カテゴリ:たかが映画、されど映画( 58 )

DVD映画「タンポポ」を観る

土曜日早朝、レンタルしたDVD映画「タンポポ」を観る。




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先々週から観ていなかった伊丹十三監督作品を連続してレンタルしている。
きっかけは、オフィスの古いファイル整理から出てきた一枚のグラビア写真。伊丹十三が猫を抱いて黒い絨毯バー風の居間に座っている写真。飄々とした佇まいが気になる役者でもあった。

映画「タンポポ」は、1985年の日本映画。伊丹十三の脚本・監督による「ラーメンウエスタン」と称したコメディ映画。売れないラーメン屋を立て直す物語である。






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今あらためて見直すと、その錚々たる出演者たちの顔ぶれに驚愕してしまった。

山崎努、宮本信子、渡辺謙、役所広司、安岡力也、加藤嘉、桜金造、大滝秀治、黒田福美、岡田茉莉子、橋爪功、大犮柳太朗。なんとも贅沢な俳優たちである。





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映画のモデルとなったラーメン店は、東京荻窪の「佐久信」で『愛川欽也の探検レストラン』でのストーリー(荻窪ラーメン)を下書きにしたとされる。

本筋は売れないラーメン屋を立て直す物語だが、途中本筋とはまったく関係ない食にまつわるエピソードが大量にちりばめられて相当部分を占めている。
これらは、時にはすれちがう人物をカメラが追いかけていくような形で、時には何のエクスキューズもなしに突然挿入される。

ヤクザ風の白服の男は冒頭でカメラに向かって口上を述べたあと、本筋との関係も全く説明されないまま、繰り返し登場。スケッチ集とも取れる自由自在な作り方となっている。






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それとは別に京都の「珍元」がモデルとする説も根強い。珍元には伊丹と宮本のサインが飾られているという。
撮影は「春木屋」軽井沢店で行われた。

ラストは人間にとって「人生最初の食事」とも言うべき授乳のシーンで終わる。








☆☆☆GGのつぶやき
日本では興業的には成功しなかったというが、色と食、生と性の絡ませ方がゴダール的で今観ても斬新である。
当時としては、少し早すぎたのであろう。
生卵の口移しの濃厚感や生牡蠣と血と若い海女の絡ませ方も官能的である。
この路線に特化した伊丹流の官能作品も観れたらと、今更ながらに悔やまれる。




































































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by my8686 | 2018-10-27 10:26 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

DVD映画「マルタイの女」を観る

昨日は、豊平どんぐり村で開催された「FIRE&BIKERS CAMP MEETING 2018」に知人がライブ演奏出演するということで、見学がてら秋を堪能しに愛車86を駆る。各地から集まったバイカーたちもヘロヘロになりながらも夜通しテントを張って飲み会ミーティングで盛り上がったようである。久しぶりに秋の星座も堪能できた夜であった。



そんなこんなで日曜日早朝は、DVD映画「マルタイの女」を観る。

伊丹十三監督の遺作となった作品である。「マルタイ」とは警察用語で捜査や護衛の対象になる人間を指し、本作では護衛対象者を指す。
『ミンボーの女』公開後の、伊丹監督へ対する山口組系後藤組構成員による襲撃事件で、自身が「マルタイ」になった経験がヒントになった作品だという。





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殺人犯の信者が所属する「真理の羊」は、公開2年前に社会問題となったオウム真理教によるオウム真理教事件がモチーフとなっている。


殺人事件の現場を目撃してしまった女優が、身辺保護の刑事に守られながら困難を乗り越え、裁判で証言台に立つまでの姿を描いた社会派コメディ仕立てとなっている。

伊丹監督としては第10作目だったが、映画が公開された後の97年12月20日に突然の謎めいた飛び降り自殺をしてこの世を去ったため、同時にこれが遺作ともなった。


撮影は「スーパーの女」の前田米造が担当。主演は伊丹映画全作品に出演している「スーパーの女」の宮本信子。
共演に「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」の西村雅彦、「さすらいのトラブル・バスター」の村田雄浩ほか。「ラヂオの時間」と併せて西村が本作でキネマ旬報助演男優賞を受賞している。





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秀逸なのは、ヒロインの不倫相手役である津川雅彦が某宗教団体の悪役どもに詰め寄られ、最後に拳銃で撃ち返すシーンであろう。





津川は、映画のワンシーンのように引出しから拳銃を取り出し、問答無用と三下たちを射殺しながら喋る台詞がカタルシスに満ち満ちているのである。




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「お前達は馬鹿だから、知らないだろうが、年寄りには2種類あるんだ。何時までも生きていたい年寄りと何時死んでもいいと思っている年寄りだ」


 津川はそう言いながら、二人目の三下の眉間に銃弾を撃ち込みつつ、さらに言葉を続ける。


「世の中には馬鹿が多い。お陰で拳銃も簡単に手に入るようになったし、人生気持ち良く幕が引ける」

「まだ、ひょっとして助かると思ってるな。人生は実に中途半端だ。そう、道端のドブのようなところで」と喋ったところで、相手のボス格を射殺し、「突然、終わるもんだよ」と言いながら、最後は自分のこめかみに銃弾をブチ込んで自害するのである。




伊丹十三自身もこのシーンを撮り終えた後に謎の死をとげている。伊丹十三自身、何時死んでもいいと思っている年寄りであり、人生を中途半端に終わらせたくなかったのであろうか。





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謀殺説も未だに根強く、十分説得力を持つのだが、その真相を知らされたと思われる夫人の宮本の口からは、いまだ公にはされてはいない。









☆☆☆GGのつぶやき
伊丹監督が生きていれば、現在の「憲政史上最悪の国会」にした 安倍政権「7つの大罪」をどのように描いたであろうか。
惜しい才能ある監督を亡くしたものである。




























































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by my8686 | 2018-10-21 12:15 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

DVD映画「ミンボーの女」を観る

土曜日早朝は、レンタルしたDVD映画「ミンボーの女」を観る。

レンタルした動機は、先々週から始めたオフィスのファイル整理から出てきた一枚のスクラップ写真がきっかけとなった。
それは、伊丹十三が猫を抱いて座っている居心地良さそうな絨毯バー風の居間の風景である。

さらに、伊丹作品の中でまだ観ていない作品であることと、伊丹十三の死因と噂された民事介入暴力というテーマ性である。





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あらためて、その内容を読み解いてみよう。


『ミンボーの女』は、1992年の日本映画。ヤクザの民事介入暴力をテーマとする作品。公開2ヶ月前に「暴力団対策法」が施行されており、世間の注目を浴びて大ヒットを記録した。





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ヤクザにゆすられ続けるホテル・ヨーロッパ。ヤクザの脅しに屈して簡単に金を出してしまう体質から日本中のヤクザが引っ切り無しに訪れるようになり、危機管理の甘さを露呈し、外務省からサミットの会場の招致も断られてしまう。この状況を打開すべく、総支配人の小林は経理部の鈴木勇気、ベルボーイの若杉太郎の二人をヤクザへの対応役として任命。

しかし、何の知識もない二人はヤクザを追い出すどころか火に油を注ぐ結果となり、ますますヤクザの恐喝を悪化させてしまう。見かねたホテルの幹部はついに外部からプロを雇うことになる。それが民事介入暴力(民暴)を専門とする弁護士、井上まひるであった。






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まひるはヤクザ相手に経験と法律の知識を武器に堂々と立ち向かい、港町警察署刑事課暴行犯係長の明智刑事に協力してもらいながら、鈴木と若杉に「ヤクザを怖がらない」ことを教え、二人は徐々に勇気を持つようになった。そんな中、小林はゴルフ場で知り合った入内島という男性に誘われるがまま賭けゴルフをしてしまう。しかし実は、入内島はヤクザ組織の中心人物であり、賭けゴルフをきっかけとして総支配人に仕掛けたスキャンダルの罠をネタに莫大な金をせびろうとする。






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なかなか脅迫に屈しないホテルに対して入内島らは街宣車を送り込むなどの嫌がらせを行う。これらの嫌がらせに対抗するためにまひるたちは裁判所がヤクザ事務所に対して不作為の仮処分を申請し決定したのであるが、まひるが若杉の身代わりになってヤクザが差し向けた鉄砲玉の襲撃を受ける。怒りに燃える若杉は鉄砲玉を打ちのめすが、刺されたまひるは出血多量で病院に担ぎ込まれてしまう。






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まひるが病院で生死の境にあるとき、入内島らヤクザは彼女の不在を幸いとして大挙してホテルに乗り込んでくる。まひるなしで交渉に臨む鈴木と若杉・小林であったが、既に彼らは以前の臆病な三人ではなく、決して脅しに屈することをせず、逆に恐喝の言質を取ることに成功する。ヤクザたちは恐喝の現行犯で待機していた明智刑事率いる警官隊によって一網打尽となった。





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回復し杖をつきながらもホテルを訪れるまひる。そこにヤクザの大親分が大勢の手下を連れてホテルへと入ってくる。しかし鈴木・若杉とホテルの従業員たちはヤクザたちの前に毅然と立ちはだかり、これまでの知識と経験を総動員させ親分たちのホテルの利用をきっぱりと断りつけた。大親分は彼らの姿に薄笑いを浮かべた後、黙ってホテルを去るしかなかった。飛び上がって喜ぶ一同。ホテル・ヨーロッパの成長した姿がそこにあった。





MEMO

「暴力団対策法」が1992年(平成4年)3月1日に施行され、山口組、稲川会、住吉会など22の暴力団が、本法による指定暴力団とされている。
これにより、暴力団員の数は減少し、暴力団事務所の撤去も進み、対立抗争事件数も減少し、その継続期間も短縮化し、暴力団員による資金獲得活動も困難になった。

本法の施行の結果、暴力団の活動が法律に触れぬように巧妙になり、一般企業社会への進出や組織擬装が増加するなど、組織の不透明化・地下組織化・マフィア化が進んだ。また、組織犯罪の国際化や、暴力団の寡占化や政治的殺害も進むことが懸念されていた。

しかし、現在では暴力団排除条例が全国の都道府県、市区町村で施行されていることにより、暴力団員側または暴力団関係者側、事業者側ともに就職、取引、契約、借金、銀行口座の開設、部屋の賃貸などが禁じられているため、暴力団員が一般社会に進出することはできない状況にあるという。

実際に条例違反に関する事例もわずかなことからして、暴力団員が一般社会へ進出していることは、ほぼあり得ないのが現実である。







☆☆☆GGのつぶやき
次回作として想定される組契約の悪徳弁護士とミンボーとの壮烈な戦いぶりが観れなくなってしまった。
日本の警察権力とロシアンマフィアやチャイナマフィアとの抗争劇も観れたであろうが、今となっては悔やむしかあるまい。














































































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by my8686 | 2018-10-20 12:01 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

DVD映画「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」を観る

体育の日に相応しく陽射しが気持ちの良い休日となる。昼からは、久しぶりにロードバイクランを愉しもう。





さて、三連休最終日の早朝は、DVD映画「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」を観る。



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レンタルした動機は、近代建築の巨匠ル・コルビュジエと南フランスのカップ・マルタンに建つヴィラ<E.1027>。


1920年代、のちの近代建築の巨匠ル・コルビュジエは、気鋭の家具デザイナーとして活躍していたアイリーン・グレイに出会う。
彼女は恋人の建築家、評論家ジャン・バドヴィッチとコンビを組み、建築デビュー作である海辺のヴィラ<E.1027>を手掛けていた。

陽光煌めく南フランスのカップ・マルタンに完成したその家はル・コルビュジエが提唱してきた「近代建築の 5 原則」を具現化し、モダニズムの記念碑といえる完成度の高い傑作として生みだされていた。当初はアイリーンに惹かれ絶賛していたル・コルビュジエだが、称賛の想いは徐々に嫉妬へと変化していく…。





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長らく建築史から覆い隠されてきた「壁画事件」。幻の邸宅が辿った数奇な運命──。


ル・コルビュジエには生涯で唯一、その才能を羨んだと言われる女性がいた。彼女の名はアイリーン・グレイ。

2009年にクリスティーズで行われた『イヴ・サンローラン&ピエール・ベルジェ・コレクション 世紀のオークション』において史上最高額(約28億円)で落札された椅子<ドラゴンチェア>を手掛けたことでも知られるアイルランド出身の女性デザイナー・建築家である。





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南仏の海辺に立つ彼女の別荘<E.1027>はモダニズム建築市場に残る傑作とされるが、そこは長く近代建築の巨匠ル・コルビュジエの作とされ、アイリーンの存在は歴史の影に覆い隠されてきた。

そこには光り輝く才能を発揮するアイリーンに対する、ル・コルビュジエの密やかな嫉妬と欲望が絡まりあう、知られざる愛憎のドラマがあった。





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時代を超え、後世に影響を与え続ける二人のアーティストの人生を、実際の建築や家具などを用いながら眩しい映像美でつづった本作。

アイリーン・グレイをBBCの人気ドラマ「MISTRESS<ミストレス>」のオーラ・ブラディ、ル・コルビュジエを『インドシナ』のヴァンサン・ペレーズ、グレイの恋人の一人で、当時フランスで名を馳せた歌手のマリサ・ダミアをアラニス・モリセットが演じている。





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因みに、《E1027》という名前は、グレイとバドヴィッチの関係を示す暗号になっている。Eはアイリーン・グレイのイニシャルのE、10はジャン・バドヴィッチのJ(アルファベットの10番目)を意味し、同じように2はBを、7はGを表している。

二人の寝物語から導き出されたヴィラ<E.1027>。




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マクガキアンと映画製作チームは、2014年にこの家で撮影を行う許可を得たが、その条件として修復プロジェクトにも関わることとなった。
その際に、グレイが手がけた数々のデザインにふれ、そのディテールに圧倒されたと言う。





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☆☆☆GGのつぶやき
映画としてのストーリー性は二の次として、アイリーン・グレイの感性の鋭さに驚愕する。
近代建築の巨匠ル・コルビュジエがその才能に狂気し嫉妬したという理由が読み取れる映画である。





































































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by my8686 | 2018-10-08 13:29 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

DVD映画「スリー・ビルボード」を観る

三連休2日目の早朝、レンタルしたDVD映画「スリー・ビルボード」を観る。



2017年の米国で公開されたドラマ映画。監督はマーティン・マクドナー、主演はフランシス・マクドーマンド。

第74回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に出品され、最高賞である金獅子賞こそ逃したものの、マクドナーが脚本賞を受賞するなど高い評価を得た。

また、第90回アカデミー賞では作品賞、脚本賞、作曲賞、編集賞など6部門で計7つのノミネートを受け、主演女優賞(フランシス・マクドーマンド)と助演男優賞(サム・ロックウェル)を受賞している。




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レンタル動機は、アカデミー賞主演女優賞、助演男優賞受賞のゴールド文字と3枚の広告看板の意味に興味が湧いた。



小さな田舎町で繰り広げられる衝撃のクライム・サスペンス。その看板広告(ビルボード)は、嵐の前触れだった——。

アメリカのミズーリ州の田舎町を貫く道路に並ぶ、3枚の広告看板。そこには、地元警察への批判メッセージが書かれていた。




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7カ月前に何者かに娘を殺されたミルドレッドが、何の進展もない捜査状況に腹を立て、警察署長にケンカを売ったのだ。署長を敬愛する部下や、町の人々から抗議を受けるも、一歩も引かないミルドレッド。町中が彼女を敵視するなか、次々と不穏な事件が起こり始め、事態は予想外の方向へと向かい始める……。

娘を殺された母親が選んだのは、道路沿いの看板に怒りのメッセージを掲載することだった。一見すれば突飛な設定だが、本作で描かれているのは、誰しもに起こりうる“可能性”、そして前に進もうと懸命に「もがく」ありのままの“人間”の姿。





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誰も思いつかなかった設定ながら、誰もが共感し、突き動かされる……私たちに眠る“生の感情”を照らし出す本作を、映画のプロも絶賛!という売り出し文句に魅かれた。





さらに、厚木の某ミニシアターの支配人のブログから読み解いてみよう。


映画『スリー・ビルボード』の原題は「Three Billboards Outside Ebbing, Missouri」。タイトルの中に「Missouri」という地名が入っている。

本作の舞台となる町 Ebbingは架空の町だが、Missouriはアメリカの中西部に実在する州。そして、このミズーリ州が舞台になっていることが、『スリー・ビルボード』においてとても重要な意味をもっている。




ポスターの中央にもミズーリ州のカタチがはっきりと刻まれている。



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ミズーリ州は、保守的な気風が漂う田舎町、白人が多く住んでおり、いまだに人種差別が根強く残る地域でもある。丸腰の黒人青年が白人警官に射殺される事件が起き、全米が騒然となった。

その一方で、ミズーリ州に住む白人もまた差別される対象となっている。ミズーリ州の白人の大半は、高所得層や中産階級のエリート層ではなく、低賃金の労働者。アメリカの経済成長から取り残されてしまったミズーリ州の人々は「ヒルビリー」と呼ばれ、蔑まれる存在でもある。

ヒルビリーとは、ミズーリ州やヴァージニア州などの山地(ヒル)に暮らす人々を指す言葉で、そこに住む多くが白人であることから、転じて白人の田舎者を揶揄する言葉となっている。

彼らヒルビリーは、トランプ政権の支持基盤とも言われ、映画では「貧しく劣等感を抱えた存在」としてネガティブに描かれることが多く、西海岸のエリート層であるハリウッドの人々から見れば侮蔑の対象でもある。





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そんな差別を受ける彼らが、リベラルを敵視するトランプ政権を支持するのも、ある意味では当然と言えるのかもしれない。

『スリー・ビルボード』は、ハリウッドが蔑み続けてきた彼らを“人間”として扱っている映画である。ディクソンのような人間もまた、成長し変わり得る存在だと示唆している。

敵対していたはずのミルドレッドとディクソンは、ボタンの掛け違えの果てに、奇妙なカタチで結託する。

2人の出した結論は、ある意味で「白いゴミ」らしい乱暴で身勝手なものかもしれないが、彼らの抱えるやり場のない怒りを端的に表しているのではないだろうか。




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こうしたアメリカリベラルの自己批評的な視点を持った作品を、イギリス出身のマーティン・マクドナー監督が作ったという事実もまたひとつの皮肉に感じられる。

多様性を重んじるハリウッドやリベラルメディアが長年見落としていたものを、この映画は見事にすくい取り、我々に見せてくれた秀作と言ってよかろう。








☆☆☆GGのつぶやき
日本にもかつて「部落」という蔑み続けられた「特異な地域」の「特異な身分制度」があった。猜疑心と穢多根性と社会への反抗心の強い地域の集団である。

その起源は、1877年に勃発した西南戦争まで遡らねばなるない。当時の明治政府の薩摩武士を相手に多額の軍費を使い、不換紙幣を乱発したために起った部落貧困化である。貧困が生む差別意識は、どの国のどの地方にも起こりうる、人間の「負の業」である。














































































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by my8686 | 2018-10-07 23:23 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

DVD映画「キングスマン: ゴールデン・サークル」を観る

三連休初日の土曜日早朝、台風25号の進路を気にしながらレンタルしたDVD映画「キングスマン: ゴールデン・サークル」を観る。





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2017年制作の英・米のアクション映画。『キングスマン』の続編だというが、前作は観ていないので予備知識はない。




あらためて、前作を読み解いてみよう。


『キングスマン』(Kingsman: The Secret Service)は、2014年のイギリス・アメリカ合衆国のスパイ映画。

原作はマーク・ミラーとデイヴ・ギボンズ(英語版)によるコミック『キングスマン:ザ・シークレット・サービス(英語版)』。





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同じくミラー原作の映画『キック・アス』を監督したマシュー・ヴォーンが監督を務めた。

主演はコリン・ファース。どの国にも属さない世界最強のスパイ機関「キングスマン」の活躍と亡き父の後を継いでキングスマンのスパイとなる道を選んだ青年の成長をユーモアを交えて描いた作品である。2014年12月に開催された映画鑑賞マラソンイベント「Butt-Numb-A-Thon(英語版)」で初上映されている。

ロンドンのサヴィル・ロウにある「キングスマン」は表向きは高級テーラーだが、実は、どこの国にも所属せずに、難事件・テロリズムを解決するスパイ組織「キングスマン」の拠点であった。

海兵隊を辞めて無為に日々を過ごす若者エグジーことゲイリー・アンウィンは、チンピラ相手のつまらないいさかいで逮捕され、組織の正体を知らぬまま「キングスマン」に保釈の面倒をみてもらった。エグジーの父(リー・アンウィン)は「キングスマン」の候補生だったが、17年前に殉職したのだ。





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「キングスマン」のメンバーで、かつてリーに命を救われたハリー・ハートは、エグジーの頭脳と身体能力に目を止めて、エグジーを候補生としてスカウトした。家柄の良い候補生たちと共に過酷な試練に耐え、最終試験まで残るエグジー。しかし、合格したのは紅一点のライバル ロキシーだった。

一方、ハリーは人類の存亡に関わる巨大な陰謀を追っていた。この件にヴァレンタインという富豪の実業家が絡んでいることを突き止めるハリー。だが、ハリーは道半ばでヴァレンタインに射殺された。「キングスマン」の内部にも、ヴァレンタインのシンパがいることに気付くエグジー。信用できるのは、指導教官マーリンとロキシーだけだった。

ハリーの仇を取るために、ロキシー達と共にヴァレンタインに戦いを挑むエグジー。ヴァレンタインの秘密基地に潜入したエグジーは、激戦の末に勝利を手にするのだった。






それから一年後、世界最強のスパイ機関、キングスマンのエグジーは一流エージェントに成長していた。





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だがある日、謎の組織ゴールデン・サークルからの突然の攻撃により、キングスマンの拠点は壊滅。生き残ったエグジーとメカニック担当のマーリンは、同盟機関に協力を得るためアメリカへ向かう。

表向きはバーボン・ウイスキーの蒸留所を経営するコテコテにアメリカンなスパイ機関、ステイツマンと合流した2人は、彼らのNo.1エージェントと共に組織の行方を追い始める。

一方、ゴールデン・サークルは、世界中の麻薬使用者を人質にした驚愕の陰謀を始動させていた…。果たして、エグジーたちはその陰謀を阻止することができるのか⁉








☆☆☆GGのつぶやき
きれっきれのアクションが荒唐無稽でそれなりに楽しめる。
英国紳士のファッションとクラシックスポーツカー「ジャガーEタイプ」も登場する。
肉裂き器に投げ込むシーンは、滑稽にしてバイオレンス満点。
理屈は二の次。バカバカしさが楽しい娯楽作品である。

































































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by my8686 | 2018-10-06 11:27 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

DVD映画「殺意の誓約」と「ジャコメッティ」を観る

台風24号到来の日曜日の早朝と午後の2回に分けて、DVD映画2本を観る。



1本目は、アイスランド・アカデミー賞で13部門ノミネート6部門受賞を果たしたサスペンススリラー「殺意の誓約」。



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監督・脚本・製作・出演が『2ガンズ』『エベレスト 3D』などのバルタザール・コルマウクル。

その娘役にドラマシリーズ「ダ・ヴィンチと禁断の謎」などのヘラ・ヒルマーが出演。




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天才医師が仕かけた完全犯罪の行方をアイスランドで描いている。
順風満帆な生活を送る外科医が、娘とドラッグに関係する恋人を引き離そうとしたことから思わぬ事態に陥る。

純白の雪原を捉えた荘厳なビジュアルが、緊迫した物語を彩る。





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2本目は、「ジャコメッティ 最後の肖像」。

「シャイン」のオスカー俳優ジェフリー・ラッシュと、「君の名前で僕を呼んで」でゴールデングローブ賞候補となったアーミー・ハマー、実力派2人の共演が実現した作品である。




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2018年1月5日から全国公開され、東京でのメイン上映館は、直近では「女神の見えざる手」「ノクターナル・アニマルズ」を上映し、「良作を上映する劇場」として熱い支持を受けるTOHOシネマズシャンテ。新年初映画となった“シャンテ印”の上質な芸術作品なのだそうだが、はたしていかほどのものなのか。

「恋におちたシェイクスピア」「英国王のスピーチ」「鑑定士と顔のない依頼人」などで味わい深い名演を披露しつつ、海賊役も難なくこなす大御所ジェフリー・ラッシュが、今度は希代の芸術家アルベルト・ジャコメッティを演じる!

受けて立つのは、「ノクターナル・アニマルズ」「君の名前で僕を呼んで」で存在感を発揮し、オスカーも射程圏内といわれる美形俳優アーミー・ハマー。





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“動”のラッシュと“静”のハマー、新旧演技派の究極の手合わせが堪能できる。


ラッシュの演技力は誰もが知るところだが、その最大の武器は役への執念にある。本作では外見から役に近づけるため試行錯誤を繰り返し、話し方やシルエットから本人になりきった。身長や筋肉量にもこだわり、完璧を求めるラッシュの姿勢は、まさに孤高の彫刻家ジャコメッティそのものといってよい。





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「ソーシャル・ネットワーク」でデビッド・フィンチャー、「J・エドガー」でクリント・イーストウッドの薫陶を受けたハマーが、ジャコメッティの肖像画のモデルを引き受けた作家役に挑戦。巨匠を迎え撃つ知性派キャラクターを堅実かつ抑えた演技で丹念に表現し、作品の手綱を握る。









☆☆☆GGのつぶやき
アイスランドの荒涼とした雪景色が良い。外科医の乗るロードバイクとボルボステーションワゴンがいい雰囲気を出している。
「ジャコメッティ」の全体を通したグレートーンの効果が良い。アトリエの雑然とした空気感も良い。
学生時代に覗いた美術科の教室の絵具の匂いの記憶が脳裏を過った。













































































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by my8686 | 2018-09-30 18:11 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

DVD映画『婚約者の友人』を読み解く

三連休最終日の月曜早朝、レンタルしたDVD映画『婚約者の友人』を観る。


2017年フランス、ドイツ合作映画である。原題は、Frantz。

監督は、「8人の女たち」のフランソワ・オゾン。

エルンスト・ルビッチ監督作「私の殺した男」の原作としても知られるモウリス・ロスタンの戯曲を大胆に翻案してオリジナルストーリーとして昇華させ、モノクロとカラーを織り交ぜた美しい映像で描いたミステリードラマとなっている。





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第1次世界大戦後のドイツを舞台に、戦死した青年の友人を名乗る男性と、残された婚約者や遺族の交流を描く人間ドラマである。
エルンスト・ルビッチ監督作『私の殺した男』の基になった戯曲を、フランソワ・オゾン監督がアレンジ。

『イヴ・サンローラン』などのピエール・ニネが、婚約者の友人を演じる。

ヒロインにオーディションで選ばれたパウラ・ベーアが扮し、第73回ベネチア国際映画祭でマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞している。





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1919年のドイツ。婚約者のフランツが戦死し悲しみに暮れるアンナ(パウラ・ベーア)は、フランツの墓に花を手向けて泣いているアドリアン(ピエール・ニネ)と出会う。フランツと戦前のパリで友情を育んだと語る彼に、アンナとフランツの両親は次第に心を開いていく。やがてアンナがアドリアンに婚約者の友人以上の感情を抱いたとき、彼は自らの秘密を明かし……。

フランソワ・オゾンが初めて戦争を題材にした本作は、エルンスト・ルビッチが1932年に映画化したBroken Lullabyと同じ戯曲を元にしているものの、ほとんど別物となっている。




あらためて、女性の視点からの評論を読み解いてみよう。


ドイツ出身のルビッチがフランス人の青年の視点から描いたのに引き換え、オゾンは恋人を失ったドイツ人女性の立場から描き、後半も大胆に書き変えている。それぞれが他国のキャラクターに寄っているのが面白いが、オゾン版は残された婚約者の視点に添うことで、ミステリーと恋愛ドラマの要素を膨らませている。





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第一次大戦の傷跡が色濃く残るドイツの田舎町で、身寄りのないアンナ(パウラ・ベーア)は、亡き婚約者フランツの両親と暮らしていた。ある日フランツの墓で見かけた、見知らぬ男が訊ねてくる。アドリアン(ピエール・ニネ)と名乗るこのフランス人は、フランツが戦前パリに留学していたときの友人だという。彼がためらいがちに語るフランツの思い出に、癒される家族たち。だがその気持ちがアンナのなかで次第に恋愛感情に変わる頃、アドリアンの秘密が明かされる。

モノクロの映像もオゾン映画では新鮮である。しかも、全編モノクロで通すのではなく、ヒロインの心情表現にカラーを織り交ぜる手法は新鮮でさえある。






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アンナがアドリアンと散歩をしながら語り合うとき、洞窟を抜けて湖に出るとともに、あたかも彼らが新世界に足を踏み入れたかのように色彩がふたりを包む。水に濡れたアドリアンの裸体から立ちのぼるそこはかとない色気に、アンナが忘れていた感情を取り戻していくさまが胸を震わせる。


ヒロインの視点に立つことでもうひとつオゾンが実践しているのは、フランスを客観的に捕らえていることだという。とくにパリを訪れたアンナが、レストランでフランス人が国家を合唱するのに遭遇する場面には、さりげなく国粋主義への批判が滲む。


実際本作はオゾンのフィルモグラフィーのなかで、もっとも社会的なメッセージが込められた作品でもある。若きフランツもアドリアンも、そしてもちろんアンナも、戦争がなければその運命はまったく変わっていただろう。そんな思いをミステリーのなかに託し、あくまで上品に、情感豊かに描き出すしている。瑞々しくも、風格溢れる傑作と言ってよいであろう。








☆☆☆GGのつぶやき
初めて観るフランソワ・オゾン監督作品である。
レンタルした動機は、第73回ベネチア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞受賞と第42回セザール賞、撮影賞受賞の文字。
そして、パウラ・ベーアのクラシカルで清楚な美貌である。
































































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by my8686 | 2018-09-24 15:30 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

DVD映画「ノクターナル・アニマルズ/夜の獣たち」を読み解く

三連休2日目日曜日の早朝、レンタルしたDVD映画「ノクターナル・アニマルズ/夜の獣たち」を観る。

レンタルした動機は、トム・フォード監督・脚本作品とキッドマン似のエイミー・アダムスの美貌、ミステリ映画の三点。作品に関する予備知識はまったくない。




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本作は、オースティン・ライトの1993年の小説『ミステリ原稿』を原作とした2016年のアメリカ合衆国のドラマ・スリラー映画である。

出演はエイミー・アダムス、ジェイク・ギレンホール、マイケル・シャノン、アーロン・テイラー=ジョンソン、アイラ・フィッシャー、アーミー・ハマー、ローラ・リニーらである。主要撮影は2015年10月5日よりカリフォルニア州ロサンゼルスで行われた。

第73回ヴェネツィア国際映画祭ではコンペティション部門で金獅子賞を争い、審査員大賞を獲得している。






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スーザンは夫とともに経済的には恵まれながらも心は満たされない生活を送っていた。

ある週末、20年前に離婚した元夫のエドワードから、彼が書いた小説「夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)」が送られてくる。

彼女に捧げられたその小説は暴力的で衝撃的な内容だった。

才能のなさや精神的弱さを軽蔑していたはずの元夫の送ってきた小説の中に、それまで触れたことのない非凡な才能を読み取り、再会を望むようになるスーザン。

彼はなぜ小説を送ってきたのか。それはまだ残る愛なのか、それとも復讐なのか――。






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ファッションデザイナーでもあるトム・フォードの監督・脚本作品である。2009年の「シングルマン」以来7年ぶりに手がけた第2作となる。

離婚した夫婦が20年のときを経て、「捨てた愛」と「失った愛」をどう見つめ、いかなる変化を遂げるのか。作中小説と過去と現在が入り乱れ、複雑にして濃厚な世界が描かれる。デザイナーである監督の視覚、ファッション、アートがふんだんに盛り込まれた恋愛映画にして極上のミステリー映画となっている。





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編集編からトム・フォードのコメントを読み解いてみよう。


マイケル・シャノンが演じる役は典型的なアメリカの正義の味方で「見つけ、捕まえ、復讐を果たせ」という囁きを小説の中で表している。実際の世界ではエドワードの「小説を書き、スーザンに送り、自分が勝ったことを見せつけてやれ」という声なんだ。

この物語は僕にとって、人を投げ捨てにしてはいけない、という事を表している。現代、僕らはなんでもかんでも簡単に捨ててしまう文化の世界に住んでいる。すべては消耗品で、人間すらも捨ててしまう。スーザンは自分が求めていたものすべて、外側から見れば自分の理想の人生を手に入れているが、内側は死んでいるんだ。そしてこの小説がきっかけでそのことにはっきり気が付く。彼女自身もほとんど気づきかけていたことなんだけれどね。





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これが中心のテーマなんだ。僕にとってとても重要なね。誰かを大切に思うなら、誰かを愛しているなら、投げ出してはいけない、手放してはいけない。これが僕にとってこの物語で要となる部分なんだ。

3つの物語が明確になるように色合い、明るさなどで違いが見え、感じられるようにしなければならなかった。また、3つの物語の繋がりもしっかりさせなければならなかった。

スーザンの世界は冷たい。だからカラートーンも冷たく青っぽい色合いだ。彩度に欠ける人生なんだ。逆に色味がある時はけばけばしく、キツイ色合いだ。
回想シーンでは温かい色合いを使っている。彼女の気持ちや情熱が豊かさをもたらし、20年の時の経過により強調されているんだ。

小説の中はさらに色彩豊かで、ザラザラしている。そして明るさ太陽の光にしても、電球の灯りにしても以前よりも厳しい。






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小説の中の様々なポイントを通してエドワードはスーザンに言う。

「これが君が僕にしたことだ、僕を殺し、僕を壊し、僕の家族を殺し、僕のことをズタズタにした。でも20年かかり僕は打ち勝った。自分が信じた道を行き、小説にした。素晴らしい小説に。ところでこの小説を読みながら僕にもう一度恋するかもしれないけれど、もう君とは終わった。終わったんだ。」

多くの人々がエンディングをとても悲しいものとみるだろう。ああ、確かに悲しい。でも人生には悲しい時が多々あるわけだ。そこから僕たちは成長し、進歩することができるんだ。

彼女の人生にこれから何が起きようと、彼女は乗り越えたんだ。彼女が不幸せだった人生は終わったんだ。この小説を読むことによって痛みを感じた彼女だけれども、それは変化をもたらすものとなったんだ。










☆☆☆GGのつぶやき
過去、現在、小説世界という3つの物語が織り込まれた映画である。その違いをカラートーンで明瞭に表現した感性は、デザイナー目線といってよいであろう。劇中登場するアート作品類にも意図が明瞭に理解できてわかりやすい。
ジェイク・ギレンホール演じる二役もさることながら、マイケル・シャノン演じる警部補の存在感が光っていて好ましい。































































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by my8686 | 2018-09-23 11:17 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)

DVD映画「ゴールド/金塊の行方」を読み解く

三連休初日の土曜休日早朝、レンタルしたDVD映画「ゴールド/金塊の行方」を観る。





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2016年制作の米国のサスペンス映画。1990年代に北米、カナダの株式市場に大混乱をもたらした、詐欺事件「Bre-X事件」をもとにした犯罪サスペンスである。

オスカー俳優マシュー・マコノヒーが驚異の肉体改造を経て主演&製作。監督は『シリアナ』『トラフィック』のスティーヴン・ギャガン。





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実際の事件はもっと組織ぐるみの犯罪だったようだが、映画の方はマシュー・マコノヒー扮するケニーとエドガー・ラミレス扮するマイケルの二人にしぼり、時代も1980年代に設定し、オリジナルな展開を見せている。

採掘業という一発あてれば莫大な富が入ってくる一方、失敗すれば、破産同然の状態になるなど実に浮き沈みの激しいものであり、実際、ケニーの生活もジェットコースターのように激しく変動する。

欲と道連れの世界で、そこには金の亡者たちが自然に集まってくる。中でもケニーたちの功績を横取りしようとするウォール・ストリートの巨大投資銀行や大手採掘会社などのやり口は、一言で言えば「えげつない」。

ただし、ケニー自身は一攫千金を夢見る金の亡者とは一線を画し、自分の職業に誇りを持ち、父親を尊敬している。そこがマネーゲームを題材にしたウォール・ストリートを舞台とした映画群とはひと味違うところであろう。





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莫大な金が入ってくる条件をはねつけ、自分も現場に立ち、泥に塗れることを望む男。そうした彼のキャラクターが、映画を快活なものにしている。さらに注目したいのは、ケニーとマイケルの友情。ケニーの「金を探していたら友を見つけた」という言葉は嘘偽りのない本音であろう。


終盤、あっといわせる展開に、友情が崩れたかに見えるが、ラストの紙ナプキンに書かれた契約文が泣かせる。





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脚本は、『トゥームレイダー』のパトリック・マセットとジョン・ジンマン。
イギー・ポップが書き下ろした主題歌「GOLD」は、第74回ゴールデングローブ賞 主題歌賞にノミネートされている。






さらに、この映画ネタとなった「Bre-X事件」を読み解いてみよう。


この詐欺の舞台となったブリエックス(Bre-X)という企業のピークの時価総額は5500億円くらいあったという。嘘のスケールとしてはとてつもなく大きいものだったことが窺える。

このエピソードの発端はフィリピン人鉱山技師、マイケル・デグスマンがインドネシアのボルネオ島のジャングル奥深く、ブサンという土地で金鉱脈を発見したと宣言したことから始まる。デグスマンは鉱山技師ジョン・フェルダホフと組み、この探索の資金繰りを付けてくれる会社を探す。





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かれらが白羽の矢を立てたのがカナダの落ち目の実業家、デビッド・ウォルシュ。デビッドはこの金鉱脈の話がでっち上げだとは知らず、ブリエックスという会社を創業する。

デグスマンは「塩撒き(salting)」という手法でドリリング・サンプルにゴールドを混ぜ、それを検査所に送る。検査の結果、「ブサンにゴールドがあるぞ!」とわかるとブリエックスの株価は暴騰し始める。

しかし巨大な富がボルネオ島に眠っていることを知ったインドネシア政府はその権益を横取りすべく採掘権をキャンセルし、半分を自分の息のかかったフリーポート・マクモラン(FCX)社に譲渡する。

フリーポートは同じインドネシアに現存する、世界最大級の金山、グラスバーグの所有者。とろこがフリーポートの探索チームがブサンに乗りこんで、ブリエックスのボーリング場所とすぐ隣接する場所でドリリングした結果、ぜんぜんゴールドが無いことがわかる。

その時までにデグスマンとフェルダホフは自分の持ち株を一部処分し、大金持ちになる。しかしフリーポートはこの話が詐欺ではないかと疑い、デグスマンに説明を求める。





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デグスマンはボルネオ島のジャングル上空でヘリコプターから飛び降り(一説には突き落とされたという説もある)自殺をはかる。しかしこの自殺は巧妙に仕掛けられたトリックだという疑惑もあり、真相はわかっていない。

フェルダホフはカナダ司法の手のおよばないケイマン島に逃げ、騙されたウォルシュはバハマに移住した2年後に心臓発作で死んでしまう。





マーク・トウェイン曰く、「金鉱とは空っぽの穴の横にうそつきがひとり立っている場所だ」











☆☆☆GGのつぶやき
組織ぐるみの詐欺事件も珍しくはなくなった。
疑心暗鬼、米北の狂ったボス猿たちの摩訶不思議な挙動も、油断できない局面にある。
マウントゴックスやコインチェックの仮想通貨不正流出にも組織ぐるみのキナ臭さが漂う。





































































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by my8686 | 2018-09-22 15:39 | たかが映画、されど映画 | Trackback | Comments(0)