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カテゴリ:気になる本( 27 )

京都ひとり旅残像「龍安寺で出会った本/山田無音」

京都ひとり旅を終え、鮮明に残像として残る風景がある。


龍安寺の売店で出会った一冊の本「自己を見つめる ほんとうの自分とは何か」山田無音著。

気になり、ガラケーカメラで記録した一枚が強い残像として蘇る。





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今回のひとり旅のサブタイトルでもある「自己を見つめる旅」が仏性の襞に引っかかったのであろうか。
帰省後、早速図書館でリクエストした。





旅を終え、体力が消耗したのか、鼻風邪から口内炎を発症し、大事をとって安静をこころがけている。

そんな床の中で読み始めた山田無音著「自己を見つめる」。
普段であれば、斜め読みして終わるのだが、床についたまま終日この本と向き合っている。



山田無音老師が初めて手にふれて読んだという禅の本、白隠禅師の「夜船閑話」のことを知る。





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座禅の姿勢の例えに、高野山にある大きな五輪の塔の話が出てくる。

「地水火風を現ず」






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積み上げられた石塔は、重心がちゃんととれていてまっすぐ安定していれば、少々の地震でも倒れない。
身体を調えることが肝要と言われる。





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御意。







☆☆☆GGのつぶやき
長きにわたり風邪などひかなかった身体なのだが、鼻風邪から口内炎を発症し頬の腫れをかかえて安静にしている。
「山田無音老師の言葉」を聞けということのようである。
禅の姿勢を調え、呼吸を調え、心を調えることに精進してまいろう。













































by my8686 | 2019-05-15 19:32 | 気になる本 | Trackback | Comments(0)

加藤周一「雑種という挑発的だが活力に満ちた視点」を読み解く

12/17(月)午前は、かかり付けの整形外科医院で定期健診を受ける。肺と胃のレントゲン写真結果を速攻で医師と共に確認できるのはうれしい。奇麗で曇りも淀みのない写真に一安心する。同年代の主治医とも長いつきあいになる。これからは、定期的にここで検診を受けることになる。




長い待ち時間に読んでいた今朝の朝刊に「加藤周一」の名前を目にする。さらに「雑種文化論」という懐かしい言葉に感性が蠢いた。




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あらためて、その内容を読み解いてみよう。



文学や美術から社会、政治まで、日本と世界の人間のあらゆる営みについて考え、論じた加藤周一が亡くなって10年が経つ。いま加藤の議論を読み直す意義はどこにあるか。その生涯の謎も、徐々に解き明かされている。

加藤は英仏独語に堪能で、外国の大学で教える時間が長かった。A紙に連載したエッセー「夕陽妄語」では政治のあり方に批判的な発言をいとわず、護憲リベラルを貫いた。西洋化が近代化だった日本では、西洋至上主義者と受け止めた人も多いだろう。いまどきの言葉でいえば「反日」である。





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しかし、加藤には「雑種文化論」という一連の論考がある。30歳過ぎてからのフランス留学を経て、日本の問題は西洋化を目標にしたところで解決しないと考えた。西洋化は日本の深いところに入ったが、英仏の文化が「純粋種」なのに対して、日本文化は根本が伝統と外来の双方から養われてきた「雑種」。伝統と外来のどちらかに徹しようとすると失敗する歴史を持っている、と加藤はみた。

半世紀以上前の議論だが、輝きは失っていない。むしろグローバル資本主義が本格的に進展し、各地で反動が起こっている現代こそ、雑種という挑発的だが活力に満ちた視点は注目されていい。

文化人類学者の青木保は「加藤さんが雑種に積極的な価値を認め、独自の個性があるとしっかり言ったことには意味があった。日本文化をつくり出す方向は、いまもそれしかない。1990年代以降の世界では西洋文化の姿が見えなくなり、雑種は現代の現実になっている」と語る。





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憲法学者の樋口陽一は、「雑種文化論は加藤さんの戦争体験、ペシミズムを踏まえた希望の表明だと思う。憲法学では、30年代は美濃部達吉の『天皇機関説』が学界から宮中まで公認学説だったのに、ハシゴを外された。知識人の孤立はいまも起こりうる。再び起こさないためには、今後も日本文化を雑種に高める格闘が必要でしょう」と語る。






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没後の10年間で、加藤の「合理的で明晰」という人物像も見直しが進み、正巻61刷、続巻44刷のロングセラー「羊の歌」(岩波新書)は、読者を引き込む文体の力もあり、前半生の回想録と受け取られてきた。











☆☆☆GGのつぶやき
日本文化を「雑種に高める格闘」という言葉が心に残った。
10月に出版された「加藤周一はいかにして『加藤周一』となったか『羊の歌』を読みなおす」を読み解いてみたいと思った。










































































by my8686 | 2018-12-17 17:17 | 気になる本 | Trackback | Comments(0)

やっと図書館から「勉強の哲学」を借り受ける

リクエストしてから約半年待ちで千葉雅也著「勉強の哲学」を借りた。




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人気の書籍は、いつもこうなのである。
「東大・京大でいま1番読まれている本!」と帯にある。副題に「来たるべきバカのために」とある。

勉強とは何か、学問とは何か、その本質を平易な語り口で説いている良書である。

自分が知らず知らずに囚われてしまっているパラダイムからの脱出方法も読みやすい。

アイロニーとユーモアと享楽。
「バカになること」=敢えてその環境から外れて静観しつつ、既成の信頼性を疑ってみる。





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最初から専門書と格闘するべからず、まずは入門書でウォーミングアップしながら基礎がためをする。
体幹を鍛えることで、深追いしすぎず、目移りしすぎず、感性を絶対視しすぎない勉強力をつけるという視点が良い。





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最終章の「勉強を有限化する技術」は、特におもしろい。

・専門分野に入門する
・読書は完璧にはできない
・入門書を読む
・教師は有限化の装置である
・専門書と一般書
・信頼性、学問の世界
・読書の技術 テクスト内在的に読む
・二項対立を把握する
・言語のアマ・モードとプロ・モード
・ノート術 勉強のタイムライン
・書く技術 横断的に発想する
・アウトライナーと有限性




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☆☆☆GGのつぶやき
昔からノート術には興味があった。最近のエバノートやアウトライナーにも興味が湧く。
発想術などという「術」という言葉には、弱いのである。


































































 


by my8686 | 2018-06-16 20:26 | 気になる本 | Trackback | Comments(0)

ダン・ブラウン最近作 『オリジン(上・下)』を読み解く

経団連は、31日に開く総会で日立製作所会長の中西宏明氏が会長に就任し、新体制がスタートする。

デジタル技術で社会課題を解決するSociety(ソサエティー)5・0(超スマート社会)の実現を通じ、民間主導の経済成長でデフレ脱却を果たすという。
歴史的な産業のパラダイムシフトや保護主義が台頭する中、日本企業の変革を促し、国際ルール作りを主導する発信力に期待がかかる。




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しかし、「ソサエティー5・0」は、日本発のコンセプト主導型の戦略である。
「分かりにくい」との指摘は根強く、否定的な見方もある。しかし、本質は産業の新陳代謝を伴う社会課題の解決で、人工知能(AI)やロボットの技術進化は必要条件である。

具体的には今月提言した「デジタル省(情報経済社会省)」の創設。
総務省、経済産業省、内閣官房IT総合戦略室などの情報通信・デジタル政策を統合し、予算権限を持った強い司令塔を求めていくという。

はたして、いかほどのものになるのか、お手並み拝見といこう。




それはさておき、気になるダン・ブラウン著作の最新作『オリジン(上・下)』を覗いてみよう。




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『ダ・ヴィンチ・コード』で、世界的ベストセラー作家になったダン・ブラウンの最新作は、世界を変革しつつある最先端のAIの話と、人類の起源と未来という根本命題を大胆に組み合わせた推理小説だという。



あらためて、作家・黒木亮氏の論評を読み解いてみよう。

英国のデータ分析会社ケンブリッジ・アナリティカは、人工知能(AI)技術を駆使して米大統領選挙でドナルド・トランプを勝利に導いたといわれ、グーグル傘下のディープマインド社は、AIに学習機能を持たせ、囲碁で韓国のトップ・プロを破った。





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物語は、米国の若き天才科学者、エドモンド・カーシュが、世界のあらゆる宗教を否定する科学的大発見をし、それを発表するプレゼンテーションの壇上に現れたとき、額を撃ち抜かれるという衝撃的な事件で幕を開ける。

かなりの大風呂敷だが、その後も緊張感を持続し、最後まで読者のページを繰る手を止めさせず、しかもきちんと説得力のある着地をする著者の力量はさすがと言うほかない。





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本書の主な舞台はスペインである。モンセラット修道院、ビルバオのグッゲンハイム美術館、バルセロナのカサ・ミラやサグラダ・ファミリアなどが登場する。
観光地的な場所が多いのは、読者によって好き嫌いが分かれるかもしれない。ただ描写は念入りで、観光ガイドブックをはるかに超える蘊蓄が傾けられ、説得力がある。






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推理小説は、単なる謎解きだけでは優れたものとはいえない。手に汗握るサスペンス、個性的な主人公、あるいは松本清張の『ゼロの焦点』のように、時代を象徴し、かつ肺腑をえぐる人間ドラマなどがあってこそだ。

本書についていえば、二重三重の謎解きに加え、疾走感のあるサスペンスがぐいぐいと読者を引きつける。また最新のAI技術を単なる説明にとどめず、主人公の一人として登場させ、読者にその世界を存分に堪能させている点が刺激的だそうな。

近未来的なAI技術を体現し、単なる脇役に見えて、実は物語の中心だと分かるキャラクターはとても魅力的だという。




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(KADOKAWA・各1800円+税)








☆☆☆GGのつぶやき
「中西経団連」が打ち出す「ソサエティー5・0」は、AIやロボットの技術進化を必要条件とした、日本発のコンセプト主導型の戦略である。
期しくも、ダン・ブラウンの最新作も、物語の中心が「近未来的なAI技術」だという。期待感を擽る「気になる本」には、違いない。



























































































by my8686 | 2018-05-31 17:15 | 気になる本 | Trackback | Comments(0)

杉本貴志著「無為のデザイン」

杉本貴志を追悼し氏の初エッセイを見てみよう。


反骨のインテリアデザイナー、杉本貴志の初エッセイ「無為のデザイン」である。



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日本を代表するインテリアデザイナーである杉本貴志は、ハイアット、シャングリラ、ザ・リッツ・カールトンなどの世界的なホテルや無印良品の各店舗の他、バー、レストランなどにおいて、これまでにない新しいコンセプトをもった商業空間のデザインを数多く手掛けてきた。

本書は、40年間にわたってデザイン界の第一線を走り続けてきた杉本が、その草創期から現在に至るまでに関わったプロジェクトや出会った人々、触れあったものや土地などを通じて、“デザインすることの意味”を綴った書き下ろしエッセイである。





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多くのデザイナーや文化人が訪れ、後に伝説のバーと言われた「バー・ラジオ」のオープンとその後の改装のエピソードに始まり、国内外のホテルを手掛けることになった経緯、また日本を代表するグラフィックデザイナー故・田中一光氏との交流や「無印良品」の店舗づくりにおける思考の過程などがいきいきと語られている。





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デザインとは「作り出すのではなく、見出すこと」という杉本の作品の裏側にあるさまざまな思想を読み解き、杉本の放つ磁場を感じ取ってみたいと思った一冊である。





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あらためて、目次を見てみよう。




はじめに

駆け出しの頃

初期の仕事―バー・ラジオ

六本木パッシュ ラボ

バリとの出合い

ホテルの仕事

グランドハイアット 東京

パークハイアット ソウル

無印良品からMUJIへ

浄法寺の仏像

白磁鉢

陶磁器 李朝白磁

あとがき









☆☆☆GGのつぶやき
杉本の放つ磁場に淀みはない。
目次をひとつひとつ読み解いてみたいと思った。






































































by my8686 | 2018-04-27 18:19 | 気になる本 | Trackback | Comments(0)

PLETHORA MAGAZINE

昨日は、午後から今年初のロードバイクランに興じる。距離にすれば、約25Kmほどの短距離ではある。
自宅からここ会社のパーキングまで緩やかな下りと平地を走る。
日差しを浴びながら春の冷たい風に吹かれるのも、気持ちのよいものである。


それはさておき、本日は伝統的な印刷技術に対する深い情熱から生まれたコペンハーゲン発の雑誌「PLETHORA MAGAZINE」を読み解いてみよう。




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2年前にもこのエキシビジョンが中目黒Gallery JIBで開催されている。





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最も芸術作品に近い雑誌と言われ、ポスターサイズという雑誌の概念を覆す大きさは記録文章から貴重に吟味されている。





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平凡な現在とは違った人生物語。






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Fine art、Contemporary artistを取り上げる異色の編集内容。





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そしてヒンズー寺院の僧侶による高度な印刷技術。






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さらに、デジタル化が急速に進む現代において、どれを取っても今までにはない全く新しい世界観や価値観を表出している。





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忘れかけていた情熱の結晶とも言える一冊と言ってよいであろう。






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☆☆☆GGのつぶやき
大型のポスター本の体裁に感動をおぼえる。
本好きにはたまらぬ不思議な魅力がある。

















































































by my8686 | 2018-04-16 14:19 | 気になる本 | Trackback | Comments(0)

日曜日朝刊「ひもとく」の『生き上手 死に上手』から

昨晩、母方の叔母の死亡連絡をうける。
90歳をゆうにすぎ、長い闘病生活を送っていた。介護する家族の苦労と苦痛も垣間見られた。その死をどう受け止めるべきなのか。

そして、自分の母も90歳という高齢に達し、加齢からくる圧迫骨折の痛みと向き合っている。
そんな母親と接する中で考えを深めている日々の朝、『生き上手 死に上手』の書評が目にとまった。




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あらためて、その内容を読み解いてみよう。


死に対する恐れから、それに関する書籍が本棚いっぱいにあふれている人や90歳を超えた母親の介護の中で考えを深めている定年退職者もいる。
彼らとの話の中で「なぜ人は地獄と極楽を考えたのか」という問いが私の頭に浮かんだ。





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京都の六道の辻あたりを何回か巡り、奈良国立博物館の「1000年忌特別展 源信 地獄・極楽への扉」で国宝を鑑賞した。





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また青森県の恐山菩提寺においてイタコの口寄せにも接した。






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『生き上手 死に上手』の中で遠藤周作は、老人たちが神の面影を持つ翁になれなくなったのは、「我々がこの世を包み、この世につながるもうひとつの世界をまったく否定してしまったことからはじまった」と述べている。






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遠藤が言うように次の世界があればすべて無に帰するという死に対する不安は和らぐかもしれない。また亡き両親に再び会えると思えば力も湧いてくる。たとえ次の世界を信じられなくても、次代の人を育てることは自らの再生につながる。





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若い人に対してささやかでも何か与えるものがある人は柔和な表情をしているからだ。遠藤は『死について考える』でも興味あるエッセーを書いている。








☆☆☆GGのつぶやき
今年は、身近な人々の死と向き合う機会も増えそうである。
「死」とはなにか。あらためて真摯に向き合うことも必要であろう。




















































































by my8686 | 2018-03-25 10:18 | 気になる本 | Trackback | Comments(0)

「小林彰太郎名作選」との出会い

最近、気になって図書館から借り出した本「小林彰太郎名作選」である。




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毎週、休日の早朝は、珈琲を淹れながら録画した「CAR GRAPHIC TV」を観るのが習慣となっている。
いつもの二人のまったりとした会話を聴くともなく、車のインプレッションを眺めているのも、休日の朝の心地よいリズムとなった。





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「小林 彰太郎」の名前を知ったのが、加藤哲也氏が進行役の追悼座談会の某動画配信番組である。

日本の自動車評論家の草分け的存在であり、自動車雑誌「カーグラフィック(CG)」(二玄社)の創設者でもある。




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あらためて、彼の来歴を見てみよう。


第二次世界大戦後の日本に自動車ジャーナリズムを創出し位置づけたパイオニアと評される。
歴史や技術を踏まえた上で自身の経験を通して執筆される味わいある文章は単なる評論の域を超えており、イギリス流の自動車趣味や海外の自動車事情・文化・歴史を紹介、アマチュアリズムをもつプロのジャーナリストを実践した。





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黎明期の日本のモータスポーツの普及発展においても、日本国外レースの記事執筆や、指南書(ポール・フレール著『ハイスピードドライビング』)の翻訳を通じて大きな役割を果たしている。





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日本の自動車に技術面、文化面から与えた影響はあまりに大きい。






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☆☆☆GGのつぶやき
クルマから教わることが多々ある。
「グリーンの教え」ならぬ、「クルマの教え」である。
愛車86は、その意味では師匠であり、良き相棒でもあるのだ。



























































by my8686 | 2017-12-24 16:10 | 気になる本 | Trackback | Comments(0)

國分功一郎著『中動態の世界 意志と責任の考古学』を読み解く

10月としては異例の暑さとなった水曜日。
午後から府中へ出役し、検品業務終了後は直帰とする。

夕刊を斜め読みするなかで、気になる本の広告に出くわす。
國分功一郎著の『中動態の世界 意志と責任の考古学』。(医学書院2000円)



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我々は強い意志を持って行動し、その責任を取る自己を求められる。だが、我々が生きる世界はそれほど明確に成り立っているわけではなく、私はそれほど自由な主体ではないのではないか。

なにか息苦しく、言葉が違うように感じてしまう。この違和感は、思考の可能性を過去に遡って検討する哲学の考古学が解明してくれるはずだというもの。





あらためて、その内容を読み解いてみよう。



解明の鍵は「中動態」にある。古典ギリシア語の文法では能動態・受動態と並ぶもう一つの態があり、例えば「打つ」と「打たれる」の中間には「自らの胸を打つ」があって哀悼などの状態を示す。




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日本語の「偲しのばれる」といった自発の表現に対応する。中動態は言語学的にはおそらくより先にあったものだが、そこから受動態が分かれ出てやがて形態としては消えてしまった。

著者は、言語学者バンヴェニストらの研究を活用しながら、この失われた言語の「態」とそれが可能にする思考を発掘していく。





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言語学の知見は、私たちのものの見方にどんな光を当ててくれるのか。
古代ギリシアに「意志」という概念はなかった。中動態の動詞「生まれる、望む、思われる、現れる」は、自由な意志による主体的な行為ではない。

能動と受動の対で割り切ろうとする思考が抑圧した可能性が明らかにされる。

スピノザを読み解き、ハイデッガー、アレント、ドゥルーズ、デリダ、アガンベンらを批判的に検討しながら、著者は彼らがこだわった中動態の哲学的意義を論じ、読者を新しい思考へと誘いざなう。




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シリーズ「ケアをひらく」の一冊に入った本書で、看護が正面から論じられる場面はほとんどない。

だが、私たちが生きる現場を根底から見据える視点を、哲学から与えてくれる。私たちが生きているのは、自己の責任だけでは割り切れない、出来事が自おのずから現れる、そんな自由な、中動態の世界なのかもしれない。


國分功一郎
1974年生まれ。高崎経済大准教授(哲学)







☆☆☆GGのつぶやき
第16回の小林秀雄賞に輝く本書。
一般人には難解だが、インド・ヨーロッパ語に広く存在していた「中動態」を切り口に、現代人の意志や行動などについて考察した良書である。
國分の主な著作に『暇と退屈の倫理学 増補新版』『スピノザの方法』『ドゥルーズの哲学原理』などがある。


































































































by my8686 | 2017-10-11 23:11 | 気になる本 | Trackback | Comments(0)

千葉雅也が説く「勉強の哲学」を読み解く

今日の朝刊も安倍首相を取り巻く茶番劇ばかりで、いささかうんざりする。

そんな中、目に止まったのは千葉雅也が説く「勉強の哲学」。
副題に「来たるべきバカのために」とある。




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どういうことなのか。その内容を読み解いてみよう。


哲学者で立命館大准教授の千葉雅也氏(38)が5月、勉強のノウハウを説いた『勉強の哲学 来たるべきバカのために』(文芸春秋)をもとに母校の東京大で講演した。
「勉強すればキモくなる。キモくなっていなければ勉強が足りない」と語りかけた。

『勉強の哲学』は4万5千部を超え、東京大や京都大の大学生協では1位の売れ行きにもなった。自己啓発本のような文体で書かれているが、本の正体は、本格的な哲学だ。






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千葉さんは講演で、思想家ミシェル・フーコーの「統治性」という概念を取り上げた。




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例えば、誰も見ていなくても赤信号では立ち止まる。「国家に従順であれ、と人間を羊のように飼いならす統治性のシステムがある。空気を読み、従順なら無難にサバイバルできるという価値観を内面化させられてしまった。とがったもの、危ないものを抑圧する力は強まっている」



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そこから逃れる方法が勉強だと指摘する。それは英語力をつけるとか、計算力を高めるといった表面的な技能とは別のレベルのことだ。自らの価値観を変え、物事の基準を変えてしまうほど勉強すること。それは空気を読まない「バカ」になることとし、その「ノウハウ」を本で提示する。

千葉さんは学生らに「今の社会を捉えて、別の価値を作り出して逃走線を引く。勉強とは統治性への抵抗。周りから浮くためにも、キモくなることを考えましょう」と呼びかけた。





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あらためて、統治術について読み解いてみよう。



統治術(art of governance)とは、対象を支配する技術/技法のことである。

フーコー(特に後期の)によれば、統治術はヨーロッパにおいて、当初、君主がそれを身につけるものとして出発したが、やがて、人々が自らの対象 を支配する方法として拡張されて使われるようになったという。
もちろん、それは概念と適応範囲の単純な拡張ではなく、統治という概念と、人々の統治の対象 の概念、およびそれらを規定するような社会の変化と相互に関連するものの結果である。

統治術は、フーコーの生-権力(bio-power)の概念と関連しながら、より洗練された形に結実する。

フーコー以降に見られる〈統治術〉概念の多元化については、以下の7つ程度の使い分けがあるようなので、注意が必要であるという。





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現代の様々な統治術

1)〈市民〉を産出する技術:〈市民〉に対応する〈政府〉:市民とは誰か、政府とは何か、技術(テクネー)技法(アート)とは何か。

2)主体(=臣下・臣民 subject)を統治=支配を通した、組織的実践:主体の精神性・合理性・身体性に関わる技術・技法とは何か。

3)統治の技法:マキャベリ『君主論』

4)どのように統治すべきか?という問いに対する具体的指針として〈臣民=主体〉に呼びかける際に表出するもの:我々はどのように〈行動〉 すべきか?

5)統治術の背景にある統治理性を意味するものとして:統治理性(=統治する合理性)を想定した時に、それに先立つ当為(sollen)の 探究。

6)フーコーが分析する際に、その導きの糸となるガイドライン:自己への配慮、パレーシア、司牧型権力、訓育、真理の体制、経済ゲーム。

7)標的になる「社会」を統治可能にすることができる技法や戦術:(住民の行動が予測可能になった後の)広報デザイン、コミュニケーション デザイン。








☆☆☆GGのつぶやき
日本人の従順さは馬鹿がつくほどである。
数年前、喧噪のカトマンズから帰国して一番驚いたのは整然と並んで走る自動車の列と異常な静寂性。
さらに、赤信号でキチンと停止しているバイクや人に異様な空気感を感じたことを思い出す。
千葉雅也の説く空気を読まない「バカ」になることで、国家の身勝手さに抗う力を持とう。
日本の未来のためにもキモく生きることを考えよう。

























































































by my8686 | 2017-07-11 13:17 | 気になる本 | Trackback | Comments(0)