームワークス作品である。

題名の英語は「できるもんなら捕まえてみろ」の意味で、鬼ごっこの時の掛け声だという。日本語の「鬼さんこちら」に当たるそうな。


ストーリーは、パンアメリカン航空のパイロットや医師、弁護士に偽装し(弁護士の資格は本当に取得した)、1960年代に世界各地で小切手偽造事件を起こし「天才詐欺師」と言われたフランク・W・アバグネイル・Jr(レオナルド・ディカプリオ)と、彼を追うFBI捜査官カール・ハンラティ(トム・ハンクス)の姿を、痛快かつ人間味豊かに描く。




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なお、トム・ハンクス演じるFBI捜査官カール・ハンラティは実在の人物ではなく、彼を追い、また更生の手を差し伸べた複数の人物をモデルとした創作であるという。

重厚な画面作りで評価を得ていたヤヌス・カミンスキーがコメディの撮影をし、また、劇中に1960年代のヒット曲をちりばめている。






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さらに、マーティン・シーンやナタリー・バイを始め、重要な脇役を名優でそろえてあり、フランクの父を演じたクリストファー・ウォーケンは、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされ、英国アカデミー賞では助演男優賞を受賞している。





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なお、アバグネイルは21歳で逮捕され刑に服した後、その才能を生かして詐欺防止を中心とした金融コンサルタント会社を設立。世界中に多くの顧客を抱え大成功している。

この映画では彼を逮捕したフランス警察の1人としてカメオ出演も果たした。ブロードウェイでミュージカル化も行われた作品である。










☆☆☆GGのつぶやき 
「リンカーン」の重厚な作品とは異なり、コメディ仕立ての娯楽作品である。
「天才詐欺師」が繰り出す手口の巧妙さに苦笑しつつ楽しめる映画である。


























































































by my8686 | 2018-12-21 17:09 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

DVD映画「リンカーン」を読み解く

12/20午後は、レンタルしたDVD映画「リンカーン」を観る。

レンタル動機は、スティーヴン・スピルバーグ監督作品。第85回アカデミー賞作品賞を含む12部門でノミネートされ主演男優賞とアカデミー美術賞を受賞した作品という2点。





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ストーリーは、アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーンは、 史上最も愛された大統領と言われ、常にユーモアを絶やさず、黒人を含めたすべての人々にオープンに接する人物だった。1865年1月。大統領に再選され2ヶ月が経ったが、アメリカでは4年以上に及ぶ南北戦争が未だ続いていた。リンカーンは毎晩1人で船に乗り、どこかへ向かっているという不思議な夢を見るようになる。

1862年の奴隷解放宣言で奴隷は解放されたかに思えたが、この宣言で実際に解放された者はわずかであり、この宣言は戦時中の立法措置として、戦争が終われば効力は失われることになる。




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「すべての人間は自由であるべき」と信じるリンカーンは奴隷を永久に解放するため、アメリカ合衆国憲法修正第13条を議会で可決させることを決意する。

しかし既に戦争は終結へと進んでおり、リンカーンの所属する共和党でも「これ以上犠牲者を出さないために、1日も早く戦争を終わらせるべき」との意見が強くなっていた。

戦争の犠牲と人間としての尊厳のジレンマ、反対を押し切って戦場に向かう長男ロバート、三男ウィリーを失ったことで疎遠になっていた妻メアリー・トッドに苦悩しながら、彼はある決断を下す。




あらためて、リンカーンの宗教観と哲学観について読み解いてみよう。

学者達はリンカーンの信仰と哲学について広範な話題を記してきている。
例えばリンカーンがしばしば宗教的なイメージや言葉を用いたのはその個人的信仰を反映したのか、あるいは聴衆に対するアピールの道具だったのか。彼は聖書批判の論文を記したことがあり、無宗派を生涯貫いたが、聖書には親しみ、そこから多くを引用し、内容を賞賛している。





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1840年代、リンカーンは「宿命論」を信じていた。これは人の心は高い力によって制御されることを主張する信念だった。学者の中には1850年代にリンカーンが一般的方法における「神の摂理」を認め、福音主義の言葉やイメージをめったに使わなかったと主張する者もいた。その代わりに建国の父達の共和制をほとんど宗教的な畏敬の対象にした。また歴史家の中には息子のエドワードに死なれたとき、神に縋る必要性をより多く認めたとする者もいた。

リンカーンが年を取るにつれて、人との関わりがその信条や公の表現に影響を与えるようになったのは神の意思という観念であった可能性がある。
個人レベルでは1862年2月に息子ウィリーが死んだことが答や慰めを求めて宗教に傾かせた可能性があるという。






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ウィリーの死後、1862年夏あるいは秋に、リンカーンは神の見地から戦争の厳しさが必要である理由について個人の考えを文書に記そうとした。
この時、神は「人間の争いなしに連邦を救い、あるいは破壊できただろう。しかし争いが始まった。始まってしまえば、神はいつかはどちらかに勝利をもたらす。しかし、戦いは進んでいる」と記している。

1864年4月、奴隷解放を検討する中でリンカーンは「私は事態を制御していなかったと主張するが、事態は私を制御していたと明白に白状する。今、3年間の闘争の果てに、この国の状態はどちらの側も、あるいはいかなる人も考えあるいは予測したものではない。神のみがそれを主張できる。」と記していた。

なお、リンカーンは、どの宗教を信仰しているかを公表していない。自らの信仰を公表しなかったアメリカ大統領は、数人のみである。





エイブラハム・リンカーンの名言を拾い読みしてみよう。

「あなたが転んでしまったことに関心はない。そこから立ち上がることに関心があるのだ。」

「こちらに五分の理しかない場合には、どんなに重大なことでも、相手に譲るべきだ。こちらに十分の理があると思われる場合でも、小さいことなら、譲った方がいい。」

「そのことはできる、それをやる、と決断せよ。それからその方法を見つけるのだ。」

「もし、木を切り倒すのに6時間与えられたら、私は最初の4時間を斧を研ぐのに費やすだろう。」

「君の決心が本当に固いものなら、もうすでに希望の半分は実現している。夢を実現させるのだという強い決意こそが、何にもまして重要であることを決して忘れてはならない。」





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「細道で犬に出会ったら、権利を主張して咬みつかれるよりも、犬に道を譲った方が賢明だ。たとえ犬を殺したとて、咬まれた傷は治らない。」

「私の歩みは遅いが、歩んだ道を引き返すことはない。」

「自己の向上を心がけている者は、喧嘩などする暇がないはずだ。おまけに、喧嘩の結果、不機嫌になったり自制心を失ったりすることを思えば、いよいよ喧嘩はできなくなる。」

「人間は、たとえ相手が自分の一番関心のある目標に導いてくれる指導者であっても、自分の気持ちを理解してくれない者には、ついて行かない。」

「人格は木のようなものであり、評判はその影のようなものである。影とは、我々が人の性格をどう思うかということであり、木こそが本物である。」





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「待っているだけの人達にも何かが起こるかもしれないが、それは努力した人達の残り物だけである。」

「直接会って話すのが、お互いの悪感情を一掃する最良の方法である。」

「敵が友となる時、敵を滅ぼしたと言えないかね?」

「日夜大きなプレッシャーがあるのです。笑わなければ死んでしまうでしょう。」









☆☆☆GGのつぶやき
やっと、偉人の名言・格言が心に沁みる年齢になってきた。
体制に抗い、権力に抗い、時代に抗ってきただけの人生は、振り返ることはない。











































































by my8686 | 2018-12-20 20:20 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

DVD映画「15時17分、パリ行き」を観る

昨夕は、レンタルしたDVD映画「15時17分、パリ行き」を観る。




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レンタル理由は、クリント・イーストウッド監督の2018年作品という理由のみ。
予備知識はいっさいなにもない。

映画前半は、三人の少年時代のエピソードを絡めた主人公たちの生い立ちが克明に描かれて行く。
校長室に事あるごとに呼び出されてしまう、要領の悪い少年たち。

そして、成人した二人は軍隊に入隊し、黒人青年は大学に進学。
その三人の極日常がここでも細かく描かれて行く。決して飛びぬけて優秀な兵士と言うわけでもなく、要領を得ないどこにでもいそうな青年たちが描かれて行く。





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そんなある日、休暇を利用して欧州にやってきた三人がバカンス旅行を楽しんで行くうちに、運命の「15時17分、パリ行き」の高速列車に乗り合わせる。

2015年8月21日。アムステルダムからパリに向けて高速列車タリスが発車。列車は順調に走行を続け、やがてフランス国内へ。





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ところが、そこで事件が発生する。

乗客に紛れ込んでいたイスラム過激派の男が、自動小銃を発砲したのだ。突然の事態に怯え、混乱をきたす500名以上の乗客たち。

その時、犯人に立ち向かったのが、彼等三人組だった。
なぜ彼らは、死の恐怖に直面しながらも、困難な事態に立ち向かうことができたのか……?






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2015年に起きたパリ行きの特急列車内で起きた無差別テロ襲撃事件、通称「タリス銃乱射事件」。
偶然居合わせた3人の若者は、なぜ死の危険に直面しながらも、犯人に立ち向かうことができたのか。

その真実を当事者本人が演じ、乗客までもが出演。実際起きた場所で撮影に望んだ究極のリアリティ映画を追求している。






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まだ誰も踏み込んだことのない新しい映画の可能性を、87歳になってもなお挑戦し追及し続けるクリント・イーストウッド監督が、今を生きる我々にこの映画を通じて問いかけようとしているのであろう。






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監督は、原作を読んでこの構想を思いつき、「彼らの持つリアリティをそのまま映画に採り入れたら面白いんじゃないか、彼らがリラックスして、映画で描かれる出来事を追体験すれば、プロの役者に負けないリアリティを再現してくれるんじゃないかと思った。」と言う。

究極のリアリティを出すためにその効果はあったようである。







☆☆☆GGのつぶやき
「名もなきヒーロー」を描くことで日常性の中にある「重要性」を教えてくれる映画である。
映画終了後に観た「特別映像」で実際の本人や乗客が出演していることを知る。
役者の演技では表現できない「リアリティ」の意味を垣間見れた映画でもある。





















































































by my8686 | 2018-12-12 12:12 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

「アンダルシアの犬」を読み解く

数日前、蔦谷家電を散策するなか、「勉強の哲学」を基点にジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリを経てアントナン・アルトーを知る。

そのアルトーを回帰するなか、シュールレアリスム運動に至る。その当時の傑作と評された実験的ショート・フィルム「アンダルシアの犬」に昔の懐かしい記憶が甦ってきた。この映画は、アナキズムに心酔していたブニュエルによる「映画の機能を否定した映画」として、当時の文化人から大絶賛された問題作である。




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あらためて、この内容を読み解いてみよう。

大筋で男性と女性の情のもつれを描くものの明快なストーリーはなく、冒頭の女性が剃刀で眼球を真二つにされるシーンに始まり、切断され路上に転がった右腕を杖でつつく青年、手のひらに群がる蟻など、脈略のない、だが衝撃的な謎めいたイメージ映像が断片的に描かれる。




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これらはブニュエルとダリが互いに出し合ったイメージ群であり、観客はそれらのイメージから、何かしらを感じ取る事を要求された。
初めて上映された時、ブニュエルは観客の抗議を予想してポケットに投石用の小石を詰め込んでいたという。

しかし、パブロ・ピカソ、アンドレ・ブルトン、ジャン・コクトー、マックス・エルンスト、ル・コルビュジエ、ルネ・マグリット、ポール・エリュアール、ルイ・アラゴン、マン・レイ、トリスタン・ツァラらを含む観客は拍手喝采で映画を迎え、ブニュエルはシュルレアリスト・グループへの参加が許された。

女性が目を剃刀で切られるシーンでは、ブニュエルによれば死んだ子牛の目を用いたそうである。その事実が世間に広まるまでは、豚や馬の目、もしくは死体やスタッフの手作りによるものなど様々な憶測が飛び交っていたという。




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従来の映画とはまったく異なり、原因と結果、因果関係をあらわす「プロット」というものがないのが特徴である。
「むかしむかし」というシーンから、間にあるはずの出来事やキャラクターの変化など、後につながる要素が一切ないまま、唐突に「8年後」の世界へ移動する。

鑑賞者が混乱してしまうため通常の映画ではありえないが、この映画では意図的にプロットを省いている。
その理由は、ダリとブニュエルは当時の芸術ムーブメントだったシュルレアリスム芸術の映画版を作ろうとしたからだという。

シュルレアリスムとは簡単にいえば、寝ているときに見る夢の世界を描いた表現である。夢日記を視覚化したものだといってよいだろう。そのため、この映画の構造は“物語の論理で”はなく“夢の論理”に従って制作されている。





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夢の論理を用いて映画制作する際に二人が参考にしていたのが、当時、大人気だった精神医学者ジークムント・フロイトの自由連想法やシュルレアリム表現のひとつオートマティスムである。

自由連想法とは、人が無意識下に抑圧している事をあぶりだすための精神分析治療方法の1つで、自分でも意識できない無意識の世界を表面化(意識化)することによって、心の病気の根っこを探るというもの。

自由連想法方法とはいたって単純で、特定の人物に対して心に浮かんだこと、たとえ、それが相手にとっては「全く関係のないこと」や「意味の無いこと」であっても、隠さずどんどん話すようにする。それもなるべく、考える間を与えないぐらい連続で早く告げさせる。

こうすることで、その人が無意識に抑圧されている過去のトラウマ経験や認めがたい感情、自分が隠している欲望などの断片が現れるようになる。現れたさまざまな言葉をパズルのようにつなぎあわせることによって、少しずつ意識化させていき、自分でさえ知らなかったことが分かるようになるという。

この精神分析手法を芸術の世界に持ち込んだのがシュルレアリスムの「オートマティスム」だった。ブニュエルとダリは自由連想法を使って映画の脚本を作った。そのため、映画で現れるさまざまなシンボル、たとえば「蟻」「ロバ」など、1つ1つのシンボルそのものには意味はほとんどない。





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ブニュエルによれば、映画の意味を調べる唯一の方法は、映画内に現れるシンボルをもとに精神分析を試みることだという。

冒頭の自転車のシーンで椅子に座っている女性が脇に本を投げるシーンがある。床に落ちたときに開くページの絵はフェルメールの《レースを編む女》だが、これはダリが元々フェルメールの大ファンであった理由だけで挿入されている。絵画作品でもダリはよくフェルメールに対して言及することがあったという。

ただ何を意味しているかまでは分からない。ダリの無意識の世界に沈殿しているものなのであろう。《レースを編む女》の絵が、映画全体に直接関わる伏線ということは特にない。




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同じようにロバの死骸のシーンも、ブニュエルとダリが嫌っていた児童小説作家フアン・ラモン・ヒメネスのロバの小説に言及しているものだといわれている。これも映画全体には何の関係もない。

ブニュエルの脚本では、ラストシーンでは大量のハエが群がる男女のシーンになる予定だったが、予算の都合で男性と女性のカップルがビーチを歩いたあとに、砂の中に埋もれて射殺されるシーンに変更されている。








☆☆☆GGのつぶやき
ルイス・ブニュエル監督作品で鮮明に記憶しているのは、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の『昼顔』のみである。
しかし、濃密なエロティシズムから正統文芸作、冒険、社会主義リアリズム、コメディ、ドキュメントにいたるフェティシズムの濃い多くの作品群があることを再認識する。あらためて、1950年代からカンヌ、ヴェネツィア、ベルリン、アカデミー、ゴールデングローブ等々にいたる受賞作及びノミネート作を丁寧に見直してみたいと思うのである。











































































by my8686 | 2018-12-10 10:10 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

DVD映画「ブリッジ・オブ・スパイ」を観る

12/9(日)は、レンタルしたDVD映画「ブリッジ・オブ・スパイ」を観る。
レンタル理由は、スピルバーグ監督作品を最近作から遡って観たいという理由からである。


映画自体は、U-2撃墜事件でソ連の捕虜となったフランシス・ゲイリー・パワーズの解放のために動く弁護士のジェームズ・ドノヴァン(ハンクス)を中心に描かれた実話に基づく戦争・スパイ・スリラー映画である。





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題名の『ブリッジ・オブ・スパイ』は、スパイ交換が行われたグリーニッケ橋を指す。

企画の背景は、ジェームズ・ドノヴァンが1964年に書いた『Strangers on a Bridge: The Case of Colonel Abel and Francis Gary Powers』が下敷きとなっている。

U-2撃墜事件と元西ベルリンCIAチーフのウィリアム・キング・ハーヴェイの話と金工作についての歴史背景はローリー・マクリーンによる2014年の『Berlin: Portrait of a City Through the Centuries』で公表されている。




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ブルックリン・ハイツに住み、活動していたソビエト諜報部員のルドルフ・アベルは、プロスペクト・パークで盗んだ情報のデッド・ドロップを実行。彼の逮捕と経歴については、当時ブルックリン・ハイツに居を構えていたトルーマン・カポーティによる『Brooklyn Heights: A Personal Memoir』で論じられている。

ジョン・F・ケネディの伝記『An Unfinished Life: John F. Kennedy, 1917–1963』を読んだマット・チャーマンがドノヴァンの物語に興味を持ったのがきっかけであり、『St. James Place』は、脚本を執筆したチャーマンによって初めて委任されたという。





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ドノヴァンの息子と会って彼の話を聞いた後、チャーマンはその物語を映画にしてもらうために売り込みを始め、ハリウッドにあるスタジオをいくつか訪ね、ドリームワークスの製作部門シニア・バイス・プレジデントのジョナサン・アイリックと会い、後日同社の創始者であるスティーヴン・スピルバーグが興味を示し、監督に決まったという。

マーク・プラットとクリスティ・マコスコ・クリガーはスピルバーグと共同でプロデューサーを務め、またジョエルとイーサン・コーエンがチャーマンのオリジナル脚本を改訂している。





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2014年6月、フォックス2000ピクチャーズはディズニーとフォックで配給権を分割することを共同出資のドリームワークスとパーティシパントと合意し、2015年3月3日、『ザ・デイリー・ペンシルベニアン』のインタビューでプラットは『St. James Place』のワーキングタイトルで撮影された本作の正式題を『Bridge of Spies』であることを明らかにしている。

批評家の反応は、賛否両論ある。称賛派は、ハリウッドの古典的な冷戦スパイ・スリラーの手法に新しい生き方を見つけだしたとしている。否定派は、退屈かつ驚くほど緩慢な映画と酷評している。






☆☆☆GGのつぶやき
「ミュンヘン」で感じた感動を期待して観ると裏切られる映画である。事件の背景を知らずに観ると単なる「退屈かつ驚くほど緩慢な映画」にしか観えまい。























































































by my8686 | 2018-12-09 22:10 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

アントナン・アルトーとジェルメーヌ・デュラック監督『貝殻と僧侶』を読み解く

12/7(金)曇り。

夕刻から山間部では小雪がちらつくとの天気予報のため、ワイフのラパンを冬タイヤに交換する。
中腰で腰を痛めぬよう用心しつつの作業となる。



それはさておき、一昨日の書店散策で気になったドゥルーズとデリダの流れから「アントナン・アルトー」と「ジェルメーヌ・デュラック監督『貝殻と僧侶』」を読み解いてみよう。




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アントナン・アルトーは、フランスの俳優・詩人・小説家・演劇家である。(Antonin Artaud, 1896年9月4日 - 1948年3月4日)

バーチャル・リアリティ(virtual reality)という単語は元々アルトーが造語した芸術用語だが、「バーチャル・リアリティの父」と呼ばれるジャロン・ラニアーらにより仮想現実を意味する言葉として援用された。

その思想はドゥルーズやデリダに影響を与え、彼の演劇論はピーター・ブルックらに受け継がれている。





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1924年、シュールレアリスム運動に加わるも、ブルトンと衝突し1928年に除名されている。
『NRF』誌のリヴィエールとの交信は有名でアルフレッド・ジャリ劇場を創設し、身体演劇である「残酷劇」を提唱し現代演劇に絶大な影響を与えたことでも知られている。

1920年代後半には映画に関わる仕事が続き、アベル・ガンス監督の超大作映画『ナポレオン』(1926年)出演(ジャン=ポール・マラー役)に続いて、サイレント映画の最高峰と評されるカール・ドライヤー監督の『裁かるゝジャンヌ』(1927年)に出演(修道士ジャン・マシュー役)。また同じ時期にジェルメーヌ・デュラック監督『貝殻と僧侶』(1927年)の脚本を書いている。

1936年、アイルランド旅行中に精神病院に収監され、1947年に退院するが、その体験を後に告発している。
『ヴァン・ゴッホ』でサント=ブーヴ賞受賞。




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ジェルメーヌ・デュラックは、フランスの映画監督であり初期の映画理論家である。(Germaine Dulac、1882年11月17日 アミアン - 1942年7月20日 パリ)





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アントナン・アルトーの脚本をもとに『貝殻と僧侶』(1928年)を監督したことで知られる。同作は、ルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリの共同監督作『アンダルシアの犬』(1929年)よりもわずかに早く公開された「最初のシュルレアリスム映画」であるとクレジットされている。

1915年、32歳のとき、戦争を舞台にしたサイレントの劇映画『Les Soeurs ennemies』を演出し、映画界に進出、以来、1929年までの14年間で28本の映画を連続的に発表。日本でも公開されたイワン・ペトロヴィッチ主演の『女優の心』(1925年)には、映画理論家で映画監督のルイ・デリュックの妻エーヴ・フランシスも出演している。





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1928年2月9日、45歳のとき、シュルレアリスムの劇作家アントナン・アルトーが脚本を執筆した『貝殻と僧侶』がパリでプレミア上映される。同作は、日本では1933年に公開されている。

1929年発表の『Étude cinégraphique sur une arabesque(アラベスクについての映画的習作)』と、遺作となった1934年の『Je n'ai plus rien(私にはもうなにもない)』では、トーキー映画を手がけている。遺作はパテ社の出資による、歌手フレエル主演の音楽映画である。






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1942年7月20日、パリで死去。59歳没。没後63年が経った2005年、シネマテーク・スイスが『ほほえむブーデ夫人』を修復し世界配給を行っている。







☆☆☆GGのつぶやき
『アンダルシアの犬』なんとも懐かしい映画名である。
1970年代の学生時代に「季刊FILM」というかなり尖った映画専門誌があった。
編集委員は、粟津潔や飯村隆彦、武満徹、勅使河原宏、中原祐介、松本俊夫、山田宏一といった錚々たるメンバーだった。
総体的な映画運動を目的として、実験映画やエクスパンデッド・シネマ、アヴァンギャルド、ヌーヴェル・ヴァーグ、独立プロダクション系日本映画、アニメーション、非欧米映画など社会的メディアとしてのヴィデオ・アートやTVメディア論にも言及し、その射程はきわめて広範なものだったことを思い出す。まるで熱に魘されるような熱い時代でもあった。




































































by my8686 | 2018-12-07 16:43 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)