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F.Y.I 「The Shed(Hudson Yards, 2019)」を読み解く

都市的リゾームとして読めるニューヨークの新しい建築として「The Shed(Hudson Yards, 2019)」を読み解いてみよう。


ニューヨークの均質化された巨大開発のただ中で、この建築は“都市の可変節”として異質な存在感を放っている。
あらためて、都市構造・身体性・可変性・政治性の層を重ねて読み解いてみよう。


The Shed(2019)とは何か:都市の“可動節”としての建築

住所:545 West 30th Street, New York, NY 10001
この施設はマンハッタン西側の新興開発地区「ハドソン・ヤード」内に位置しており、10番街と11番街の間にある。


1.可動外皮という“都市の関節”

The Shed の最大の特徴は、巨大な可動式外皮(ETFE膜+鉄骨フレーム)がレールの上をスライドし、建物の上から広場へと“展開”する構造。

- 8百万ポンドの外皮が動く(公式が強調)
- 展開すると「The McCourt」という巨大パフォーマンス空間が生まれる
- 収納すると通常のギャラリーや劇場として機能する

これは単なるギミックではなく、都市のプログラム密度を可変化する“関節”。
都市の硬直したグリッドに対し、動く建築が“ズレ”を生む。

設計は、ディラー・スコフィディオ+レンフロ(Diller Scofidio + Renfro)が主導し、ロックウェル・グループ(Rockwell Group)が共同で担当した。



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2. プログラムの固定を拒否する「可変性の建築」

The Shed は、建築家自身が「アーティストのための可変的な器」と語るように、用途を固定しないことを本質としている。

- 展覧会
- 演劇
- 音楽
- 大規模インスタレーション
- イベント
- 研究・制作(Skylight Studio)



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これらが建築の側から“規定されない”。
都市の文化活動を“受け入れる”のではなく、活動の側が空間を変形させる。



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これは、「都市的リゾーム」の典型といえよう。

プログラムが根茎的に増殖し、建築がそれに応じて変形する。




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3. Hudson Yards の均質性への“批評的挿入”

Hudson Yards は、ニューヨークでもっとも均質化された再開発地区。
ガラスの超高層、ブランドショップ、投資資本の空間。



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その中で The Shed は、唯一、都市の硬直性に“可変性”という異物を挿入する建築である。

- 巨大開発の中で唯一「動く」建築


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- 商業プログラムではなく文化プログラムを中心に据える



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- 都市の“余白”を生成する


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つまり、Hudson Yards の均質性を内部から“ほぐす”存在。




4. 都市のインフラとしての建築

The Shed は、建築というより都市インフラに近い。
「200,000平方フィートの構造が都市の文化活動を支える」

原弘司的に言えば、「都市の活動を支える可動節点」であり、建築というより都市の機能装置である。



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5. 外皮の“沈黙”と内部の“可変性”の対比

外皮は半透明のETFEで、巨大だが“沈黙”している。内部は劇場・ギャラリー・スタジオが複雑に組み替わる。



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この対比は、都市のノイズを遮断しつつ、内部で活動を増殖させる“二重構造”として読むことができる。



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これは「沈黙と生成」の構造といえる。



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6. 技術的側面:動く建築の実現

技術的特徴:

- ETFE膜の軽量性



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- 鉄骨フレームのテレスコープ構造


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- レール上を移動する外皮


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- Thornton Tomasetti による構造・キネティック設計



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これらが、“巨大な建築を動かす”という都市スケールの可変性を可能にしている。



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7. The Shed の本質:都市の“潜在力”を引き出す装置

The Shed は、都市の潜在的な文化活動を“引き出す”ための建築。

- 都市の硬直性をほぐす
- 活動の側に空間を委ねる
- 都市の深層に“可変性”という別の構造を挿入する
- 建築が都市のリゾームの節点になる



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「均質化された都市の深層で差異を生成する都市的リゾーム」そのものといえる。



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memo

Diller Scofidio + Renfro(以下 DS+R)

単なる「建築家」という枠を超えて、都市・身体・テクノロジー・パフォーマンスを横断する独自の建築思想を持つ稀有な存在。
The Shed のような可動建築を生み出せた背景には、彼らの30年以上にわたる実験的姿勢がある。


Diller Scofidio + Renfroとは

エリザベス・ディラー(Elizabeth Diller)とリカルド・スコフィディオ(Ricardo Scofidio)を中心に1981年に結成されたニューヨーク拠点の建築・アートユニット。
後にチャールズ・レフロ(Charles Renfro)が加わり現在の体制に。

彼らは初期から「建築を固定物とみなさない」姿勢を貫き、パフォーマンス・インスタレーション・都市批評・メディアアートを横断しながら、建築を社会的・身体的・政治的な現象として扱ってきた。その延長線上に The Shed のような「動く建築」がある。


The Shed におけるDS+Rの思想

200,000平方フィート(約18,500㎡)の可変建築で、外殻が伸縮し、建物の床面積を倍増させることができる。
この「可動外殻(telescoping outer shell)」は、巨大な鉄骨フレーム・鉄道車輪の技術・ETFE膜の軽量外皮を組み合わせ、建築を“装置”として扱うDS+Rの思想を体現している。


■ DS+RがThe Shedで実現したこと

・建築を「固定された箱」から「可変的なインフラ」へ
・都市空間と建築の境界を曖昧にする
・アートのために建築が“退く”という思想
・巨大な構造体を都市の中で動かすという大胆な実験

The Shed の外殻がスライドして広場を覆い、巨大なパフォーマンス空間「The McCourt」を形成する仕組みは、まさに彼らの代表的な発想である。


DS+Rの代表作と思想の一貫性

■ ハイライン(High Line)
廃線を都市の“空中庭園”に変えたプロジェクト。
都市の記憶を保存しつつ、新しい公共性を創出。

■ ブロード美術館(The Broad)
「ヴェールと金庫(veil and vault)」という概念で、展示空間と収蔵庫の関係を建築化。

■ リンカーンセンター改修
文化施設の“見えない境界”を解体し、都市に開く。

これらはすべて、「建築は社会のプロセスであり、固定物ではない」というDS+Rの哲学の変奏である。


DS+Rの特徴

・可変性:建築を動かす・変形させる(The Shed)
・都市批評性:都市の記憶・インフラを読み替える(High Line)
・身体性:人の動き・視線・体験を重視
・メディア性:映像・パフォーマンス・インスタレーションとの融合
・社会性:公共空間の再編、文化施設の民主化

The Shed は、これらの要素が最も凝縮された作品と言える。




☆☆☆GGのつぶやき
The Shed は、均質化された都市の深層に潜む“生成の力”を引き出し、固定化された都市構造を脱コード化し、新たな接続・多様性・生成変化を根茎的に増殖させるスムーズ空間の可動的都市装置である。これは、単なる建築論ではなく、都市そのものを“生成する存在”として捉えるドゥルーズ的都市哲学の実践である。ラトゥール的に読むと、The Shed は「都市政治の実験室」。分断された社会における「共に在ること(being-with)」の新しいプロトタイプを試す“都市的ラボ”として読める。誰がここにアクセスできるのか、どのような文化がここで可視化されるのか、どのような身体が歓迎され、どの身体が排除されるのか、これらはすべて政治的な問いであり、The Shed はそれに対する一つの暫定的な回答=プロトタイプとなる。

The Shed をドゥルーズ的「生成装置」かつラトゥール的「都市政治の実験室」として読む視点は、いまの米国社会の動きと驚くほど響き合う。文化戦争の激化、都市と地方の断絶、公共空間の排除と監視の強化など、米国では「誰が都市にアクセスできるのか」という問いがかつてなく政治化している。こうした状況で The Shed は、固定化された境界を一時的にゆるめ、異なる身体や文化が交差する“暫定的公共性”を生成するプロトタイプとして浮上する。つまり、均質化と分断が進む米国において、都市が再び「共に在ること」を実験しうる場となり得るのかを問う装置であり、都市そのものを再政治化する試みとして読める。

The Shed を「生成の都市装置」として読む視点は、米国の他の文化施設と比較するといっそう鮮明になる。たとえば MoMA や LACMA のような巨大美術館は、依然としてキュレーション権力が強く、文化を“展示する側/される側”に分ける構造を保持している。一方で The Shed は、可動構造とプログラムの流動性によって、都市の内部に潜む異質性をそのまま生成させる“場の実験”を優先する。これは、Black Lives Matter 以降の米国で高まった「誰の文化が公共空間で可視化されるべきか」という政治的問いに対する、よりプロトタイプ的な応答といえる。

また、Smithsonian のようなナショナル・ミュージアムが国家的物語の再構築を担うのに対し、The Shed は都市の微細な差異や周縁的文化を接続し、暫定的な公共性を生成する装置として機能する。分断と監視が強まる米国において、都市が“共に在ること”を再実験するための可動的な政治空間として、The Shed は特異な位置を占めている。

The Shed を「都市的プロトタイプ」として捉えると、その特異性は他の可動型文化施設との比較でいっそう際立つ。可動型文化施設には、しばしば「文化を運ぶ」「文化を届ける」という一方向的なロジックが潜む。たとえば BMW Guggenheim Lab は都市を巡回しながらワークショップや展示を行ったが、都市の側に潜在する差異や欲望を“生成させる”というより、外部からプログラムを持ち込み、都市を観察・分析する装置として振る舞った。Similarly、Serpentine Pavilion は毎年異なる建築家が設計する可動的構造だが、都市の社会的条件を変容させるより、建築的実験の舞台としての性格が強い。

これに対し The Shed は、可動性そのものを都市のリズムや社会的緊張に接続し、都市内部の異質性を引き出す“生成的インフラ”として機能する。可動構造は単なる技術ではなく、都市のアクセス権、可視化される文化、歓迎される身体と排除される身体といった政治的問いを露呈させる仕掛けとなる。つまり、The Shed は「都市を観察する可動施設」ではなく、「都市を再構成する可動的プロトタイプ」として、米国の分断状況に対し暫定的な“共に在ること”のモデルを提示している。

可動性を軸に読むと、The Shed は単なる可動建築ではなく、都市政治そのものを再編する「運動体」として立ち上がる。可動性はまず、都市空間に埋め込まれた境界—所有、治安、ゾーニング、文化的ヒエラルキー—を一時的にゆるめ、固定化されたアクセス権を撹乱する。つまり、誰がどこに居られるのかという都市政治の根幹を、物理的な移動によって再交渉させる力を持つ。

また、可動性は都市のリズムや社会的緊張に“同期”しやすい。抗議、祝祭、周縁文化の噴出といった都市の出来事に対し、The Shed は静的な文化施設とは異なり、都市の生成変化に寄り添いながら新しい公共性をその場で立ち上げる。これは、分断と監視が強まる米国において、固定的な公共空間が失いつつある「共に在ること」の実験を再び可能にする。

さらに、可動性は都市の政治的可視性を再編する。どの文化が前景化され、どの身体が歓迎されるのかを、固定的な制度ではなく、状況に応じて生成し直す。The Shed はその意味で、都市の政治的インフラを“動かしながら再構築する”プロトタイプとして機能している。




# by my8686 | 2026-02-01 01:01 | 気になる建築&空間 | Trackback

F.Y.I Herzog & de Meuron「100%アフォーダブル住宅タワー」を読み解く

Herzog & de Meuron の「100%アフォーダブル住宅タワー」を、建築的・都市的・社会的観点から読み解いてみよう。



Herzog & de Meuron「100%アフォーダブル住宅タワー」(Hudson Mosaic)

このプロジェクトは Hudson Mosaic と呼ばれ、ニューヨーク市が所有する公共用地(388 Hudson Street)に建設される、35階建て・約280戸の“完全アフォーダブル住宅”。

Herzog & de Meuron がアフォーダブル住宅を高層で設計するのは極めて珍しく、NYCの住宅政策においても象徴的なプロジェクトである。



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1.建築デザイン:West Village の文脈を読み替える“トラペゾイド型タワー”

Hudson Mosaic の外観は次の特徴を持つ:

・台形(trapezoidal)に立ち上がるタワー
・キューブ状の窓ユニットが積層するファサード
・West Village の歴史的建築からの引用

Herzog & de Meuron は、単なる“安価な住宅”ではなく、歴史的街区の文脈を読み替えた高密度の都市建築として設計している。
つまり、アフォーダブル住宅であっても、建築的質を落とさないという強い姿勢が見える。



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2.公共性の強化:巨大なレクリエーションセンターを併設

このプロジェクトの最大の特徴のひとつは、NYC Parks が運営する大規模レクリエーションセンターを併設すること。

施設内容は非常に充実している。

・6レーンのスイミングプール
・バスケットボールコート
・インドア/アウトドアのランニングトラック
・トレーニングルーム
・多目的スペース

これは単なる住宅ではなく、地域の公共インフラを同時に再構築する“都市装置”として機能する。



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3.100%アフォーダブル:NYCで初の“公共地 × 高層 × 完全アフォーダブル”

プロジェクト内容

・市有地(DEP 所有地)を活用
・280戸すべてがアフォーダブル住宅
・支援住宅(supportive housing)も含む
・公共レクリエーションセンターを併設

NYCでこの組み合わせは“初”とされている。
つまり、公共地を最大限に活用し、住宅危機に対する新しいモデルを提示するプロジェクトと言える。



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4. 都市政策との連動:Hudson Square の再編を牽引

Hudson Mosaic は、Hudson Square/West Village の境界に位置する公共地の再活用という都市政策の文脈にある。

・DEP(環境保護局)
・HPD(住宅保全開発局)
・NYC Parks

という複数の行政機関が連携している点が重要。
これは、都市の土地利用を“住宅 × 公共施設 × 社会福祉”として再構成する試みであり、NYCの住宅政策の方向性を象徴している。



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5.建築的意義:アフォーダブル住宅の“質”を再定義

Herzog & de Meuron が関わることで、アフォーダブル住宅に対する従来のイメージが大きく更新された。


◆ 建築的質の高さ

- 文脈を読み込んだファサード
- 高密度でも圧迫感を抑える形態
- 公共性を強化するプログラム構成


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◆ 社会的意義

- 住宅危機への直接的な回答
- 公共地の新しい活用モデル
- 地域コミュニティの再生

つまり、Hudson Mosaic は “アフォーダブル住宅=低質”という固定観念を壊す建築として位置づけられた。



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総括:Hudson Mosaic は“都市の再配分装置”である

・建築的質の高さ(Herzog & de Meuron)
・100%アフォーダブルという社会的意義
・公共施設との併設という都市的革新
・市有地活用という政策的実験




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これらが結びついた都市の再配分(redistribution)を実現するアンサンブラージュと言える。



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memo


1. 計画の骨格:市有地 × 100%アフォーダブル × 公共レクリエーションセンター

・市有地(DEP 所有の区画)を転用し、そこに約280戸のアフォーダブル/サポーティブ住宅と、新たな Parks レクリエーションセンターを一体で建設する**というのが、この計画の中核にある。

・住宅はすべてアフォーダブルであり、サポーティブ住宅も含む構成として位置づけられている。

・レクリエーションセンターは、通年利用可能で ADA アクセシブル、かつ LEED Gold 認証を目指す公共施設として計画されている。

※ADA アクセシブルとは、
アメリカ障害者法(ADA: Americans with Disabilities Act)に適合し、障害のある人も支障なく利用できるよう設計された状態を指す言葉


※LEED Gold 認証とは、
国際的な環境建築評価制度「LEED(Leadership in Energy and Environmental Design)」で、上から2番目に高い評価ランクのこと。
建物がどれだけ環境に配慮しているかを、世界共通の基準で評価する仕組みで、アメリカの USGBC(U.S. Green Building Council)が運営している。


ここでまず重要なのは、「市有地を、純粋なインフラ用地でも、単なる公園用地でもなく、“住まい+公共施設”の複合体として再編する」という都市戦略である。


2. 都市プログラムとしてのコンセプト

□「住むこと」と「公共的に身体をひらくこと」の垂直的統合

事実として示されているのは:

・上層:アフォーダブル/サポーティブ住宅 約280戸
・下層:地域住民が利用する Parks レクリエーションセンター

という明確な上下分節である。

ここから読み取れる設計コンセプトは:

・住宅は「個人的な生活の場」だが、その基盤として「公共的な身体活動・健康・交流の場」が物理的に支える構成
・公共住宅を「周縁に追いやる」のではなく、“公共施設と同じ基壇を共有する都市の中心的プログラム”として扱うという価値観の転換

つまり、「公共性の上に生活が立ち上がる」という空間的メタファーが、プログラム構成そのものに組み込まれていると言える。



3. 環境・アクセシビリティのコンセプト

□公共建築を通じて「都市の標準」を更新する

レクリエーションセンターについて明示されているのは:

・LEED Gold 認証を目指す環境性能
・通年利用可能で ADA アクセシブルな施設

ここで重要なのは、
これは単に「良いスペックの公共施設」ではなく、

・アフォーダブル住宅と公共施設を一体化した建物が、そのまま「環境性能」と「アクセシビリティ」の新しい標準像になる
・つまり、“低所得者向け住宅だから環境性能や空間の質は妥協してよい”という旧来の暗黙の階層性を否定する

という、倫理的な都市モデルの提示になっている点である。



4. 市民参加と都市政治のコンテクスト:

□「約束された公園」から「複合公共プロジェクト」への転換

この敷地はもともと、

・水道トンネル工事用地として使われ、
・長らく「公園としてコミュニティに還元される」と期待されていた経緯がある。

その後、

・コミュニティボードや一部の政治家の働きかけにより、
・アフォーダブル住宅の建設が検討され、さらに規模の大きな開発案へと変化していった。

最終的に市は、

・北側を「住宅+レクリエーションセンター」
・南側を「新たな公共プラザ」
として再開発する方針を示している。

ここから見えるコンセプトは:

・「公園か住宅か」という二項対立ではなく、「住宅+公共施設+オープンスペース」という複合的な公共性の構成へと議論を転換した
・市有地を、単一機能ではなく“公共性の多層的なプラットフォーム”として再定義する

という、都市政治と設計コンセプトが強く結びついたプロジェクトであるということ。




5. Herzog & de Meuron 的な読み替え

□「かたち」以前にある、都市スケールの編集

現時点の公開情報は、主にプログラム・政策・環境性能に関するもので、立面構成やディテールに関する具体的な記述はほとんどない。

ただし、HdM のこれまでの仕事と照らし合わせると、このプロジェクトにおける設計コンセプトは、少なくとも次のような方向性を持つと考えられる。

・巨大なボリュームを、そのまま“塔”として押し立てるのではなく、都市スケールに応答するように分節・折りたたみ・テクスチャ化する
・住宅塔でありながら、立面を「反復する窓のグリッド」だけで処理せず、都市の遠景・近景の両方で“表情”を持つようなマスとスキンの関係をつくる
・基壇部(レクリエーションセンター+プラザ)と上部住宅の関係を、単なるポディウム+タワーではなく、“公共的な地形の上に住まいが生えている”ような構成として扱う

つまり、「市有地の再編」「公共性の多層化」「環境性能の標準化」という都市的・政治的コンセプトを、かたちと素材の操作によって“都市の風景”として可視化することが、HdM に課された設計上のミッションだと読める。




6. 総括

□このプロジェクトが提示している「設計コンセプト」の核

事実と解釈を統合すると、この「100%アフォーダブル住宅タワー」の設計コンセプトは、次のように要約できる。


1. 市有地を、住宅・公共施設・オープンスペースが重なり合う「多層的公共性のプラットフォーム」として再定義すること。
2. アフォーダブル/サポーティブ住宅を、環境性能・アクセシビリティ・公共施設と同列の“都市のフロントステージ”に置き直すこと。
3. レクリエーションセンターを「生活の下支え」として物理的に基壇化し、公共性の上に生活が立ち上がるという空間的メタファーをつくること。
4. その全体を、HdM 的なスケール操作とマテリアル感覚によって、“単なる福祉施設”ではなく“都市の風景としての建築”へと昇華させること。


ドゥルーズ=ガタリの概念で読むと、単なる「住宅」ではなく、都市の深層を組み替える生成装置として立ち上がる。
270 Park Avenue の分析と同じ枠組みで読むと、NY の都市構造がどの方向に変わろうとしているのかが鮮明になる。



差異生成/アンサンブラージュ/都市の層化の三軸で読み解いてみよう。

1.差異生成(becoming):アフォーダブル住宅が“都市の差異”を生む

Hudson Mosaic は、「アフォーダブル=低質」という固定観念を破壊する差異生成の装置として機能している。


◆ 差異生成のポイント

- 高級建築家(Herzog & de Meuron)がアフォーダブル住宅を設計
- 公共施設(巨大レクリエーションセンター)を併設
- West Village の歴史的文脈を読み替えたファサード

これらは、都市の中に新しい“質の差異”を生み出す。
従来の「高級=美しい」「アフォーダブル=粗末」という二項対立を解体し、住宅の価値体系そのものを再編する生成が起きている。



2.アンサンブラージュ(assemblage):都市・政策・資本・身体の結節点

Hudson Mosaic は、異質な要素が結びつく巨大なアンサンブラージュ。


◆ ① 都市政策のアンサンブラージュ

- 市有地(公共地)の再利用
- HPD・DEP・NYC Parks の複数行政機関が連携
- 住宅政策 × 公共施設 × 社会福祉の統合

→ 都市の制度的レイヤーが組み替えられる。


◆ ② 社会的アンサンブラージュ

- 100% アフォーダブル
- 支援住宅(supportive housing)を含む
- 地域コミュニティの再生

→ 住宅が“社会的包摂の装置”として機能する。


◆ ③ 建築的アンサンブラージュ

- トラペゾイド型のタワー
- キューブ状の窓ユニット
- 歴史的街区の文脈を再構成

→ 建築が“都市の記憶”と“未来の形態”を接続する。

つまりこのプロジェクトは、都市・政策・建築・身体・コミュニティが結びつく多元的アンサンブラージュとして立ち上がっている。



3. 都市の層化(stratification):公共地の再配分による“都市の再層化”

ドゥルーズ=ガタリの「層化(strata)」の概念で読むと、Hudson Mosaic は都市の層を再編するプロジェクト。

◆ 都市の層化がどう変わるか

- 土地の層:市有地を「公共 × 住宅 × 福祉」の複合層へ
- 社会の層:富裕層中心の West Village に“新しい社会層”を挿入
- 建築の層:歴史的街区の上に新しい形態の層を重ねる
- 身体の層:公共施設によって身体活動の層が追加される

つまり、Hudson Mosaic は都市の層を“再配分”し、“再構成”する層化装置として機能している。


総括:Hudson Mosaic は“都市の再配分を実現する生成マシン”

Hudson Mosaic は、都市の深層で再配分と生成を同時に駆動する“都市的マシン”として読める。
差異生成によってアフォーダブル住宅の価値体系を更新し、アンサンブラージュとして政策・建築・社会・身体を結び直し、さらに公共地の再編を通じて都市の層を組み替える。
これら三つの力が重なり合うことで、都市そのものを再構築するリゾーム的プロジェクトとなっている。



☆☆☆GGのつぶやき
Hudson Mosaic は、分断国家の中で“別の政治”を実践する都市的リゾームとして再生されていく。米国は歴史的に深刻な政治的分断に直面している。その一方で、Hudson Mosaic のような都市プロジェクトは、差異を肯定的に生成し、異質な要素を接続し、都市の層を再編し、公共性を再配分するという、国家とは異なる“生成の政治”を実践している。国家が分断を深める一方で、都市は差異を再配分し、新しい社会的接続を生み出すリゾームとして機能している。Hudson Mosaic は、分断国家アメリカの中で、都市が持つ“もうひとつの政治的可能性”を体現する建築と言える。



# by my8686 | 2026-01-31 21:21 | 気になる建築&空間 | Trackback

F.Y.I 超高層の再定義:新しい「トロフィー・タワー」を読み解く

JPMorgan Chase 新本社ビル(270 Park Avenue)

このビルは、いまのニューヨーク建築を象徴する“超高層の再定義”そのもの。
あらためて、建築的・都市的・構造的にどこが革新的なのかを徹底的に読み解いてみよう。


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JPMorgan Chase 新本社ビル(Foster + Partners)

ニューヨーク最大のオール電化タワーであり、60階・高さ1388フィート(423m)の巨大オフィス。「70階」は計画段階の数字で、完成時は60階で確定している。


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1.“トロフィー・タワー”の再定義:象徴性ではなく“都市インフラ”へ

従来のトロフィー・タワーは「企業の象徴」「高さの競争」が中心だった。
しかし270 Park Avenue は違う。

◆ 都市のエネルギー構造を変える建築

- ニューヨーク最大のオール電化タワー
- 水力発電による再生可能エネルギーで稼働

これは単なる“象徴”ではなく、都市のエネルギー転換を担うインフラ的建築。


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2. 革命的な構造:巨大な“持ち上げられた基壇”

最大の特徴は、80フィート(約24m)持ち上げられた基壇部。


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◆ 特徴

- 巨大な扇形の柱(fan-shaped columns)と三角ブレースで支える
- 1ブロック全体が“浮いている”ような軽さ
- 歩行者空間を拡張し、都市の透過性を高める

これはマンハッタンの超高層では異例で、グリッド都市に“空隙”をつくる構造的ジェスチャーでもある。



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3.新しいミッドタウン東ゾーニングの最初の巨大プロジェクト

ミッドタウン東の再開発は、老朽化したオフィス街を21世紀仕様に再編する都市政策。
270 Park Avenue はその最初のフラッグシップ。

◆ 都市政策との連動
- 古い本社ビルを解体し、同じ敷地に2.5倍の床面積を再構築
- 2.5 million sq ft(約23万㎡)の巨大オフィス
- 1万人の社員を収容

つまりこれは“企業の建築”であると同時に“都市の再編装置”。




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4. 環境性能:NYの新しい基準をつくる

健康・環境性能の高さ。


◆ 特徴

- 運用時の炭素排出ゼロ(net-zero operational emissions)
- 全館オール電化
- 屋内空気質が最高基準を超える
- スマート技術によるエネルギー最適化

これは単なる“グリーン建築”ではなく、超高層オフィスの環境基準を再定義するプロトタイプ。



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5. 空間構成:21世紀のオフィスのモデル

Foster + Partners はこのビルを「現代の職場の定義」と呼ぶ。

◆ 空間の特徴

- コラボレーション重視のフロア構成
- 2.5 million sq ft の柔軟なワークスペース
- スマートインフラによる働き方の最適化

つまり、「オフィスの未来」を建築として実装した最初の巨大事例。



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6. 構造革新:巨大カンチレバーの実現

このビルの最大の技術的成果は“革命的なカンチレバー構造”。

◆ 何が革新的か

- 下層部を大きく持ち上げるため、 巨大なカンチレバー(張り出し)構造を採用
- これにより、
- 歩行者空間の拡張
- 都市景観の軽量化
- 地上部の公共性向上
が可能になった。

これはマンハッタンの超高層史でも異例とされる。



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総括:270 Park Avenue は“超高層の未来モデル”

このビルは次の4点で歴史的。

①超高層を都市インフラとして再定義
(エネルギー・環境・ゾーニング)

②構造の革新:巨大な持ち上げ基壇とカンチレバー

③都市政策と企業戦略の結晶
(ミッドタウン東再編の象徴)

④オール電化 × 再エネ × スマート化の“未来型オフィス”

“均質化の表層 × 非均質性の深層”という都市論的視点で見れば、270 Park Avenue はグリッド都市の均質性の上に、環境・構造・都市政策という“深層の差異”を重ねた建築と言える。



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memo

全体像:270 Park Avenue は「21世紀型本社ビル」のプロトタイプ

Foster + Partners が設計した JPMorgan Chase の新本社ビル「270 Park Avenue」は、単なる超高層オフィスではなく、「環境性能」「都市空間」「働き方」の三つを同時に更新することを狙った、かなり野心的なプロジェクトである。
高さ約423m・60階建て、延床約23万㎡、最大1万人が働くこのタワーは、ニューヨーク最大の“オール電化”タワーであり、運用段階でのカーボン排出実質ゼロを目指す、象徴的なサステナブル本社として位置づけられている。


1. 形態と構造コンセプト:持ち上げられたボリュームと扇状の柱

建物を「持ち上げる」構造

・地上約24m(80ft)持ち上げられたボリューム
タワー本体は地面から約24m浮かせるように持ち上げられ、その下に大きな都市的な「空隙」がつくられている。

・扇状に広がる柱+三角形ブレース
敷地下のインフラ制約(鉄道・地下構造など)を避けるため、柱を扇状に広げ、三角形のブレースで支持する独特の構造システムを採用。これにより、地上レベルでは接地面を最小限に抑えつつ、超高層タワーを安定して支えている。


□都市空間との関係

・ブロック全体に「軽く接地」するタワー
建物を持ち上げることで、以前の建物に比べて屋外スペースを約2.5倍に拡大し、歩行者空間や緑化されたプラザを創出している。

・視線の貫通
パーク・アベニュー側のエントランスからマディソン・アベニューまで視線が抜けるように計画され、街路レベルでの抜けと開放感を強調している。

この「持ち上げられたボリューム+扇状の柱」は、構造上の制約への解答であると同時に、パークアベニュー沿いの“重い”タワー群の中で、軽やかさと公共性を強調する都市的ジェスチャーになっている。


2. サステナビリティと環境性能:ニューヨーク最大のオール電化タワー

□オール電化+再生可能エネルギー

・ニューヨーク最大の全電化タワー
270 Park Avenue は、ニューヨーク市で最大のオール電化タワーであり、運用電力はすべて水力発電による再生可能エネルギーで賄う計画。

・運用時カーボン排出実質ゼロ
建物の運用段階でのカーボン排出を実質ゼロとすることを目標に設計されており、都市スケールでの脱炭素の象徴的プロジェクトとされている。


□既存建物の解体と資源循環

・解体材の97%をリサイクル・再利用
旧ユニオン・カーバイド・ビルの解体に際し、解体材の約97%をリサイクルまたは再利用することで、建設段階の環境負荷低減にも踏み込んでいる。


□認証・健康性

・LEED Platinum v4 と WELL Health-Safety Rating を目標
国際的な環境性能認証 LEED Platinum v4 と、健康・安全性に関する WELL Health-Safety Rating の取得を目指し、エネルギー効率だけでなく、室内環境・健康性も重視した設計となっている。

※LEED Platinum v4 とは:
・世界的な環境性能認証 LEED の v4 バージョンに基づく最高ランク
・建物の環境性能を総合的に評価し、80 点以上で認証
・エネルギー、水、材料、室内環境、立地など多方面で高い基準を満たす必要がある
・近年のサステナブル建築の「最先端の証明」とされる


※WELL Health-Safety Rating とは:
・WELL 認証のサブセットで、建物の運用管理の健康・安全性を評価する国際基準
・感染症対策・空気質・水質・清掃・緊急時対応などに特化
・実測・実行ベースの審査
・1 年更新で継続的な安全性を担保
・ESG・人的資本経営の文脈で世界的に普及


・高い室内空気質
室内空気質は、サステナビリティと健康・ウェルネスの最高水準を上回るレベルを目指して設計されているとされている。

Foster + Partners のコンセプトは、「環境性能を“付加機能”ではなく、構造・形態・都市計画と一体化させる」ことにあり、タワー全体がサステナビリティの“装置”として振る舞うように構成されている。



3. 都市計画的意義:Midtown East 再開発の触媒として

□フルブロック開発と Midtown East Rezoning

・フルブロックのタワー
敷地はパークアベニュー、マディソンアベニュー、47丁目、48丁目に囲まれたマンハッタンの一街区全体で、タワーはこのフルブロックを占める構成。

・Midtown East Rezoning の象徴的プロジェクト
270 Park Avenue は、Midtown East 再開発(Rezoning)における重要な触媒プロジェクトと位置づけられ、周辺のオフィスストック更新や公共空間の改善を牽引する役割を担っている。


□歩行者空間と公共性の強化

・マディソンアベニュー側のランドスケーププラザ
マディソンアベニュー側には緑化されたプラザが設けられ、歩行者の滞留・通過の両方を受け止める都市的な外部空間として機能する。

・歩道の拡幅
周辺歩道の拡幅や歩行者動線の改善により、ビル単体ではなく、街区全体の歩行環境を向上させる計画となっている。

・交通インフラとの連携
地下鉄や地域交通インフラとの接続改善も組み込まれており、都市交通ネットワークのハブとしての機能も強化されている。

Foster + Partners は、このタワーを「企業の本社ビル」であると同時に、「Midtown の公共インフラの一部」として位置づけており、基壇部の持ち上げやプラザ整備は、その都市的役割を視覚化するデザインといえる。


4. オフィス空間とワークプレイス・コンセプト

□柔軟でコラボレーティブなワークプレイス

・約250万ft²(約23万㎡)、最大1万人の従業員
タワー内部には、最大1万人の従業員が働くための柔軟でコラボレーティブなオフィス空間が計画されている。

・21世紀型インフラとスマートテクノロジー
先進的なインフラとスマートビル技術を組み合わせ、将来の働き方の変化にも対応できる「アダプティブ」なワークプレイスを目指している。


□「エクスチェンジ」と呼ばれるコミュニティハブ

・3層吹き抜けの「エクスチェンジ」
タワー中央部には3層吹き抜けの「エクスチェンジ」と呼ばれる空間があり、16の異なる施設を備えたコミュニティハブとして機能する。

・タウンホールや大規模集会の場
タウンホールミーティングや大規模な社内イベントのためのスペースも含まれ、単なる執務空間ではなく、組織文化を育む「社内都市」のような役割を担う。


□ロビーとアクセスのインクルーシブデザイン

・モニュメンタルな階段と中2階
1階ロビーはメインエントランスとして、モニュメンタルな階段と中2階を備え、空間的な広がりと儀礼性を演出している。

・インクルーシブなアクセス
スロープやエレベーターにより、すべての人に対してインクルーシブなアクセスを確保することが明示されており、バリアフリーを前提とした設計思想が読み取れる。

ここでのコンセプトは、「本社ビル=単なるオフィスの箱」ではなく、「多層的なコミュニティ空間」としての本社像を立ち上げることにある。
構造的なダイナミズム(持ち上げられたボリューム)と、内部のコミュニティハブ(エクスチェンジ)が、外と内で呼応する構成になっている。



5. Foster + Partners のコンセプトの核

まとめると、Foster + Partners による JPMorgan Chase 新本社ビルの設計コンセプトは、次のように整理できる。


1. 構造と都市空間の統合
扇状の柱と三角ブレースによる持ち上げられたタワーは、地下インフラの制約を解決しつつ、地上レベルに大きな公共空間と視線の抜けを生み出す「構造=都市デザイン」として機能している。

2. サステナビリティを建築の“前提”にする
オール電化、再生可能エネルギーによる運用、解体材の97%リサイクル、LEED Platinum v4・WELL Health-Safety Rating など、環境性能と健康性を建物の根幹に据え、「環境配慮型本社」の新しい標準を提示している。

3. 本社ビルを「都市の一部」として再定義
Midtown East Rezoning の触媒として、歩道拡幅、プラザ整備、交通インフラとの連携を通じて、企業の本社が都市公共空間の質を高める主体であることを示している。

4. ワークプレイスを「コミュニティの場」として設計
エクスチェンジを中心とした多層的なコミュニティ空間、柔軟でコラボレーティブなオフィス、インクルーシブなアクセス設計により、企業文化とウェルビーイングを支える「社内都市」を構築している。





「JPMorgan Chase 新本社 270 Park Avenue」は、ドゥルーズ=ガタリの概念を使うと驚くほど多層的に読めてくる。
超高層建築を「資本の象徴」としてではなく、都市の生成を駆動するアンサンブラージュとして捉えると、ニューヨークという都市そのものの“差異の生産装置”が見えてくる。


以下、平滑空間/アンサンブラージュ/差異の生成の三つの軸で読み解いてみよう。


1.平滑空間(smooth space)としての270 Park Avenue

ドゥルーズにおける「平滑空間」は、均質で、方向性がなく、流れが自由に走る空間。
マンハッタンのグリッドは典型的な“平滑化された都市”ですが、このビルはその上に新しい平滑性を重ねている。

◆ 基壇を80フィート持ち上げる=都市に“空隙”をつくる操作

- 地上部が大きく開放され、歩行者の流れが自由に通り抜ける
- グリッドの硬直性を一時的に“解きほぐす”
- 都市の流れ(フロー)を再編成する

これは、超高層建築が都市の平滑性を増幅する稀有な例。
通常のタワーは地面を塞ぎ、都市を“溝状化(striated)”するが、270 Park は逆に都市を滑らかにする方向へ作用している。




2.アンサンブラージュ(assemblage)としての270 Park Avenue

アンサンブラージュとは、異質な要素が結びつき、機能し、生成し続ける“集合体”。
このビルはまさに巨大なアンサンブラージュ。

◆ ① エネルギーのアンサンブラージュ

- オール電化
- 水力発電による再生可能エネルギー
- 都市の電力網との新しい接続

→ 建築が“電力の流れ”を再編する。


◆ ② 都市政策のアンサンブラージュ

- ミッドタウン東の再開発政策
- ゾーニングの刷新
- 歩行者空間の再構成

→ 建築が“都市の規則”を再構成する。


◆ ③ 資本のアンサンブラージュ

- JPMorgan の企業戦略
- グローバル金融の象徴性
- 1万人の労働空間

→ 建築が“資本の流れ”を可視化する。


◆ ④ 構造技術のアンサンブラージュ

- 巨大カンチレバー
- 扇形の柱
- 高度な環境制御

→ 建築が“技術の集合体”として機能する。

つまり270 Park Avenue は、都市・資本・エネルギー・身体・技術が結びつく巨大な生成装置として立ち上がっている。



3.差異の生成(becoming)としての270 Park Avenue

ドゥルーズにおける“差異”は、単なる違いではなく、生成し続ける力(becoming)。
このビルは、ニューヨークの均質なグリッドの上で、新しい差異を生み出す三つの生成を起こしている。


◆ ① 都市の差異生成:グリッドの中に“空隙”を挿入する

- グリッドは均質化の象徴
- そこに巨大な“持ち上げ空間”を挿入することで

→ 都市の流れが変わる
→ 歩行者の動線が変わる
→ 視線の抜けが生まれる

これは都市の“微細な差異”を生み出す操作。



◆ ② 資本の差異生成:トロフィー・タワーの再定義

従来の超高層は、高さ × 権力 × 象徴性の三点セットだった。
しかし270 Park は 環境 × 都市政策 × 公共性という新しい価値軸を導入する。

→ 資本の象徴が“環境インフラ”へと変容する
→ これは資本の差異生成



◆ ③ 身体の差異生成:働き方の再構成

- 空気質の最適化
- コラボレーション空間
- スマートワークプレイス

→ 労働の身体性そのものが変わる
→ 都市の“身体的経験”が更新される



総括:270 Park Avenue は“差異を生み出す都市マシン”

ドゥルーズ的に言えば、このビルは「平滑空間の再編」(都市の流れを滑らかにする)、アンサンブラージュの結節点(資本・技術・政策・エネルギーの集合体)、差異生成の装置(都市・資本・身体の新しい形を生む)として機能している。つまり、ニューヨークという均質化された都市の深層で、新しい差異を生成する“都市的リゾーム”として読むことができる。



☆☆☆GGのつぶやき
都市は差異を生み出す“リゾーム的生成装置”として進化し、国家権力は境界を強化する“溝状化の力”として作用する。報道されているトランプ大統領の最近の行動は、国家レベルでの空間の硬直化・境界化の動きとして読める。その対照として、270 Park Avenue は都市の深層で差異を増殖させる“生成のマシン”。つまり、ニューヨークの都市生成と、国家権力の強硬化は、ドゥルーズ的には「平滑化 vs. 溝状化」の二つの空間操作として同時に進行している。



# by my8686 | 2026-01-30 20:20 | 気になる建築&空間 | Trackback

F.Y.I「Tours DUO」を読み解く

パリ東部の都市再編を象徴する建築を語るとき、「Tours DUO」(トゥール・デュオ)は避けて通れない。
ジャン・ヌーヴェルが手がけたこの二つの塔は、単なる高層建築ではなく、パリという都市の未来像をめぐる議論そのものを体現する存在である。

パリはオスマン以降、強い均質化のストラータを持つ都市。その内部に、ヌーヴェルは 傾斜する双塔 というかたちで、都市のリズムを撹乱し、別様の未来へ開く「逃走線」を描き込んだ。



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所在地:パリ13区、パリ環状道路(ペリフェリック)沿い
設計 :ジャン・ヌーヴェル(Ateliers Jean Nouvel)
完成 :2021年
用途 :オフィス、ホテル、店舗などの複合施設(延床約108,000㎡)
所有者:Ivanhoé Cambridge



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「Tours DUO」は“均質化されたパリ”に差異を挿入する逃走線である

・均質な都市景観(ストラータ)に対する、差異の導入(逸脱)
・パリの規制されたスカイラインに、別の可能性を開く生成の契機
・都市の内部で差異が差異を呼び込むリゾーム的運動の触媒

つまり、「Tours DUO」 は単なる高層建築ではなく、パリという巨大なストラータに対して、都市の生成を再起動させる“差異の装置” として機能している。


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都市=生成の実験場という視点から見た「Tours DUO」

先ほどの要約文と接続すると、こうなる。

・パリは均質化された秩序の都市でありながら、その内部には差異の生命力が潜在している
・「Tours DUO」 は、その潜在的な差異を都市空間に可視化し、別様のパリを生成するための実験的な構造
・傾斜した双塔は、都市の記憶を否定するのではなく、その記憶の層に新たな生成の線を描き込む行為

つまり、ヌーヴェルはパリを破壊するのではなく、パリの内部に眠る差異の可能性を掘り起こし、未来へと接続する建築的生成を行ったと読める。



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建築的特徴:傾斜する“対話する双塔”

■ 1.V字に傾斜した大胆な造形

・39階建ての「Tour Duo 1」(高さ180m)と、やや低い「Tour Duo 2」(高さ約125m)の二棟構成
・どちらも大きく傾斜し、まるで互いに会話しているような姿が特徴
・パリのスカイラインに新しい“動き”を与える造形として高く評価されている


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■ 2.都市景観への配慮

・セーヌ川や歴史的中心部からの視認性を計算した角度で傾斜している
・テラスには植栽が施され、環境的配慮と都市の緑化にも寄与



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■ 3. 内部構成

Tour Duo 1:主にオフィス(BPCE本社が入居)
Tour Duo 2:上層階にホテル、レストラン、バー、パノラマテラス


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都市的背景:パリ東部の再開発の象徴

・パリ13区は、オリンピック開催なども背景に再開発が進んだ地域
・「Tours DUO」はその象徴的プロジェクトとして位置づけられ、“パリ左岸の新ランドマーク”と呼ばれる



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ジャン・ヌーヴェルの意図

ジャン・ヌーヴェル自身は、「Tours DUO」について次のように語っている。

・「この二つの建物は、この場所にいる喜びを高めることを目指している
・ 眺望を探し求め、テラスに植生を取り入れ、ホテルにはパノラマレストランと大きな屋根付きテラスを備えている

※彼の建築哲学である“光・視線・都市との対話”が凝縮された作品と言える。



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なぜ「Tours DUO」が重要なのか

・パリでは高層建築への反対が根強く、建設は容易ではない
・その中でヌーヴェルは、“パリらしさを壊さずに高層化する”という難題に挑戦
・傾斜という手法で、圧迫感を避けつつ都市に新しいリズムをあたえた
・1973年のモンパルナスタワー以来の“パリの高層建築論争”に新たな章を開いた



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memo

「1973年のモンパルナスタワー」

モンパルナスタワー(Tour Montparnasse)は、1973年に完成したパリ中心部で唯一の超高層ビルであり、パリの都市計画史において最も議論を呼んだ建築物のひとつ。

基本データ

正式名称:Tour Maine-Montparnasse
所在地 :パリ15区、モンパルナス駅周辺
高さ  :210m
階数  :59階
用途  :オフィスが中心(展望台あり)
建設期間:1969〜1973年
建築家 :Saubot-Jullien、Beaudouin、Cassan ほか




「なぜ“パリで最も論争的な建築”と言われるのか」

1.パリの歴史的景観を破壊したと批判された

・完成当時、パリ中心部に突如として現れた210mの黒い塔は、低層の歴史都市パリのスカイラインを大きく乱したと批判された。

2.その後の高層建築規制のきっかけに、この塔への反発が強かったため、パリ中心部での高層建築は禁止される方向へ進んだ。その結果、パリ中心部には長らく高層ビルが建てられなかった。


3.“パリで最も嫌われた建物”と呼ばれることも。多くの市民・建築家が景観破壊と感じたため、しばしば象徴的な批判対象となった。

しかし、都市史的には極めて重要な存在論争的である一方、モンパルナスタワーはパリの都市計画の転換点を象徴する建築でもある。



■ 都市再開発の象徴
・1950年代末〜60年代のモンパルナス駅周辺再開発の中心として建設された。

■ パリの“高層化の実験”
・パリ中心部での高層化が可能かどうかを試した最初で最後の例。

■ 2020年代には大規模改修へ
・完成50周年を迎え、現在は大規模リノベーションが進行中。




「Tours DUO との関係」

モンパルナスタワーは、パリの均質性(ストラータ)を破壊した“失敗例”として語られることが多い。
一方、ジャン・ヌーヴェルの 「Tours DUO」は、都市の均質性を尊重しつつ、その内部に差異を挿入し、都市の生成を促すという、まったく異なるアプローチを取っている。

つまり、モンパルナスタワー=均質性を破壊した“断絶”。Tours DUO=均質性の内部に差異を生み出す“生成”。
この対比は、「都市を記憶と生成の場として読む」という視座において非常に示唆的である。



モンパルナスタワーと Tours DUO をドゥルーズ的に接続して読むと、パリという都市の「差異の生成」をめぐる50年のドラマが立ち上がってくる。
ここでは、両者をストラータ(層)/逃走線/脱領土化/再領土化/リゾームという概念で読み解いてみよう。


1. モンパルナスタワー=“失敗した脱領土化”としての巨大なストラータ

1973年のモンパルナスタワーは、
パリの均質な都市景観(ストラータ)に対する急激な断絶だった。

- 歴史都市の文脈を読み取らず
- 既存の都市コードを一気に破壊し
- その結果、都市の抵抗(反発)を生んだ

ドゥルーズ的に言えば、これは「脱領土化が過剰に進み、再領土化に失敗した例」と読める。
つまり、都市の差異生成を促すどころか、都市のリズムを断ち切り、巨大な“硬い層(ストラータ)”として固定化してしまった。


2. Tours DUO=“均質性の内部に差異を挿入する逃走線”

一方で Tours DUO は、パリの均質性を壊すのではなく、その内部に逸脱を滑り込ませる。

- 傾斜した双塔は、都市の流れを読み取りながら
- 既存のストラータを尊重しつつ
- そこに新しい方向性(逃走線)を描き込む

これはドゥルーズ的には、「ストラータの内部で差異が芽生える生成の運動」にあたる。

モンパルナスが“断絶”だったのに対し、Tours DUO は“生成”としての逸脱。



3. パリという都市の“差異生成の二つの位相”両者を並べると、パリの都市史はこう読める。

モンパルナスタワー(1973): 過剰な脱領土化 → 固着したストラータ 都市の均質性を破壊し、反発を生む
Tours DUO(2021) : ストラータ内部の逃走線 → リゾーム的生成 都市の均質性を撹乱し、未来への開口をつくる

つまり、Tours DUO はモンパルナスタワーの“失敗”をドゥルーズ的に乗り越えた建築と位置づけられる。



4. パリの未来像をめぐる“生成の平面”としての Tours DUO

ドゥルーズにおける生成とは、未来へ開く運動そのもの。

Tours DUO は、パリの均質性を尊重しつつ、その内部に差異を挿入し、都市の未来像をめぐる議論を再起動するという点で、都市を“生成の平面(plan de consistance)”として再構築する建築
になっている。

※両者の関係性を一文で言うなら、モンパルナスタワーがパリのストラータを断ち切った“過剰な脱領土化”だったのに対し、Tours DUO はその内部に逃走線を描き込み、都市を再び生成へと開く“リゾーム的建築”として現れている。

※原弘司の均一空間論から見ると、モンパルナスタワーは均質性を破壊した断絶の建築であり、Tours DUO は均質性の内部で差異を生成し都市の生命力を回復する建築として評価されよう。


ここまでの議論を踏まえると、原弘司・ドゥルーズ・ヌーヴェルという三者の思考が、パリという都市をめぐって一つの連続した理論的地形を形づくっていることがはっきり見えてくる。



原弘司 × ドゥルーズ × Tours DUO:結論のかたち

■ 原弘司
都市は「均質化された計画空間」と「非均質な生活世界」の緊張の中で生き続ける。
差異は破壊ではなく、均質性の内部で微細に繁殖することによって都市の生命力となる。


■ ドゥルーズ
都市はストラータ(層)と逃走線のせめぎ合い。
差異は、既存の秩序を壊すのではなく、その内部に新しい生成の線を描く運動として働く。


■ Tours DUO
パリの均質な都市景観を尊重しながら、その内部に傾斜という“逸脱”を挿入し、都市を別様の未来へと開く**生成の装置**として立ち上がる。



「三者を重ね合わせると見えてくること」

モンパルナスタワーは均質性を破壊した“断絶”であり、「Tours DUO」は均質性の内部で差異を生成する“調停的建築”である。
原弘司の均一空間論は、この二つの建築の差をもっとも的確に照らし出す。
そしてドゥルーズの哲学は、Tours DUO が都市に挿入した“逃走線”の意味を深く読み解くための強力な概念的レンズとなる。







☆☆☆GGのつぶやき
ジャン・ヌーヴェルが構想した Tours DUO は、均質化したパリのストラータに逃走線を刻み、都市を絶えず“別のものへと生成し続ける”リゾームとして機能する。一方、米国はイランに対し、核合意を迫るため「大規模なアーマダが向かっている」と強調し、攻撃も辞さない姿勢を示している 。さらに、交渉に応じなければ「次の攻撃ははるかに悪化する」と警告し、軍事的圧力を強めている 。
都市を開き、多様性と生成を促す Tours DUO の思想とは対照的に、米国の対イラン政策は領域を固定化し、力によって秩序を再編しようとするストラタ化の力学である。パリがリゾーム的に未来を拓こうとするのに対し、国際政治は依然として硬直した権力の線に縛られている。この対比は、都市と世界がどのような“生成”を選び取るべきかを鋭く問いかけている。



# by my8686 | 2026-01-29 19:19 | 気になる建築&空間 | Trackback

(EX) ルイス・ブニュエルとは別の角度から同じ深度に到達した作家たちを読み解く

ブニュエルが切り開いた〈因果の解体〉〈主体の揺らぎ〉〈思考する映画〉という地平を、誰がどのように継承し、別の方向へ変奏したかという観点で読み解いてみよう。
いまの映画史を見渡すと、ブニュエルを“超える”というより、別の角度から同じ深度に到達した作家たちが存在している。


◆ 1.デヴィッド・リンチ
夢と現実の断絶、主体の分裂、因果の崩壊を徹底化し、ブニュエルの“無意識の映画”をさらに迷宮化した存在。

リンチはドゥルーズ的に言えば、「感覚運動図式の崩壊」を最も徹底している作家の一人。

・物語因果の断絶→ 行為が結果を生まず、結果が原因を裏切る。
・夢・記憶・欲望が同一平面で滑走する→ 「クリスタル‐イメージ」の典型。現在と過去が分離不能な鏡面構造をつくる。
・人物のアイデンティティの可変性→ 主体が固定されず、〈自己〉が複数の回路に分岐する。

リンチの映画は、ドゥルーズが言う「思考の暴力」を観客に与える。思考は自らの限界に追い込まれ、強制的に新しい回路を作らざるを得なくなる。



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『マルホランド・ドライブ』『インランド・エンパイア』は、時間‐イメージの極北に近い。

『マルホランド・ドライブ』は、行為が状況に応答するという運動‐イメージの枠組みが崩れ、主体が自らの欲望と記憶を統合できなくなる地点で時間‐イメージが露出する。物語は因果を失い、夢と現実が互いに浸食し合い、同一人物が複数の像へと分裂する。行動ではなく“見ること”が世界を決定し、クリスタルのように反転する時間が観客を思考へと誘う。リンチはこの迷宮的構造によって、主体の崩壊そのものを映画的思考として結晶させている。



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『インランド・エンパイア』では、行為が状況に結びつくという運動‐イメージの前提が完全に崩壊し、物語は断片化した時間の迷路へと沈み込む。俳優の役/私生活/幻想が互いに浸食し、主体は複数の像へと分裂していく。因果はもはや機能せず、映し出されるのは内面の時間が外界を呑み込むクリスタル的な反転構造である。リンチはこの極端な断絶と重層化によって、主体の崩壊そのものを“思考する映画”として純粋な時間のかたちへ結晶させている。


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◆ 2. アピチャッポン・ウィーラセタクン
行動が世界を変えない“静かな時間”を描き、ブニュエルとは異なる方向から時間‐イメージを深化させた。

アピチャッポンは、ドゥルーズ=ガタリ的な「生成変化」「リゾーム」「動物化」の概念と非常に相性が良い監督。

・人間/動物/霊/植物の境界が溶ける→ 「生成‐動物」「生成‐霊」の連続的な変容。
・物語が根を張らず、森のように拡散する→ リゾーム的構造。中心も起点もない。
・時間が層状に重なり、死者と生者が同じ地平に立つ→ 「時間‐イメージ」の穏やかな形態。

アピチャッポンの映画は、ドゥルーズが語る「思考の非‐人間的な外部」にもっとも近い。思考は森の湿度の中で、ゆっくりと別の形態へと変質していく。


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『ブンミおじさんの森』のように、現実と霊的世界が溶け合う構造は、ブニュエルの夢の論理と響き合う。

『ブンミおじさんの森』では、行為が世界を変えるという運動‐イメージの前提がゆっくりと溶解し、死者や精霊が日常に滲み込むことで時間そのものが多層化する。登場人物たちは因果に従って行動するのではなく、記憶・夢・前世が現在へと浸食し、内的時間が外界を包み込む。現実と霊的世界の境界が曖昧になるその“静かな断絶”に、時間‐イメージが結晶し、観客は世界の連続性そのものを思考へと導かれる。



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◆ 3. ミヒャエル・ハネケ
ブルジョワ的秩序の暴力性を冷徹に暴き、ブニュエルの社会批判を倫理的・構造的レベルで更新した。

ハネケは、ドゥルーズ的に読むと「時間‐イメージ」の倫理的極北に位置する。

・行為が意味を生まず、暴力が説明されない→ 感覚運動図式の“断絶”を倫理的ショックとして提示。
・観客の同一化を破壊する→ 「観客を暴力の共犯者にする」構造は、思考を強制的に外部へ投げ出す。
・メディアの暴力性そのものを可視化→ ドゥルーズの「思考は常に外部から強制される」という命題を、倫理的に実践。
ハネケは、ドゥルーズ的には「思考を麻痺させる世界」をそのまま提示し、観客に“思考せざるを得ない状況”を作り出す作家。



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『ファニーゲーム』『白いリボン』は、観客の“見る行為”そのものを揺さぶる。

『ファニーゲーム』では、観客が期待する〈暴力→抵抗→解決〉という運動‐イメージの因果が意図的に破壊される。加害者は行為の理由を示さず、被害者の行動は世界に影響を与えないまま無効化され、物語は外部から“巻き戻し”によって操作される。行為と結果の連関が断ち切られることで、観客は暴力を「理解」することも「消費」することもできず、ただその不条理な時間に晒される。ハネケはこの構造を通じて、暴力を娯楽として受容する視線そのものを暴き出し、映画を見る行為を思考へと転換させている。



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『白いリボン』は、行為が状況に応答するという運動‐イメージの枠組みが静かに崩れ、因果の手がかりが意図的に欠落したまま不穏な出来事だけが積み重なる。村の子どもたち、権威、暴力の連鎖はどれも原因を示さず、行動は世界を変えられないまま宙吊りとなる。説明不能な時間が漂い、観客は“何が起きたか”ではなく“なぜ理解できないのか”を考えざるを得なくなる。ハネケはこの断絶を通して、倫理と暴力の根源を露出させる時間‐イメージ的な思考へと導いている。



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◆ 4.ラース・フォン・トリアー
欲望・信仰・破壊をめぐる極端な実験を続け、ブニュエルの挑発精神を21世紀的に再構築した。

トリアーは、ドゥルーズ的に言えば「アフェクトの爆発」と「世界の崩壊」を描く作家。

・感情の極端な振幅→ 「アフェクト‐イメージ」の過剰な増幅。
・世界の構造そのものが壊れる→ 感覚運動図式の破壊が、しばしば黙示録的規模で起こる。
・主体がアフェクトに飲み込まれる→ 主体は行為者ではなく、アフェクトの通路になる。

トリアーの映画は、ドゥルーズの言う「世界の信頼の喪失」を最も劇的に表現する。世界はもはや行為を支える舞台ではなく、崩壊し続ける現象そのものになる。



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『ドッグヴィル』『ニンフォマニアック』など、形式と倫理の境界を踏み越える姿勢は近い。

『ドッグヴィル』では、行為が世界に影響を与えるという運動‐イメージの前提が舞台的な空間構造によって徹底的に剥ぎ取られ、因果と倫理の連関が宙吊りになる。透明なセットは“世界の不在”を露呈し、登場人物の行動は状況に応答するのではなく、むしろ暴力と支配の構造を露わにする装置として機能する。行為と結果の距離が極端に開くことで時間がむき出しになり、観客は物語ではなく倫理そのものを思考へと追い込まれる。トリアーはこの断絶を通じて、時間‐イメージ的な“思考する映画”を苛烈な形で結晶させている。



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『ニンフォマニアック』では、行為が欲望を説明するという運動‐イメージの前提が崩れ、物語は告白の形式をとりながら因果を失っていく。ジョーの経験は倫理や心理の連続性を持たず、欲望・痛み・快楽が断片として積み重なるだけで、主体は一貫した自己像を保てない。語りと出来事のズレが時間をむき出しにし、観客は“理解”ではなく“思考”へと追い込まれる。トリアーはこの断絶を通して、欲望そのものの不確定性を時間‐イメージとして結晶させている。


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☆☆☆GGのつぶやき
四人はいずれも〈感覚運動図式〉の崩壊を異なる方向から推し進め、思考を外部へ開く映画をつくる。リンチは夢と主体の迷宮化、アピチャッポンは生成と霊性のリゾーム化、ハネケは倫理的断絶としての停止、トリアーはアフェクトの破局的増幅。それぞれが時間‐イメージの異なる変奏を奏でている。




# by my8686 | 2026-01-28 18:18 | たかが映画、されど映画 | Trackback