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カテゴリ:徒然なるままに( 411 )

風景Ⅰ 1269号室 

8/22は、ワイフの誕生祝いにH.G.Pホテルに宿泊する。





12階客室からの風景。
このホテルも今年が25周年だという。


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瀬戸内の海を眺めるとなぜか官能が鎮まる。



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翌日は、早朝の朝焼けで起床する。
このあと、朝一の「温泉」で一汗ながす。



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朝の散歩で見つけた野草と花。



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早朝の潮騒と潮風を愉しむ。



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地質マニア垂涎の「アース・ミュージアム」が海岸線沿いに並ぶ。



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☆☆☆GGのつぶやき
近場の都市シーリゾートホテルで祝う「誕生祝い」もまた一興。
温泉三昧&グルメ三昧もいいものだ。


























































by my8686 | 2019-08-23 22:00 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

「カフェテラス北山」に遊ぶ

昨日は、盆休み最後の日曜日。ワイフをともなって、気になっていた旨いカレーランチを食べに愛車86を駆る。

久しぶりに廿日市佐伯線「県道30号」を駆ける。数年前、毎週乗馬クラブに通っていた道でもある。

ほど良いカーブが連続する登坂コースに、愛車86GTのボクサーサウンドが心地良く響く。爽快な走りに官能が疼き始める。

しかし、ワイフを横に乗せている時は、コーナーを攻めるのはご法度。ジェットコースター的絶叫マシーンに豹変したワイフを宥める努力は、御免こうむりたい。

そんな複雑に疼く気持ちを抑えつつ、目指したのは小瀬川沿いに佇む「カフェテラス北山」。






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ここのカレーランチが旨いと評判で、ついこの前もテレビ放映されたばかり。その影響もあり、おのぼりさんよろしく出かけることにしたのだが・・・。お出かけの動機づけとは、いたってこんなものなのである。

それにしても、テレビ放映効果は凄い。入店すると、すでに数組の先客がお待ちかねである。






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この日は、アルバイトさんが来ないとかでマスター独りで奮戦苦闘中。

コーナーにあるテーブルに座って待つこと約40分。水とメニューも順番待ちで、注文できたのが1時間後。さらに、お目当てのカレーが出てきたのがそれから約1時間後。

注文したのは、ワイフが薬膳カレー+ケーキ+コーヒーセット。僕は、カシミールカレー+コーヒーセット。


これだけ待たされれば、確かに「旨い」!!
空腹こそ最高の料理。





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待たれているお客さま個々に、順番に丁寧に対応するというスタンスらしい。
普段のランチ感覚ならば、席を蹴って飛び出すところなのだが、周辺の長閑な森を眺めていると、そんなイライラした姿が笑えてくるから、面白い。





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覚悟を決めて、店に置いてあるカフェレストラン系の情報誌数十冊を、まとめてゆっくりと読むことにする。






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おかげで、久しぶりにワイフと雑談しながら、のんびりとした時間を共有することができた・・・と、自分に言い聞かせる。






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☆☆☆GGのつぶやき
こんなに、のんびりとした気分に浸ったのは久しぶりである。
旨いカレーに深い香りの珈琲。ごちそうさまでした。
それにしても、マスター早くアルバイトの人を確保してくださいよ~。
独りじゃ~、身体が持ちませんよ~。

























































by my8686 | 2019-08-19 23:59 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

追悼「ピーター・フォンダ死去」

米俳優ピーター・フォンダが亡くなった。享年79歳。

冥福を祈りたい。




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映画『イージー・ライダー』を観たのは、1970年の大学一年の時だったと記憶する。
当時、「アメリカン・ニューシネマ」という反体制を色濃く投影した「新世代の映画」として大きく取り上げられた。






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当時は、劇場の総入れ替えというシステムはなく、いつも映画の途中またはエンドロール手前位から入ることになるのだが、「イージー・ライダー」については、チョッパーにまたがった二人の青年が、トラックの農夫風の男に突然ライフルでぶっ放されるラストシーンから目撃することになる。意味がわからぬまま、ただ唖然とした気分で観た記憶がある。

印象に残ったのは、初めて見るチョッパーの「普通でないカッコよさ」と「気ままに旅する自由さ」、ヒッピーコミューンでの「奇怪な連中たち」。

その当時は意味がわからなかった、ラストシーン。指をおっ立てた瞬間、ライフル銃で野良犬のように次々と撃ち殺されしまう二人。映画は、燃え盛るバイクを俯瞰しながら静かに終わって行く。

なんとも後味の悪い、「陰惨」で「暗い矛盾感」が残されたままになる。






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時代は、ベトナム戦争が泥沼化し、若者を中心に反戦運動が盛んになって行った時である。中華人民共和国で文化大革命が起き、毛沢東の指導体制の下で大混乱をもたらしていた時期でもある。

ビートルズが世界的な社会現象を巻き起こし、ローリング・ストーンズ、ボブ・ディランも大活躍し、世界の若者に大きな影響を与えていた。

アメリカやヨーロッパを中心に、カウンターカルチャーが花開き、英国ではモッズ、ビート・グループ、ブルース・ロックが社会現象になり、ジャマイカではスカやロック・ステディが誕生し、米国を中心にヒッピー文化が流行となっていた。

これらの元凶は、政治の腐敗というところに帰結し、アメリカの各地で糾弾運動が巻き起こっていた。

アメリカン・ニューシネマは、こうした当時のアメリカの世相を投影し、1967年12月8日付『タイム』は、『俺たちに明日はない』を大特集し、「ニューシネマ 暴力…セックス…芸術! 自由に目覚めたハリウッド映画」という派手な見出しの記事の中で、この新しい米国映画の動向をレポートしている。

反体制的なヒーローが体制に敢然と闘いを挑む、もしくは刹那的な出来事に情熱を傾けるなどするのだが、最後には体制側に圧殺されるか、あるいは個人の無力さを思い知らされ、幕を閉じるという傾向に進んでいた。






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アンチ・ヒーロー、アンチ・ハッピーエンドが一連の作品の特徴となっていく。

鬱屈した世相を反映し、映画だけでなく小説や演劇の世界でも、サルトルの提唱する実存主義を理論的な背景として「不条理感」が蔓延して行った時代でもある。

今あらためて振り返ると、社会的束縛を逃れ自由な旅を続ける若者たちが直面する「社会の不条理」と無残な最期に「矛盾感をともなう美学」に酔った時代なのであろう。








☆☆☆GGのつぶやき
父のヘンリー・フォンダ、姉のジェーン・フォンダ、スクリーンで魅入ったあの時代が懐かしい。
















































by my8686 | 2019-08-18 23:59 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

「小泉進次郎と滝川クリステル結婚発表」を読み解く

原爆記念日から一日経った今日、突然の結婚発表にマスコミ関係がザワツイている。




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渋野日向子の全英女子ゴルフ優勝に次ぐお目出度いニュースに日本国民の顔にも笑顔が見える。





しかし、明るいニュースに水さすようで恐縮ながら、「小泉」という名前を聴くたびに思い出されるのが、戦後の「自由民主党」の結成資金となった「巨額麻薬資金」の存在である。




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A級戦犯の岸信介や笹川良一が首魁であり、里見甫らが「昭和通商」により行った朝鮮・満洲のアヘン販売による巨額麻薬資金(M資金)と言われる。

さらに、731部隊の人体実験資金の3兆円の一部やCIAからの資金提供をも含め、「自由民主党の結成資金」と成ったのが、この「巨額麻薬資金」である。

これらは、統一教会の教祖の文鮮明や児玉誉士夫、笹川良一やその子分の「鮫島純也」(進次郎の祖父)等が絡んだ薩長田布施の不良朝鮮人の血を引く連中である。

※「鮫島純也」は、小泉純也の旧姓。小泉純一郎の父であり進次郎の祖父にあたる。

自民党は、結成以来の五十数年間を一時期を除いて日本国をアメリカ支配層のディビッド・ロックフェラーへの貢上げを行う反日の政党であったことを隠蔽したままである。






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芥のように淀んで浮かんでくるのが、こうした「自民党派イルミナティ」内にこれまでも現在もそしてこれからも完全にブロックされる不可解な事実である。

「麻薬取締法」を制定する資格が無いにもかかわらず、自分たちは麻薬資金で党を結党し、一般市民へは麻薬の所持や使用を禁止するという「相矛盾する論理」である。

自己批判もなく国民への説明もないまま「麻薬自由利用党」が大手を振って一党独裁を推進する現実と、どう向き合っていくべきなのか。




小泉進次郎には、こうした負の財産の重みを踏まえつつ、明日の明るい日本を構築して行ってもらいたい。




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☆☆☆GGのつぶやき
2020年に出産という。オリンピック誘致に一役買ったクリステルに幸あれ。
























































by my8686 | 2019-08-07 18:36 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

蒲刈の夏の海

8/3土曜日。ワイフを伴って「蒲刈」まで愛車86を駆る。

毎年の定番となった「蒲刈」の夏を堪能。




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朝貌の紫なるが咲くと申し来ぬ  漱石句オマージュ 




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この解放感に浸りたくて毎年訪れたくなる。





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歓迎してくれる「朝顔」の可憐さに癒されつつ・・・。




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夏海の波に身体をあずけながら太陽を拝むもまた一興。
ここの夕日の美しさは筆舌に尽くしがたい。





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家族で楽しんだ「カヌー遊び」の思い出が残像として蘇る。





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☆☆☆GGのつぶやき
ワイフが温泉に浸っているあいだ、しばし海でひと泳ぎする。
旅先でもお互いのパーソナルな時間を尊重するスタイルが、暗黙のルールになってきたようだ。
付かず離れず、「不即不離」の境地もまた一興。



















































by my8686 | 2019-08-03 22:00 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

「顔なき作家」モーリス・ブランショを読み解く

バタイユが強い影響をあたえたというモーリス・ブランショに注目してみよう。





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通称“顔の無い作家”と呼ばれた背景には、「書くとはどういうことか」について考察しながら、マラルメやカフカのエクリチュールに見出した「書き手の不在」や「死の経験」、それから連なる「無為や忘却」について書くことに結びつけていく過程にあると言われる。

その突き詰めた先に辿り着いたのが、「書くその場において、そして書かれたものにおいては書き手は不在となる」という特異な領域で、戦後最大のフランスの文芸批評家であるという評価を得ることになる。







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小説と批評の両面において注目されるようになったブランショは、1955年に『文学空間』を発表する。

ハイデッガーの存在論を批判的に応用しながら、書くことについて、エクリチュールについて、死について、「非人称の死」について、そして書くにあたって書き手が潜り彷徨う場としての「文学空間」について論じたこの本で、文学についての思想・思考に新たな一歩を記し、批評の新しい局面を開くとともに、現代思想の最前線に位置する思想家として知られるようになる。

ブランショの影響はロラン・バルトをはじめ多くの批評家・思想家に見られ、その反響は特に「ポスト構造主義」の哲学者たちに影響を与えている。

同年、アラン・ロブ=グリエの小説『覗くひと』の評価をめぐって起きた「ヌーヴォー・ロマン論争」においてはロラン・バルトらとともにロブ=グリエ擁護の論陣を張るなど、20世紀後半の文学の新しい展開とその評価の確立にあたっても大きな役割を果たしている。






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その後は小説と批評とが接近する様相を見せはじめ、1962年、小説『期待 忘却』や1973年、評論『彼方への一歩』ではどちらも断章が連ねられた形式がとられている。



政治的には、ゾラやサルトルのような、知識人として公衆の面前に姿を現して意見や主張を述べ自らの影響力の大きさを利用して社会を動かそうとする政治参加の手法に批判的立場をとりつつ、自らの政治的活動を模索することになる。

アルジェリア戦争の際には、アルジェリアの独立を阻止しようとするフランス政府を批判し、デュラスやマスコロらとともに命令に対するフランス軍兵士の不服従を擁護する「121人宣言」に署名したりもしている。

デュラスらとは、1968年の五月革命でも共に「作家学生行動委員会」を組織し、街頭行動にも参加して、無署名文書を執筆したことでも知られる。

五月革命はブランショにとって重要な意味を持った事件のひとつであり、ジャン=リュック・ナンシーの『無為の共同体』に触発されて書かれた論考『明かしえぬ共同体』では彼自身の共同体についての思想やレヴィナスの他者論などが織り交ぜられながら“68年5月”が振り返られている。






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文学思想においては、マラルメやカフカをはじめ、リルケ、ヘルダーリン、カミュ、メルヴィルなどさまざまな作家・詩人の批評を通して、自らの思想を提示している。

日常の活動的な「営み」から逸脱した「無為」として文学活動を捉え、その無為のさなかで作家は自らの死に臨み、死を前にして自らを支配し続け、顕現する非人称的なもののさなかを潜り、まさに「文学空間」を彷徨うのだ、それが書くということなのだと語るブランショは、その行為をオルペウスの冥界下りになぞらえている。

神秘神学やユダヤ思想とも共鳴しながら提示されたブランショの文学思想は、それまでの「創作とは何か」ということについての考えに大きな変化をもたらすとともに、ロラン・バルトの『エクリチュールの零度』と並んで、現代思想におけるエクリチュールの問題の前景化に多大な役割を果たしたとされる。




そして『文学空間』以降、ナチスに加担したハイデッガーの哲学への内在的批判を継続的に続けている。






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『友愛』などでの友愛についての論考、『明かしえぬ共同体』での共同体及び共同性についての思索も重要であるほか、現代思想における主体批判とそれ以降の思想の向かう先をそれぞれの思想家が論じた評論集『主体の後に誰が来るのか?』にも参加している。

マルクス主義・共産主義に対する論考でも重要な論点を示している。ダニエル・ベンサイードは、『友愛』のなかでブランショがカール・マルクスについて述べた箇所を「過去の多くの注釈やテーゼよりも、はるかに多くを語っている」と讃えている。

また、デリダは、『マルクスの亡霊たち』の中で、ブランショが提起した問題を論じている。晩年には、エマニュエル・レヴィナスの哲学やユダヤ思想への傾倒を強め、ミシェル・フーコーが『自己への配慮』などの著作や講義などで古代ギリシャを取り上げたことに対して、それはヘブライでもよかったのではないかと書き記している。

フーコーが青春時代を回顧して「僕はブランショになろうと熱望していた」と述懐し、また『外の思考』などの著作においてブランショに言及していることや、ジル・ドゥルーズが「ブランショこそが死の新しい概念を作り上げた」と称賛している。




ジャック・デリダも、その文体からしてブランショの圧倒的影響下にあり、『滞留』や『境域』などの著作で、ブランショに言及している。






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また、日本の哲学者田邊元も、晩年に「マラルメ論」を執筆する際、前年に出版されていたブランショの『文学空間』を取り寄せ精読していたという。

また、ブランショの友人であったエマニュエル・レヴィナスは、ブランショに関する論考(『モーリス・ブランショ』として出版)を発表している。

晩年になるにつれ次第に著作の発表が間遠になったが、それでも執筆は続けられた。

1994年には、自らが銃殺されかかった体験を簡潔かつ慎重な文体によって記した小説『私の死の瞬間』を発表して反響を呼ぶ。

これ以降のブランショの著作はどれも評論、論考であり、2003年、95歳で死去している。









☆☆☆GGのつぶやき
今年5月に訪れたパリの残像を基点として、5月革命からゴダール、ゴダールからサルトル、サルトルからフランス現代思想にまで彷徨してしまった。
さらに、ルフォールを経由してバタイユ、バタイユからブランショへ。
これからどこまで辿り着くのであろうか。
全国的に梅雨あけし、夏遊びに興味が移りつつある中、やはり海の潮風に吹かれてみたいと、官能が騒ぎはじめている。























































by my8686 | 2019-07-31 13:26 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

ナイキ「月の靴」4700万円=スニーカー史上最高落札

7/23、NYサザビーズでナイキの1972年版スニーカー「ムーンシューズ」がスニーカーの落札額としては史上最高額の43万7500ドル(約4700万円)で落札された。





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落札者はカナダのスニーカーコレクターである某実業家。

「これまで作られたスニーカーの中で絶品の一つだ。スポーツ史と大衆文化に刻まれたまさに歴史的工芸品だ」と喜びを語っている。


五輪選考会に出場するランナー向けに12足ほど作られたが、良好な状態で現存するのはこの1足のみという。
靴底の形が月に残された宇宙飛行士の足跡に似ていることから名付けられた。





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デザインは、ナイキの共同創業者でオレゴン大の陸上コーチだった故ビル・バウワーマン。






あらためて、NIKEの伝説「ビル・バウワーマン」について読み解いてみよう。


バウワーマンは、優れたパフォーマンスを実現するシューズを生んだことで、ランニングというスポーツを、そしてそれを履く人々の走り方をも一変させた功労者でもある。

彼がいなければ、NIKEも存在していなかったとさえ言われる男である。

バウワーマンは、NIKE の生みの親であると同時に、尊敬されるコーチであり、シューズづくりのイノベーターでもある。
そして最も重要なのは、彼自身が真のランナーでもあったということ。




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1929年に入学したオレゴン大学で優秀なフットボール選手として活躍していたビル・バウワーマンは、ビル・ヘイワードという陸上競技のコーチに出会う。

それが、一人のランナーが生まれるきっかけとなった。

それから20年も経たないうちに、オレゴン大学で陸上のヘッドコーチに就任した彼は、チームを4回のNCAAチャンピオンシップと数え切れないほどの個人タイトルの獲得に導き、スター選手の指導をするカリスマコーチになっていた。

「教え子たちに、ライバルより速く走れるシューズを。」きっかけは、そんなシンプルな情熱だった。

彼は、早くも1954年に自らシューズデザインのアイデアを大手スポーツシューズメーカー売り込み、ついには技術を学んで自分自身の手でランニングシューズをつくり始めている。

教え子である現役のトップランナーたちに履かせテストを繰り返し、試行錯誤を経て生み出されたバウワーマンの手づくりシューズは、やがて選手達を次々とタイトル獲得へ導き、注目を集めることになる。






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1964年、バウワーマンと元教え子のランナー、フィル・ナイトは、ブルーリボンスポーツという会社を立ち上げる。






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この会社こそが後のNIKEとなる。

彼は、1999年に引退するまで、ワッフルソウルをはじめとする数々の革新的なテクノロジーを次々に開発し、ランニングシューズの新しいスタンダードをつくりつづけたのである。






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☆☆☆GGのつぶやき
ブランドストーリーというのは掃いて捨てるほどある。
ブランド構築のための戦略論も掃いて捨てるほどある。
要は、シンプルな欲求である。
「教え子たちに、ライバルより速く走れるシューズを。」
そんなシンプルな情熱こそ、真のブランド構築につながり継続する力となる。














































by my8686 | 2019-07-24 18:21 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

トヨタ86スタイルCbで原風景を辿る

亡父の命日である本日は、故郷の墓参りに出向く。

行きつけのGRガレージから借り受けた代車は「トヨタ86スタイルCb」。

オーバル形状のヘッドランプがなんとも愛らしい。
まさにクールビューティー。

専用設計のフロントバンパーとリアスポイラーをスタイリッシュに架装。
ピュアレッド&マットブラックの2トーンカラーも楽しい。





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墓参りのあとは、いつもの原風景を眺める。





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雨上がりの瀬戸内海。







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対岸に宮島を望む。






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少年時代、父と泳いだ「名勝 妹背の滝」。






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滝の爆音にしばし夏のあの日を思い出す。








☆☆☆GGのつぶやき
夏の少年の頃の記憶が蘇る。
人生の宝物である。



















































by my8686 | 2019-07-23 22:36 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

アルチュール・ランボー「イリュミナシオン」を読み解く

ランボーの『地獄の季節』の一節に、今ふたたび感性が反応していた。




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見つかった

何が? ―〈永遠〉

太陽と一緒に行った

海のことだよ


見張り番する魂よ

そっと本音を語ろうよ

こんなにはかない夜のこと

炎と燃える昼のことを


世間並みの判断からも

通俗的な衝動からも

おまえは自分を解き放つ

そして自由に飛んでいく







純粋な少年が抱く献身的な「抗い」であり「青春の蹉跌」である。

古希を前にした今、なぜまたふたたび「感性の襞」に刺さるのか。





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アルベール・カミュが、ランボーのことを「反抗的で最高な詩人である」と賞賛している。

その影響力は、文学や芸術の範囲のみに限らず、政治の範囲にも影響が及び、アメリカ、イタリア、ロシア、ドイツの反合理主義革命の動機付けになったとされる。






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ミュージシャンのボブ・ディランやルイス・アルベルト・スピネッタ、作家のオクタビオ・パスやクリストファー・ハンプトンらにも現れている。





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ランボーが『イリュミナシオン』で一貫して表現した明確なテーマは「抗議」である。

現代の都市に対する魅惑と恐怖を同時に表現しながら、苦悶、恍惚、変質、自然、歩みと旅、創造と破壊が語られている。






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1873年にイギリスのレディングを出発してから、1875年にシャルルヴィル=メジエールとシュトゥットガルトにたどり着くまでの長旅の間に綴られた散文詩と自由詩である。

音楽では、ベンジャミン・ブリテンが本作中の10編による管弦楽伴奏のための歌曲『イリュミナシオン』作品18を1939年に作曲している。






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☆☆☆GGのつぶやき
「青春の蹉跌」、懐かしい言葉に感性の襞が震えた。
ランボーからゴダールへ。
ブランキズムの矛盾に満ちたパリ5月革命の残像が鈍く光る。














































by my8686 | 2019-07-20 15:06 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)

夏の残像「ロードバイクラン」

長い梅雨が続く。
こんな日は、コーヒーブレイクを兼ね数年前の夏のアルバムを開いてみよう。



2017年夏、大三島を訪れた日。
しまなみ海道の料理旅館「富士見園」を基点に島内を走る。

道の駅「多々羅しまなみ公園」にある「サイクリストの聖地」。
バイクスタンドの愛嬌のあるモニュメントに、つい頬がゆるむ。




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そして、夏といえば、昨年2018年7月に開催された「第1回JBCF 広島クリテリウム」。

国内最高峰の自転車ロードレースがここ広島市で初めて開かれた。
主催は、全日本実業団自転車競技連盟(JBCF)。
5月に片山右京理事長が、市役所を訪れて大会をPRしたことでも観戦意識が生まれたことを思い起こす。





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クリテリウムは、フランス語で「選抜競技」を意味する。
21チームが全国各地を回る「Jプロツアー」の一環で、各レースの獲得ポイントをもとに、日本一のチームと選手が決まった。
初開催の広島市では、西区の商工センターで1周1・7キロのコースを30周(51キロ)してトップを争った。







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市役所を訪れた片山理事長は「自転車のロードレースは、時にはライバル同士が励まし合うこともあり、様々なことを学べるのも魅力。子どもたちや親子連れに見て欲しい」と語った。

地元チームの「ヴィクトワール広島」の中山卓士監督は「念願がかなった。広島はスポーツを応援する土壌が日本一。いい結果を出して、広島のプロスポーツの仲間入りを果たしたい」とのコメントを想い出す。





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☆☆☆GGのつぶやき
燃えるような陽ざしを浴び、夏の風に吹かれるのが好きだ。
しばらく休んでいたロードバイクランで一汗かきたい。
梅雨明けが待ち遠しい。




























































by my8686 | 2019-07-17 11:03 | 徒然なるままに | Trackback | Comments(0)