著名な音楽家を多く輩出し、世界の音楽界をリードする桐朋学園音楽部門の木の新校舎を読み解いてみよう。
メンブレン型耐火構造の採用により、四階建ての耐火構造という、国内では稀有な大型木造建築を実現している。
木軸には強度のある松と檜を、外装には耐候性に優れた能登ヒバ材を使用し、内装には木の質感が豊かなラーチ合板を多用し、「木の文化」を再現している。
前面の大庇と外壁は羽目板を用いている。
ひとつの折り紙状の面としてデザインし、大庇の下に、キャンパスと校舎をつなぐ、コミュニケーションスペースを作っている。
練習室をつなぐ幅の広いコリドーは、個人練習用のスペースとしても使われ、従来の校舎建築にはない、多目的な交流空間が生まれている。
さらに、設計過程でのポイントを読み解いてみよう。
古い建物を壊して新しいものに建替える場合、すべてを新しくするのではなく、それまで流れていたものを伝統として残していくことも設計の大事な役割である。
桐朋学園では学生たちが廊下のいたるところで楽器の練習をしており、その風景が非常に印象的だった。
このような伝統を新しい建物でも残していけるように、地下階空間の廊下、そして2階から4階まではロッカーの形状を工夫することで大小異なるスペースを確保して、これまでと同じように廊下で練習が行えるよう設計したという。
この建物の主役はあくまでも学生である。したがって、デザインもさることながら学生たちの学ぶ意欲を刺激するものでなくてはなりない。
隈研吾のデザインに感銘を受けたのは、そこに人がいることを意識してデザインされていたこと。
海外での音楽学校の実績と桐朋学園様の学びの伝統の双方から、全体のデザインを導きだされている。いわば「人がいる建物」を最初から強調されていたという。
単純に建物の器をデザインしているのではなく、使われている様をイメージすることが、この仕事をする上で大事なことだと改めて教えらたという。
そこにいるのは、学ぶ人なのか、働く人なのか、暮らす人なのかなど、それは建物の性質によって異なる。
建物の主役が違えば当然器の形も違ってくる。一番肝心なのは、まずそこを徹底的に考えること。その上で、器となる建物をデザインにブレイクダウンすることが肝心である。
設計時に作成したBIMをデジタルモックアップとして施工時に用いることにより、デザインや納まり等を関係者全員で共有しながら施工を進めていくことができたという。木造特有の接合部取り合いや金物の検討を3次元で行うことで高品質な施工を実現できる。
BIMデータを利用し、従来は竣工しなければわからなかった光や熱や空気の流れを事前に予測し視覚化。必要な室内外環境を最も効率よく実現する。また災害時の避難シミュレーションを行い安全性の確認も行えるという。
桐朋学園音楽部門の新キャンパス建設は、地上4階の大規模木造建築故に、地震時の耐久性を考慮した木材の選定が行われている。強度の面から、柱には高軸力を保有するサザンイエローパインと欧州赤松といった寒冷地で育った木材を採用。
梁については国内産の唐松を使用して、耐震基準値Ⅱ(1.25)を実現させている。
さらに、外観メインとなるファサードを形成する外装材には、風雨や紫外線による劣化防止、無垢な外観イメージを表現したいという意匠設計からの要望を実現させるため能登ヒバ材を使用。材質の特性を考えて、適材適所で木材を使い分けているという。
また、木造建築の品質担保の上で最も留意すべき耐火性能については、石膏ボードを耐火被覆材として使用するメンブレン工法を採用して1時間耐火を実現している。
鉄骨造建物建築の場合であれば、ロックウールの施工には、複合耐火工法が標準的な手法だが、木造においてはまだ「複合」という考え方が存在しておらず、従来の方法で構成しても耐火認定を受けることができないため、各部分ごとに施工上の工夫が求められたという。
木軸建て方は余裕が1㎜もない製作誤差なしのゼロタッチであることが要求される。柱が立って、そこに梁をつける場合には、わずかな誤差があっても収まらない。面と面がしっかり接していて、建てた時にはゆがみ直しをしなくても水平に部材が収まるようになっていなくてはならない。
今回の新キャンパス建設では、柱が240角あり、梁幅が120㎜で高さが600㎜、この梁面が全体で柱と接するよう、極めて高精度な構成条件となっている。その精度の土台を成すのがアンカーボルトの設置。今回は1800本のアンカーボルトを設置しており、鉄骨造でいうスーパーハイベース工法と同等以上の精度が要求された。ただしここの精度さえ確保できれば、施工はスムーズに進捗する。
ゆえに、木軸の建て方を行う前のアンカーボルトの設置時が最も神経を使う作業となったという。
さらに構造上の特徴としては、施工開始後のプラン変更が一切不可が条件となる。大規模木造建築の場合、地震に対する強度は耐力壁の量で決まる。したがって開口位置(設備貫通なども含む)が制限されるため、細部に渡って構造設計の計算通りに施工を進めていくことが要求された。
新キャンパス新築事業は、一昨年の12月にコンペ参加を表明し、その3ヵ月後にはプレゼンテーションが行われた。他社も同じ条件であったにも関わらず、短期間でより完成度が高く、説得力のある提案が行えた背景にはBIMの活用があったという。
施工計画を進めていく上でも、早い段階で具体性を持って検討できる材料が揃うBIMの機動力は大きな武器になった。
当然ながら受注後も、意匠、構造、設備の図面検討は幾度となく行われたが、最初の段階で実現性の高いプランがあったからこそ、細部に渡る検討がスムーズに行えたという。
木造であるがゆえに自由に設備貫通ができず、設備のスペースを別に設けなくてはならない。しかも制約がある中でいかにコンパクトに設備を収めていくことができるか。それらの検討もBIMの図面があってこそ早い段階での検討着手を可能にした。
木軸とBIM、そして施工の親和性を考えるならば、制約が多い中で、今まで以上に短い期間で、より多くの検証ができることが最大のメリットと言える。
今回の木軸建て方におけるBIM活用は、大きなノウハウの蓄積になり、今回の施工協力会社やメーカーなどもBIMの活用を大いに取り組むことを表明されているという。
☆☆☆GGのつぶやき
施工中の部材に時間軸を与えて、工事プロセスを可視化することで、より手順が明確化されたことであろう。学生たちや、学校関係者の動線と工事関係者の区画を明示する他に、近隣への最終配工慮区にも役立ったという。建築現場における進化の一端であろう。